熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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40代からの自分探し(笑)

先月、書泉グランデで「在庫僅少本」のコーナーにあった『昭和電車少年』を買った(おまけにつられて〜在庫僅少本を買うとおまけがもらえると書いてあったので)。この本は、2002年1月1日初版発行の単行本であり、著者の実相寺昭雄氏はすでにお亡くなりになられている(ついでにいうと、帯にすばらしい推薦文を書いているロングおじさん(吉村光夫氏)も、今年のお正月に亡くなられた)。

その本のあとがきに、こんなことが書いてある。

わたしは、自分が鉄道ファンの風上にもいられない人間であることを、弁えているつもりだ。何故なら、色気づくころから鉄道はどうでもよくなり、映画に淫し、消える赤線の灯火を惜しんで通い、同人雑誌に無頼を装った小説を書き、なまじ文学青年を気取っていた時期があったからだ。そして、蒐集していた大切な切符やら雑誌やらをすべて人手に渡したのだ。…(中略)…わたしが電車への憧れをとりもどしたのは、京都の撮影所でテレビ映画に勤しみ、ATGでの本編を手掛けるようになったころからだ。…(中略)…それから種村直樹氏の著作やら、宮脇俊三氏の本やら、川島令三氏の労作を読むようになって、電車を愛していた過去が徐々に身体を染めて行った。そして、中年から老年にかけて、鉄道への本卦還りをしたのである。

なるほどね、と書くと、「ね」が気になる、ということは、たしか宮脇俊三さんが何かに書かれていたことだが、新刊(2011年5月10日初版第1刷発行)の『電車は顔 歴史に残る名車両の軌跡』の著者プロフィールにも、こんなことが書いてあった。

幼少期からの"鉄"の道は高校時代で途絶えるが、パソコンでイラストを描けることを知り、1999年より鉄道車両の顔のイラスト作成で復帰。

著者の五十川晋一氏は1956年生まれとあるから、「復帰」したのは42〜43歳の頃だ。

自分自身のことを振り返ってみると、毎月の鉄道雑誌を買うのが途切れたことはないし、実相寺昭雄氏が最初にあげている方のわりと近いところにずっといたから、鉄道趣味をお休みしていた期間はないといえばないのだが、自分の関心事のなかに占める割合がかなり小さくなった時期はあった。そういう時期がなければ、北海道に引っ越すことなんかしなかったと思う(鉄道趣味という点では、東京〜名古屋〜大阪以上に恵まれた場所はない…東京に比べたら北海道なんて何もないですから)。

ここへ来て(<どうもこういう表現を使うと「『ここ』とは具体的にいつなのか」なんてことが気になって気持ち悪いのは一種の職業病か)、鉄道趣味への関心がまた大きくなっているのは、最近の(ちょっとへんな感じもする)鉄道ブームの影響もあるとは思うが、それ以上に、そういう、年齢的なこともあるのかな、なんてことに、実相寺昭雄氏の「中年から老年ににかけて」という言葉に触れて、気づかされた。

年齢を重ねるというのはそれだけ残りの人生が少なくなることでもあって、いやあなたまだそんなこと考えるには早いでしょ、と、もう一人の自分が言っているのではあるが、同年代の友人知人から届く喪中はがきが祖父母から両親に代わりつつあることを感じたり、自分自身の両親(まだ元気ですが)のことを考えたりすると、いろんなことを考えるようになってくる。そのいろんなことの中には「やりたいことをやっておかねば」みたいなものもあって(<そんな単純な話ではないのであえて「みたいな」と書いています)、さらに大震災であちこちが大きく姿を変えてしまったりすると(ああ行っておけばよかった!と思ったりなんかして)、もう時間はないのよ!ってことを(まあ、ちらっと、ですけど)考えるわけです。

『時刻表2万キロ』の最後の、カレル・チャペックの引用みたいなものですね。いや、ホント、まだまだ、ちらっと、という程度ではありますけど。

そうすると、みんなが乗りに行くから乗りに行こう、なんてことをしている場合じゃない。

鉄道趣味といってもいろいろあって、じつは私は(鉄道ファンの間でも注目する人が比較的少ない)ローカル私鉄が好きなんじゃないか、と、上に紹介した『電車は顔 歴史に残る名車両の軌跡』を読みながら(というか眺めながら)気づいた(そこを具体的に書いていると、さらにものすごく長くなりそうなので省略<ブログの一つの記事にするにはたぶんボリュームがありすぎる話)。

思えば、347Mだか345Mだかで同好の士が美濃赤坂やら西明石やらを目指していた頃、私は、名古屋から南下して、近鉄のナローに乗りに行って、さらに沿線を歩いたりもしているのだ。修学旅行以外で初めて京都に行ったとき、最初に訪れたのは北野白梅町だったし、まだ加茂から出ていた頃の蒲原鉄道に乗りに行った(そして途中で降りて沿線で走行写真を撮った)こともある。白糠線と別府鉄道のどちらに乗れなかったことを後悔しているかといえば、別府鉄道だ。

この間、実家に行った際、20年近く前に出た本を持ち帰ってきた。



この写真集兼ガイドブック、3800円もするのだ。まだ会社に入ったばかりでたいした給料ももらっていなかった頃なのに、惜しげなくこういうのを買ってしまっているあたりに、自分の本来の嗜好があらわれているように思う。それでいながら、北海道の自然がどうこうとか言い出しちゃって(<いや、べつに、そんな言い方しなくてもいいじゃないですか)、ビーパルが愛読誌になって(それはもう少し前からですけど)、アウトドアギアを揃えてみたりなんかしちゃって、まったく別の方向に行っちゃったんだけど。

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懐テツ

最近やたらと過去のなんたらの鉄道本が出てまして(過去のなんたらに限らずマニア向けじゃない鉄道の本は=ムックスタイルを中心に=やたらと出てますが)、これはきっとバブル経済を体験してきた(消費性向が高いことに抵抗がない)40代50代を対象にしているのだろうなあ、そんなものに乗せられるのはアレだしそもそも必要ないものを買ってもどうなのよ?とか思いながらも、まあ、多少は吟味するものの(プロじゃないんだから何から何まで買いそろえることはないですけど)、それなりに、買っちゃうわけです。



NEKO MOOKの鉄道タイムトラベルシリーズは、おもしろそうなんだけど、1,800円かつ買えばまた荷物が増えるだけと思うと、なかなか手が出なかったのですが、昭和62年の、といわれると、どういうわけか、手元に置いておきたくなります。昭和62年といえば、私は竹の塚の大先生の事務所でバイト君をやっていた頃。国鉄がJRになって、鉄道と関係ないような媒体からの執筆依頼がたくさんあって、仕事があふれていた頃(<「仕事に」ではない)。

その大先生のコラム(書き下ろし!)が載っているのが、JTBの交通ムック「昭和の鉄道40年代」(amazonだとまだ予約受付中になっていますがリアル書店には置いてありました)。きれいなカラー写真が多数あるのが気に入って、買いました。これが昭和30年代となると、カラー写真があったとしても(よほど貴重なものがあれば別ですがいまどきは古いカラー写真もたくさん出てますし)いまいちピンとこない(=手にとるところまでいかない)のですが、40年代となれば、イメージがしやすい(自分の想像力の範囲内にとどまる)。資料としてというよりは、読みものとして、楽しめます。


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世界の車窓から〜大橋俊夫とゆく、北海道の旅

昨日の朝4時過ぎ(感覚的には夜中の続き)にiPhoneをいじってたらiTunes(PCでいうところのiTunes Store)でたまたま見つけて、試聴したら、おお!北海道内の特急列車のアナウンスの声がそのまま入ってる!!で、即購入。

どこにもリンクしてません↓


内容はこちらでご確認ください。

「世界の車窓から」は石丸謙二郎だろう、大橋俊夫って?と思って調べてみたら、FM東京出身のフリーアナウンサーである由(大橋俊夫−Wikipedia)。この方が、普通列車も含むJR北海道の車内アナウンスの声を担当しているだそうで、なるほど、聞き慣れた(安心できる)声なのはそういうことなのですね。そうだよね、しょっちゅう聞いている「4号車は指定席のUシートです」というのも、この声だもの。

で、なぜに「世界の車窓から」かというと、「世界の車窓から」のテーマ曲(のアレンジしたもの)がベースにあって、そこに車内アナウンスの声がのっかっているのです。

こんなのもちゃんと収録されてます↓
この先、揺れることがありますので、お気をつけください。また、エゾシカなどの野生動物が多数出没する区間を走行いたします。走行中、やむを得ず急ブレーキを使用することがありますので、お立ちの際は手すりなどにおつかまりください。


東京から転勤で来た人いわく、帯広へ行く列車の中で初めてこのアナウンスを聞いたとき、「観光客用のサービスだと思った」とか。そんなことはなくて、とくに今の時期だと、けっこうな頻度でエゾシカと列車はぶつかります。私は少なくとも月に1〜2回は道東方面へ向かう特急列車に乗りますが、最近1年間だけでも、自分の乗っている列車がぶつかったことが2回、乗る予定だった列車がエゾシカ衝突で遅れていてなかなか来なかったことが数回あります。
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[復刻版]昭和20年9月発行 最新・日本交通圖

編集長敬白(魅力の『最新・日本交通圖』。2009年9月27日)で存在を知ってからずっと気になっており、先日、東京へ行った折におなじみ書泉グランデの6階で購入した『[復刻版]昭和20年9月発行 最新・日本交通圖』を、今日、ようやく開封しました。

広げるとこんな感じ。


奥付。


これがどういうものなのか、詳しくは上記リンク先をご覧いただくのがよいかと思いますが、昭和20年9月発行、すなわち、すでに敗戦後であったにもかかわらず、樺太、台湾、朝鮮、満州国の路線図も掲載されている、とても興味深い資料です。

この復刻版に添えられているリーフレットの解説によると、これは昭和14年頃に発行された路線図をベースにしたものではないかと思われる、とのことで、たしかに、たとえば東京近郊でみると(私は長く住んでいた土地なのですぐに気づいたのですが)東武鉄道に「川越西町」という駅があります。「川越西町」は昭和15年の国鉄川越線開業とともに「川越」に改称されている(そして現在に至っている)ため、昭和20年であれば、「川越」でなければおかしいはずです。

ちなみに現在は川越市に西町という地名はありません。川越駅東口の、現在の脇田町が、その辺になると思われます(私は川越を離れてはや16年、その間、足を運んだ機会は一度しかないため、ずいぶん様子も変わっただろうとは思います)。ただ、私の父親は、その界隈のことを脇田町とは言わずに「にしまち」と呼んでいました。だから、この復刻地図に川越西町という駅を見つけたとき、ああ、これは川越駅のことだなとすぐにわかったわけです。

(そしてなぜ川越付近に注目したかといえば、私自身が以前に当ブログで取り上げた西武新宿線と東武東上線とを結ぶ線路がどう描かれているのかが気になったから、なのでした。)

吉崎エイジーニョ氏の本
に影響されちゃったのか、これ、父親にプレゼントしてみようかと思ったりなんかしてます。

上記の編集長敬白にあるように、この地図は、一般の書店では販売されていません。書泉グランデでは、レジの脇に置いてありました。税込800円。
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14年目の小樽交通記念館

本日、小樽交通記念館あらため小樽市総合博物館鉄道・科学・歴史館に行ってきました。交通記念館として開館した直後の1996年9月以来、13年ぶりの訪問です。

ここは、JTBキャンブックス『全国保存鉄道』の5刷(1996年5月1日発行)では「全国最大規模の交通博物館」と紹介されていた施設ですが、経営難から2006年3月限りで閉館となり、その後、07年7月に小樽市青少年科学技術館と統合する形で再スタートし、現在に至っています。

全国保存鉄道 JTBキャンブックス
全国保存鉄道 JTBキャンブックス
白川 淳

この施設は、北海道の鉄道発祥の地である旧手宮駅跡地に立地しており、もうそれだけでも十分に価値のあることなのですが、屋外展示車両が多数あり、さらに、敷地内に蒸気機関車(1909年製!)が走っているなど、経営形態や名称が変わった現在でも、国内有数の交通関連博物館といっていい存在だと思います。

が、しかし、世の中は鉄道ブームだというのに、まるでそこから取り残されているかのごとく、賑わいがない!今日なんて、こんな天気のいい土曜日だというのに、ほとんど人がいない!

そして、たいへん残念なことに、屋外展示車両の多くは、かなり傷んでしまっています。あえて写真は掲載しませんが、正直、見るに耐えない状態のものがほとんどです。一部の車両は直近で修復をしたようであり、とても美しい状態が保たれているのですが…ただ、こればかりは、お金がなければどうしようもないことであり、そうかといって屋内展示するのは大変でしょうし…

じゃあお金があれば屋内展示すればいいのか?というと、そんなことはなくて、ほぼ原型が維持されているキハ56の車内に入って、板張りの床を踏みしめ、ボックスシートに腰を下ろしたとき、窓の外がちゃんと外である、ということは、とても嬉しいことです。屋内展示であったならば、あの気分を味わうことはできません。

それにしてもどうして急にこんなところへ行ったのか?は、現地に行ってみて、理解しました。今朝、ちょっとコンビニにでも行くつもりで外に出たら、目の前に小樽行きのバスがあらわれたのでなんとなく乗ってしまい(それにしてはカメラ持ってたのが不思議だと思われるかもしれませんが私はたいてい何らかのカメラを手にしています)、小樽駅近くの隠れた名店でラーメンを食って、なんとなくぶらぶらしているうちに手宮まで歩いていた、のではありますが、先日、レールバスの本を読んで以来、私の潜在意識のどこかに、あのキハ03の存在があったのだと思われます。

そのキハ03は、残念ながら、今回は見ることができませんでした。国の重要文化財である機関庫が補修中(耐震対応工事である由)であるため、キハ03を含む一部の車両は現在は非公開なのだそうです。学芸員らしき方に尋ねてみたところ「来年4月にお披露目する予定です」とのことでした(ので、またその頃になったら行かねばならぬのか?)。

補修工事中の機関庫。

手前の転車台は動いてます。

それで話を戻して来場者が少ない話ですが、世は鉄道ブームといわれており、また、小樽の市街地にはそれなりに観光客がいたことを思うと、どうにももったいない気がしてなりません。なぜこうなってしまったのか、今日、徒歩で訪れて路線バスで帰った私なら、断言できます。

公共交通機関で訪れる形になっていないのです。

北海道内の人はほとんどマイカーで動くから駐車場が整備されていれば十分と考えられているのか、たしかに駐車場は確保されていますが、観光客がここを訪れようとすれば、ほとんど本数のない観光スポットをめぐるバスを使うか(しかし本数が少ないうえに運転間隔が不定期では使えないですよ)、普通の路線バスに乗るしかなく、その普通の路線バスのほうは、その種のことには長けているはずの私ですら、探すのに苦労しました。これでは、クルマのない人は来るな、と言っているようなものです(実際、私が帰るとき、一人で訪れていたお年を召した旅行者(?)は、タクシーを呼んでもらっていました<この「タクシーを呼ぶ」というのは北海道的発想であり、首都圏から来た人や海外から来た人はそんなことする前にまずバスを探すのですが、そこが北海道ネイティブの人には感覚的にわからないのかもしれない−その光景を見ながら、そんなことを考えてしまいました)。

大宮の鉄道博物館が大人気なのは、そりゃもちろん首都圏だという強みはあるにせよ、電車(新交通システム)で行けば駅を下りたら目の前というすぐれた交通アクセスによるところも、かなり大きいと思うのですよ。便利だし、それよりなにより、駅前っていうのは、その駅までの行き方さえ調べればいいんだから、わかりやすいのです(しつこいけどこの辺の感覚が北海道の人にはすでにわからなくなっているような気がします<これはこの施設に限った話ではなく、広く観光一般の問題として)。

難しいことは抜きにして、こんなもの↓ありました。

乗車券(いわゆる硬券)に日付を入れる機械。

博物館の入場券が硬券になっていて、自分で日付を入れられます。

この3両はごく最近に手を入れたらしく、きれい。


13年前に感激した定山渓鉄道の車両模型。


動態保存のアイアンホース号。客車部分の乗車は無料!


入場料400円だけでは申し訳ないので、売店にあった「小樽なつかし写真帖 総集編」1500円を買ってきました(この本、佐藤さんのところで作ったんですね<いま奥付を見て知りました)。あの車両の傷み具合を見てしまうと、1000円ぐらいなら寄付してもいいと思ったんですが、そういう仕組みはなさそうなので、そのまま帰ってきてしまいましたが、あれなら、しかるべき手段で寄付を募れば、けっこうな金額が集まるんじゃないかという気もするんですがね?さいたま市の鉄道博物館みたいなファンクラブみたいな組織を作って会費集めるとかさ。きわめてまっとうな施設なのだから、うまくやれば、心ある人は集まってくると思うんだけどなあ。少なくとも年会費3000円ぐらいだったら私は出しますよ。
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