熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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「北緯56度〜シベリアの風に乗って」レイル・マガジン最新号に掲載

日ごろ大変お世話になっている原田伸一さんの「−シベリア鉄道<ロシア号>乗車記− 北緯56度〜シベリアの風に乗って」が、レイル・マガジン2017年11月号(9月21日発売、北海道内では9月23日発売)に掲載されています。




《全長9,259km、6泊7日をかけてロシアの大地を横断するシベリア特急。学生時代に「いつか全線乗車したい」と夢を抱いてから半世紀経ち、やっと実現にこぎつけた》という書き出しが、とても、素敵です。50年越しの夢って、いいなあ。

オールカラー10ページ。ぜひ、ご覧ください。

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「三脚+B=夜景<緊張」も今は昔

ましてやリバーサルフィルムのときなんて、失敗したらどうしようとドキドキものでした…という話を理解していただけるのは、どのくらいの方までなんでしょ?いまの20代だと、もう、最初から、デジタルなのかな?

暗い時間帯になるとやたらと写真を撮ってしまう傾向があるのは、いちいち三脚立ててフィルム代を気にしながらバルブで撮ってた頃の反動なんじゃないかと思う今日このごろであります。

礼文島の帰りに、ひと駅だけ、乗り鉄しました。






今回は、往復とも都市間バスを使ってしまったので(だって夜行列車はないけれど夜行バスはあるんだもの)、せめてもの罪滅ぼしにと、懐かしい思い出の詰まった南稚内駅まで行って、稚内駅までの一区間、170円払って乗ってきました…というのは、乗ったのは本当ですけど、理由は、嘘です。

もともと、乗るつもりなんて、まったく、なかったのよ。






礼文島からの最終便が稚内港に到着するのは19時で、すぐに下船すればもう少し早く稚内駅に辿り着けたんだろうけど、入港前から下船口に並ぶのは面倒だし、そうなると船が接岸してしばらくしてからでないと行列にくっつくことになるからと、ゆっくり下船したら、稚内港から稚内駅までの間も多少の距離があることもあって、稚内駅に着いたのが19時21分だったのですね。

ぼくが乗る札幌行きのバスは23時発だから、それまでの時間を使って、ひさしぶりに稚内温泉に行こうと考えてまして、事前に調べておいた稚内温泉方面へのバスの発車時刻は、19時22分でありました。あ、これならギリギリ間に合うぞ、ってことで、目の前のバス停の時刻表の19時の欄に「22」という数字があるのを確認して、目の前に来たバスに飛び乗ったら、すぐ前にも、もう1台、別のバスがあったわけですよ。

そうです。

もう、おわかりでしょう。

ぼくは、乗るバスを間違えたのです。

だってさ、駅前から出る2つの路線のバスの発車時刻が、どちらも、同じ、19時22分なんだもの(というのは、あとから調べて知ったことで、このときは、まだ、わかってなかった)。

しかも、こんなにしょっちゅう稚内に行ってるくせに、間違えたことに、しばらく気づかなかったのでありますね。郵便局の前で、先行するバスが右折して、こちらのバスが左折した時点で、おかしいと思わなきゃいけなかったのに、疲れていて、判断力が鈍くなってたのかなあ。そもそも、バスに乗ったときに「これ稚内温泉に行きますか?」って聞いておけば、そんなことにはならなかったのに、その程度の注意力すら、なくなってたんだろうなあ。

南稚内駅の手前まで来たところで、ああ、間違えたと気づいて、仕方がない、このまま乗って、西條デパートの近くで降りよう、それでペリカンでご飯でも食べよう…と考えたのも、あとから思うとどうかしているわけで、そんな時刻までペリカン(道北地区にしかないファミリーレストラン)があいてるわけがない。

大黒何丁目だかでバスを降りてから、西條行く前に一応調べておこうと、iPhoneで検索したら、もう、ペリカンは店じまいしてるし、西條も、まもなく閉店しちゃう。そんなところに行ってもしょうがない。

お酒飲む人なら、南稚内で飲めばいいんだろうけど(南稚内にはわりといい店あります)、飲めないヒトが一人で飲み屋に入るというのはなかなかに厳しい。仕方がない、適当なバスで戻ろう…と歩きながら、南稚内駅の近くまで来たもので、一応、駅に寄ってみるかと、駅舎の中に入ってみたら、上の写真のとおり、偶然にも、すぐに来る稚内行きの列車があった、というわけです。





それでも夜行バスが出るまでには、まだ、3時間以上もあって、いったんはバス乗り場の待合室に座ってみたものの、「あのとき」はここであんなことこんなことがあって涙をこぼしそうになったんだよなあとかいろんなこと思い出しちゃって(でもそれであのときの禊はようやく済んだと思えたのですよ<わかる人だけわかってくださいな話です)、セイコーマートで食料を調達して、上りの最終列車が出発してあとは(3時間半後の)下りの最終列車の到着を待つだけのだだっ広い駅舎内の(というかあれはどこまでが駅なのかいまだによくわからない)そこらじゅうにあるベンチの一つに座って、あまりにも眠いのでそこに横になって、しかし誰かが通るたびに気になってよく眠れなくて(そもそもそこは眠るところじゃないし)、人の気配がするたびに目を開けて顔を上げるオレはハナみたいだなあと思いながら、しかし横になってうとうとしているうちに、やがて夜行バスの受付が始まって…



そんなわけで、けっこう長い間、駅前やら駅内やらにいたのでありますが、ビックリしたのは、セイコーマートの賑わいでありました。もうね、次から次へと、ひっきりなしにお客さんが来て、しかもその大半は旅行者で、そのうちのかなりの部分はいわゆるインバウンドの方々なのですね。みなさん、ホテルに泊まって、食事はセイコーマート、なのでしょうね。いやはや(まあ、この日に限っては、ぼくも、他人のことは言えないのでありますが)。

あまりに疲れているから稚内に泊まろうかとも思ったんですが、駅の近くのホテルは3連休の中日とあってかどこも1万数千円で、さすがにそれはいくらなんでもと思ったし、そんなことよりぼくはバスに乗っちゃえば翌朝の5時半には帰宅できちゃうんだから泊まるのはもったいないわけで(さらにバスなら回数券持ってるからキャッシュアウトもないわけでして)、素直に、夜行バスで帰ってきたのでありました。

もし稚内に泊まったならば、翌日は(これは本気でせめてもの罪滅ぼしに)宗谷本線の列車で帰ろうかとも思ってたんですが、翌日の宗谷本線は台風の影響で運休だったから、その点でも、夜行バスで、よかったのです。

夜行列車があれば、もっと、よかったんですけどね〜

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『新鉄客商売 本気になって何が悪い』

2017年9月刊。著者は、JR九州の唐池恒二会長です。

本の表紙

《あるとき、新聞記者の方にふいに尋ねられた。
「JR九州はなぜ、あんなことやこんなことを”やってのける”ことができたのでしょうか」
とっさに答えた。
「”本気”でやったから」
「”本気”で?」
「はい。本気になって何が悪い。夢をみて何が悪い。そう思いながら、ここまでやってきました」》
(p.3「本気にまえがき」)

こんな調子で、著者のビジネスマンとしての経験が綴られていきます。

各章の後ろには、著者と水戸岡鋭治氏との対談が載っています。

水戸岡 そういう唐池さんですが、長年一緒に仕事をしていても悲壮感のようなものを感じたことはなかった。一緒にいると、わーっと楽しい空気にしてくれる。そこに集った皆さんの顔を見ていると、なんだか私も嬉しくなってくるんですね。》
(p.26)

これ、ぼくは、わりと最近になって、ようやく気づいたことなんですけど、眉間に皺寄せて仕事をしていると、なんか、仕事やってるような雰囲気になるんですよね。だけど、そんな顔してたら、まわりの人だって楽しくないし、楽しくない中で仕事をしていたところで、よい成果は得られないんです。楽しくやっているからこそ、自分の持っている力が十分に発揮されるのです。

ただし、楽しくやる、というのは、適当にやる、という意味ではなくて、目的を達成するためには、一生懸命、努力しなくちゃいけない。その努力が苦労とは感じられないぐらいに、努力しなくちゃいけない。そういう努力が(自然に)できる(できちゃう)のは、正しい夢に向かって、楽しくやっているとき、なのだと思います。

もう一箇所、紹介します。
(以下、太字は、本書の中でも太字になっている部分です)

唐池 そのちょっと変わったリーダーは(笑)、JR発足二年目のころ、新しい列車の在り方を模索し、「ゆふいんの森」や「あそBOY」といった観光列車、つまり後のD&S(デザイン&ストーリー)列車に取り組んだわけなんですが、そのころ参考にしたのは北海道の列車だったんですよね。
水戸岡 「アルファリゾート・トマム」スキー場などに乗り入れた、いわゆるジョイフルトレインですね。民間企業と旧国鉄のタイアップに始まった列車。それから、JR北海道は創業当初からデンマーク国鉄と協力関係にあるから、駅舎や列車のデザインにも北欧デザインがずいぶん取り入れられたんですよね。
(中略)
唐池 言ってみれば、当時の北海道の取り組みを通じて、私たちは同じ感性を育んでいたということですね。
水戸岡 JRが誕生して、三年くらいは北海道のデザインへの意識が非常に高かったから。》
(p.40〜41)

ここ、感心するところじゃないです。ましてや、どうだすごいだろ北海道は九州のお手本なんだぞと胸を張るようなところでもないです。そうかといって、フェイスブックで「悲しいね」を押すところでもないです。

北海道には、そういう土壌があったのだから、今はひっくり返されちゃったけれども、今度はぼくらが九州を参考にしながら、北海道の鉄道を、楽しく稼げるものにしていけばいいんです。

JR九州が、北海道を参考にしながら新しい列車づくりを始めてから、世界一を目指す列車を作るまでが、30年弱。ぼくはたぶんあと30年ぐらいは死なないと思うんで(うちの家系はみんな長生きだし、ぼく自身も一度死にかけて死ななかったですから)、まだ、時間はある。

いや、べつに30年かかるなんて誰も言ってないんだから、もっと早く実現させちゃったっていいんです。 この本を読んで、みんなで夢を語りましょう。夢を語っているうちに、本気になって、人が集まって、お金が集まって、実現しちゃうかもしれないじゃないですか。だから、とりあえず、夢を語って、いいんです。

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台風は過ぎ去ったけれど

今朝の5時55分、NHKラジオ第一が北海道の気象情報に切り替わってすぐに、「さきほど5時30分、礼文町全域に出されていた避難勧告が解除されました」とのニュースが流れて、ああそうか、まだ台風の影響が続いているのか…と、札幌に住んでいるぼくが思ったぐらいなのだから、西日本にお住まいの多くの方にとっては、台風なんて、もう、とっくに、過去の出来事になっているかもしれません。

今回の台風18号は、観測史上初めて、九州・四国・本州・北海道と、すべての島に上陸した由(瀬戸大橋と青函トンネルができたときのキャッチコピー「一本列島」を思い出します)。

気象庁台風経路図から)
台風進路図

利礼航路は、予想通り、今日も、朝は、出ません。

ハートランドフェリーのホームページ画面 09月19日の運航は台風の影響により一部欠航が生じております。

礼文島から稚内への船(昨日は全便欠航)は、今日は、8:45発と12:25発は欠航が決定していて、13:25発と17:05発は運航するかどうかを9時に決定するとのこと。

一昨日の最終便で島を出てきたぼくは、結果的に、ギリギリで帰ってこられたわけですが、運がよかったわけではなく、リスク管理の結果です。一昨日の時点では、昨日の朝の船が出るかどうかはわからなかったから、せっかく来たのだからもう1泊という思いも、多少は、ありました。そっちに引っ張られて、もう1泊していたら、今日もまだ帰ってこられなくて、仕事の打ち合わせ2件をキャンセルしなきゃならなかった。

そういう判断ができたのはぼくが偉かったからでもなんでもなくて、ぼくが乗った一昨日の礼文島からの最終便(17:05発)に、ぼくが泊まった民宿とは別の民宿のお客さんがまとまって乗っていたのも、たぶん(話はしてないけど)、民宿が、帰ることを勧めたからでしょう。島で生活するというのはそういうことで、船は欠航することがあるという前提で暮らしているから、たとえば冬に何日も続けて欠航したとしても、とりあえずの生活はできる。数日間の欠航で物資が入ってこないから日常生活が云々、というのは、都会の人の発想です。

あんまりこういうことばかり書くと、そうか島へ行くと欠航リスクがあるのか、じゃあ島に観光に行くのはやめよう、ってことになるから、書かないほうがいいのかなと思ったりすることもあるのですが、でも、やっぱりそれが実態であって、そうしたことを受け入れられるだけの余裕(日程的な余裕というよりは気持ちの余裕)がある方だけが、離島へ行けばいいんです。そういう考え方をしてそういう旅行者を増やしていけば、稚内を朝に出て午前に礼文島をまわって午後に利尻島をまわって夜にはまた稚内に帰る、みたいな団体旅行に頼らなくても、やっていけるんじゃないかなあと思ったりもします。そういうツアーでは島にお金が落ちないことは、みんなわかってるのだから、やっぱり、連泊する人を増やすしかないと思うのです。

思い起こせば、若者がこぞって「愛とロマンの8時間コース」を歩いていた頃は、ほとんどの旅行者が、島で2泊以上していたわけです。当時とは旅行者の気質が違う、旅行のスタイルが違うとか、いろんなことを言い出せばキリがない。それはそうなんだけど、じゃあ今のままでいいんですか…と、つい勢いで書いちゃったけど、今のままでもいいのかもしれません。だって、そういう島に、ぼくは、毎年、足を運んでいるのですからね。

早く利礼航路の運航が再開されますように…

(追記)利礼航路は、稚内10時50分発以降、運航が再開されました。

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台風回避

礼文島から帰ってきました。

テレビ塔の時計は午前5時26分

もともとの予定では、今ごろはまだ、宿でゆっくりと朝食をとっているはずでした。朝の稚内行きは、3連休の最終日とあって混みそうだから、午後の船に乗って、稚内からは飛行機で帰ってくる予定になっていました…が、北海道の日本海側が台風のコースになりそうだったのは出発前からわかっていたことで、もしかするとこんなことになるんじゃないかと、札幌〜稚内の都市間バスの回数券は、あらかじめ、持って出てきていたのでした。

バスの回数券と荷物札

上の写真の「バス」というのは、荷物札の裏面です。大通バスセンターで降車するから「バス」。終点の札幌駅前バスターミナルまで乗る場合は「エキ」。大通バスセンターで降車したら、ぼくの荷物は、トランクルームのいちばん手前に置いてありました。

礼文島から最終便(香深港17時05分発→稚内港19時00分着)で帰るのも、行きも帰りも夜行バスを使うのも、「あのとき」以来です(<わかる人だけわかればいい)。そんなわけで、ようやく、「あのとき」の禊を終えた気分です。長かった。

日没が早くなっているので、最終便で稚内に着くと、もう、真っ暗。

夜の稚内フェリーターミナル 船の上から

海面を見ればわかるように、昨夜の稚内は、穏やかでした。風はなく、それほど寒くもなく、快適に感じるぐらい。礼文島を出るときは、曇ってはいたものの、利尻富士は上から下まできれいに見えてました。15時頃までは晴れていて、船に乗っちゃってからはテレビのニュースを目にすることもなかったから、札幌に着いたら雨が降っているということのリアリティが感じられなくて、バスを降りたときに体が濡れたことが、なんだか不思議な感覚でした。

タクシーの窓にたくさんの水滴 向こう側にバスセンター

以前には、「明日になると船が出ないかもしれないから今日中に出たほうがいい」と言われて最終便で出て稚内に泊まったら翌朝は晴れていた、ということも、ありました。だから、今回も、もしかしたら明日は船が出るかもしれないんだし、もう1泊してから…とは、ならなかったのは、今回は、到着直後からずっと天気がよくて、やるべきことはやった感があって、それと、2日前には、ANAから「手数料なしで払い戻します」という連絡も来ていて、変更を決断しやすかったから、でありまして、さらに、もう1泊したところで雨が降るのは確実なのだから残ってもあんまり意味がないわけで、そんなわけで、昨日の朝には、稚内からの夜行バスを予約して(その時点でもう2号車になっていて決断が遅かったらたぶん乗れなかった)、宿には「明日の最終で帰るわ」と伝えたのでありました。

そうはいっても、同宿の(20年以上も前から知っている常連客である)Iクンは、けっこう、ギリギリまで、迷ってたんだよねえ。彼はぼくみたいに気軽に年に何度も来られる身じゃないし、昨日のうちに帰るとなったら1泊しかしないで帰ることになっちゃうから、迷うのは、わからないではない。そのうえ、彼は、最終便で島を出たところで、そこから先、東京へのフライトは翌日までないから、最終便に乗っても早く帰宅できるわけでもなく、もし朝の船が出るのであれば、それに賭けたくなるのも、わからないではない。

昨日の朝の時点で、宿主さんの見解並びにぼくの見解は、「明日(=現時点での今日)の朝の初便だけは走るんじゃないか、その後は確実に欠航」。ただ、台風の速度はわからないもの(その時点ではこんなに速度が上がるという予報ではなかった)、台風のコースが直撃コースである限りは、遅かれ早かれ影響は受けるわけで、万が一、明日(=現時点での今日)の朝から欠航になっちゃったら翌日も帰れなくなっちゃうかもしれないよ…と、Iクンを、さんざん脅かして(?)最終便に乗せたのでした。

今朝、バスの中で「おはようございます、バスはただいま札幌市内に入ってまいりました」とのアナウンスに起こされて、もう関係ないんだけどなと思いつつ、ハートランドフェリーの運航情報を開いてみたら、すでに全便欠航が決まってました。

全便欠航のお知らせ

天気予報によると、今日の波の高さは「3メートルのち6メートル」。3メートルなら、風向き次第では出るはずなんだけど、「のち6メートル」では、出たはいいけど途中でアウト、なんてことになっても困るから、やめたのでしょう。明日も「6メートルのち2.5メートル」ではあるものの、風向きも考えると、終日欠航の可能性は大。仮に出るにしても朝の便は出ないだろうから、帰ってこられるのは早くても明日の夜になっちゃう。

そんなこともあってか、昨日の礼文島からの最終便は、この時期の最終便にしては、よく乗ってました。ボレアース宗谷の船内の座敷席はほぼ一杯(詰めればまだどうにか入れるぐらいのレベル)、デッキ部分にも結構な人数が乗ってました。

やっぱり、こういうときは、早めのリスク回避だなあ。せっかく来たんだから、なんて言ってないで、さっさと帰る、あるいは、今回みたいに台風接近がわかっているときは旅行そのものを中止する。そういう行動が大事なのです。

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