熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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『鉄道少年』佐川光晴

実業之日本社文庫4月の新刊。



ちょっとミステリーっぽい要素も入った小説ですが、あらすじはともかく、鉄分濃い同世代の方々には、まず、第2話「中央線快速電車」の次の一節をご紹介します。

《一九八五年一月以降、山手線、京浜東北線、中央・総武緩行線がそれまでの103系車両から、銀色のステンレス車体に色帯という205系や209系へとシフトしていくなかで、中央線快速ではずっとオレンジ一色の201系だけが運行していた。E233系が導入されたあとも、201系は走っていた。しかし、二〇一〇年十月十七日、ついに201系は中央線快速から引退した。…(中略)…わたしも悲しかったが、201系の引退によって、首都圏JRの主要な通勤電車がすべてステンレス製の車体へと変わったことのほうに強いショックを受けた。電車の色やかたちは風景に溶け込んでいる。中央線快速からオレンジ一色の201系が消えたとき、わたしは東京が別の街になった気がした。大げさでなく、あの日、東京の鉄道に残っていた大切なものがついになくなってしまったのだ。…(中略)…通勤型車両では、103系と201系がすばらしいと思っている。103系は山手線などの駅間距離が短い路線をターゲットとして開発された。一方、201系はより高速での運転を可能にする通勤型電車として開発された。当時の最新技術が惜しみなく導入されており、とくに制御システムに関しては、201系の段階でほぼ完成の域に達したとさえ言っていいと思う。…(中略)…JR東日本が開発した車両は車内が広く、座席や照明にも細かな気配りがされているのがよくわかる。しかし、乗り物としての存在感が希薄で、かなりの重さがあるはずの物体が高速で移動しているという実感が伝わってこないのだ。》

201系って、こんな電車です。



ラストラン記念(入場券セット)は、頼んでもいないのに、母が買っておいてくれたものです。

これは、去年、大阪に行ったときのスナップ(関西ではまだ現役です)。



小説の目次はこんなふうになってます。



第1話「青函連絡船羊蹄丸」の中には《青森駅には六時十七分に着き、乗り継ぎの青函連絡船は七時半に出航した。》という一文もあります。そうです、わかる人はわかる、ぼくらが北海道ワイド周遊券を持って旅に出たときのパターンです。青森駅での乗り継ぎ時間が1時間以上もあるのは、この間に寝台特急列車が到着するからで、七時半に出航する青函連絡船はその特急列車に接続しているからです…ということを、この一文読んだだけで、語りたくなってしまいます。

第3話「東海道線211系」の次の一節も、いいです。

《多くの鉄道ファンが知っているのは、乗客を乗せて線路を走行している電車の姿だけだ。…(中略)…在来線に乗っているときは、線路脇に保線区の作業員を見かけるたびに、わたしは小さく頭をさげた。一般のひとが鉄道員についてイメージするのは、運転士や車掌や駅員くらいのものだろう。…(中略)…今では、レール・枕木・バラストのチェックや補修はコンピューター制御の検査機械や振動式の動力機械によって行なわれている。…(中略)…現在でも、目視やハンマーによる打音でレールに異状を見つけたときには、保線区の作業員がツルハシをふるう。風の日も、雨の日も、雪の日も休むわけにはいかない。まさにからだを張って鉄道の安全を守っているわけで、保線区の作業員が作業をしている傍らを通過するときには自然と頭がさがった。》

先月の新刊なので、本屋さんに行けば、まだ、新刊コーナーにあると思います。すぐれた小説であることは言うまでもありませんが(そんなものはぼくがどうこう言う部分ではないです)、鉄道に対する思いという面でも、すごくうまく表現された作品です。

 

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『凜』蛭田亜紗子



しばらく何も読めないんじゃないかと思うぐらいの衝撃を受けました。と言いながらも、この本を読み終えた直後から、また別の本を読んではいるのですが、フィクション、ノンフィクションを問わず、何を読もうとも、心が動かなくなっちゃってます。

網走在住の友人いわく「女郎から網走の名誉市民になった方の話」。この間、網走に行ったとき、彼が教えてくれて、飲み屋を出た後で「ここは遊郭の跡地です」なんて話もしながら、とにかくこの本のことを絶賛していたので、それならとにかく読んでみるかと、軽い気持ちで手にとってみたら、これが、すごかった。

きれいな言葉でまとめてしまえば、厳しい環境に置かれながらも逞しく生きていく大正時代の北海道の人々の話、ということになるのでしょうが、描かれているのは、北海道の開拓の負の側面であり、性と暴力です。映像では表現できない、また、ノンフィクションでも描くことのできない、小説ならではの世界です。具合が悪いときに読むと耐えられないかもしれない。でも、目を背けるわけにはいかない。こういう中で、こういうふうに逞しく生きてきた人たちがいたから、ぼくらは、いま、こうして生きているのです。

 

蛭田 亜紗子
講談社
¥ 1,674
(2017-03-15)

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『「公益」資本主義 英米型資本主義の終焉』



フェイスブックで紹介してくださった方が「著者のお父様は有名な鉄ちゃんのようですね」と書いていたのですが、ぼくにとっては「原鉄道模型博物館の原信太郎さんのご子息なのか!」でありました。

本書の中にも「すべては鉄道から学んだ」「鉄道模型が自宅を占拠」といった見出しがあり、こんなエピソードも紹介されています。

《病膏肓に入るも、あそこまで行くと、ちょっとまともではありません。「鉄でできているから鉄道なんだ」と言って、車輪からパンタグラフ、レールまで、鉄を加工して手づくりするのです。旋盤やフライス盤といった必要な機械を揃え、時々、操作をしくじって怪我をして血だらけになりながら、機関車やレールづくりに熱中していました。会社から帰って食事を終えると、作業部屋に籠もって機関車づくり。夜中に部屋を覗いてみると機関車づくり。父の持てるすべての知識、経験、そして仕事以外のすべての時間をつぎ込んで、寝食を忘れて鉄道に打ち込んでいました。》

そういう父親を持った方の書いた本だから、とは関係なしに、この本に書かれている経済の枠組みのあり方は、非常にわかりやすく、納得の行くものです。こういう本を読むと「いや、そうはいってもね…」と引っかかるところがどこかにあることが多いのですが、この本に書かれていることは、極論でもないし理想論でもなく、現実的なあるべき姿です。テーマは新しい資本主義のルールですが、地域経済や地域を対象にしたビジネスを考えるうえでも、ヒントがたくさんあります。

 

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今年読んだ本(その2)

おもしろかった。一気読み。



テンポがいいです。こういうのを、うまい文章っていうんだろうな。読みやすくて、すっと頭の中に入ってくる。それでいて、薄っぺらくない。

表紙カバーと帯にごちゃごちゃたくさん書いてあるとおり、著者自身の起業とベンチャー企業経営の経験を綴ったノンフィクションなのですが、結果的に、いわゆるバブル以後の日本の情報通信業の歴史とベンチャーの歴史と中小企業金融の歴史がコンパクトにまとめられた本になっています。ひとつひとつの出来事を切り出すとわかりにくいことが、全部をつなげて俯瞰することでよくわかる、みたいな感じ。

ただ、これ、読み手を選ぶ本、だとは思います。ぼくは、情報通信業のことも、ベンチャーのことも、金融のことも、多少の実体験も踏まえて知っているから、この本に書かれていることは(多少の実感も伴って)よくわかるし、ものすごく勉強になったんですけど、それらのいずれにもかすってない人だと、何がおもしろいのか、わからないかもしれない。

(けれど、本って、本来、そういうものなんじゃないかしらん…万人受けするってことは、薄っぺらいってことの裏返しですから<あー、また、そういう、敵を作るようなことを言ってはいけませんね)

《そもそも失敗の原因は複合的だ。しかし、それを自らの過ちではなく、経営環境、幹部や社員、不運といった他責にする経営者は、人間不信の度を深め、孤独の闇に陥ってしまう。自分自身の弱点や失敗を客観的に見て、素直に変わろうと努力する人だけが、新しい自分、未見の我に出会い、新たな自分を創造できるのだろう》(p.296)

いきなりこの言葉を持ってこられたら、胡散くさくて、自分の中に入ってこないと思うのですが、この本をずっと読んできて、著者のさまざまな過去を疑似体験してからこの文章に出会うと、すごく、説得力があります。そして、上の引用箇所の最後が「創造できる」ではなくて「創造できるのだろう」と、推量になっているのがいいです。言い切る人ほど、怪しいですから。こういう言い方をする人は、一見すると自信がないように感じるかもしれないけど、逆に、信用できる人であることが多いように、自分自身の経験からは感じます。

《人は何度でも挑戦できる。困難は神が与えてくれた絶妙なパズルだ。…(中略)…恐れずに立ち向かえば、解決の糸口は必ず見つかる。お金や名誉ではなく、自らの心の声に素直になり、心の喜びを目指して突き進むことだ。誰にでも苦しい時が必ずあるだろう。苦境に陥ると、人は陰口を叩くものだ。徒党を組んで追い落としにかかる人もいる。でも、気にすることはない。その人にもその人の人生があり、家族や友人を大切にして、泣き笑いしながら精一杯生きているだけなのだ》(p.298〜299)

この言葉は、すごいです。この本の中に描かれている著者の経験を考えれば、誰かを恨んで恨み続けても誰も不思議に思わないだろうに、こういうことが言えちゃうってのは、すごい。

人は何度でも挑戦できる。老け込んでる場合じゃないぞ。

 

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今年読んだ本(その1)

旧刊新刊雑誌に漫画も混じってますが。



去年は、過去15年の中で、もっとも本を読まなかった年。今年は、また、本をたくさん読もうと思ってますが、なにしろ「積ん読」がたくさんあるから、まずはそっちの処理です(処理って言い方も、なんですが)。

《あの夜、僕らは個室の明かりを消して、深夜まで車窓を眺めていた。黒々とした山影や淋しい町の灯が流れ、通りすぎる見知らぬ駅舎の明かりが妻の横顔を青白く照らした。車輪がレールの継ぎ目を越えていく音に耳を澄ましていると、まるで夜の底を走っていくように感じられた。》(森見登美彦『夜行』p.39)

というわけで、森見登美彦を読めば、夜行列車に乗りたくなり、尾道に行ってみたくなり、叡山電車に乗ってみたくなる。『この世界の…』を読めば、広島(江波とか草津とか<思えばこのときの待ち合わせは江波だった)に行ってみたくなり、呉に行ってみたくなり(あれからはや6年)、いくら時間があっても足りませぬ。

でも、ANAのマイルだけでも4万マイルあるんだから、その気になれば、日本全国どこでも行けるんだよねえ。AIRDOならば、来月末までは、800ポイントでどこでも行けちゃう。

まずは今やっている仕事の完遂が第一だけど、その後は、また、以前のように、手広く、いろんなことをやっていきたいと思ってます。2014年にいろんなことがあってから、昨年、一昨年と、おとなしくしてましたが、今年からは、また、いろんなことを、やっていくつもりです。
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