熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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花の浮島 礼文島でお待ちしております

30年前からお世話になっている礼文島の民宿海憧が、アルバイトさんを急募中です。よろしくお願いいたします。

そんな告知も出ている海憧嫁ブログの直近タイトルは「これから花のシーズンに!ご来島お待ちしてます。」ってことで、礼文島の固有種であるレブンアツモリソウはもうほとんど終了ですが、素人でもわかりやすい派手な色の大きな花があちこちに咲き乱れるのは、これからです。

たとえばエゾカンゾウ。

エゾカンゾウの黄色い花の群落

これは、ある年の、6月の終わり。相手は自然だから、6月の終わりにこの同じ場所へ行けば同じようにエゾカンゾウがたくさん咲いているかといえばもちろんそんなことはないわけで、だけど、仮にこの場所のエゾカンゾウは終わっていたとしても、これよりも標高の高いところへ行けば、別の花がたくさん咲いているかもしれない。

かくいうぼくの、このときのお目当ては、もっと上の、海がきれいに見える場所だったのですが、このときはまだ少し時期的に早かったようで、下のほうはとてもきれいだったのですが、上のほうはまだ花が咲いておらず、緑の草原状態でありました(とはいえ、それはそれで、とてもきれいです)。

花だけじゃない。夕日もあります。

トド島の脇に落ちる夕日

民宿海憧の目の前が海で、6月の下旬は、ちょうどこんな感じで、礼文島の北側にある海馬島(周囲4キロの無人島)の脇に、夕日が沈みます。季節が進むにつれて、夕日の沈む場所はこの写真でいうと向かって左側のほうにずれていって、8月のお盆の頃になると海ではなく陸地の向こうに落ちていきます(下の写真)。

スコトンの向こう側に沈む夕日

ウニもあります。下の写真は、ある年の、6月の終わり。

バフンウニ

礼文島への旅にはハートランドフェリーをご利用ください(というか、ほかには手段はないんですが)。ご宿泊はぜひ民宿海憧へ(ご予約はお早めに)。そんなに激しく歩かなくてもそこらじゅうがお花畑になってるし、ちょっとがんばって歩けば海も山も花もある夢の世界が広がっています。

この本はとてもよい本です(事前に買ってから出かけましょう)

杣田 美野里,宮本 誠一郎
北海道新聞社
¥ 1,296
(2012-05-01)

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理屈じゃないんだ!

土日ともに晴れたのは2ヶ月半ぶりなんだとか。

そんなこととは無関係に、引きこもって、勉強中。

6月2日に放送されたNHKスペシャル(北海道ローカル)
NHKスペシャル 鉄路縮小の衝撃 私たちは何を選ぶのか

批判するのは簡単だけど、そうじゃなくてさ、って話。

MOTレール倶楽部石黒代表 地元が残したいと思わなければ路線は残らない
網走市観光担当者発言 地域みんながここの路線を残そうとしている活動が目に見えて分かる
網走市観光担当者発言 そういうのは行政だけではとてもじゃないけどできない

これだって批判する人は批判するんだろうけど(行政だけじゃてきないなんて言うな、とかね)、やっぱり、基本は、みんなでどうするかを考えて、実行すること、なのです。個人が簡単に意見表明できちゃう時代になっちゃったからってこともあるんだろうけど、誰が悪いだの、リーダーシップを発揮せよだの、他人に何かを期待する(または他人のサボタージュを責める)ような声が少なくないのは残念なことですが、それを嘆いたって仕方がない。

視聴者意見 誰かが解決してくれるという道民の潜在意識の払拭を。北海道の鉄路を守るのは俺たちだ!という意識で!

いつも言ってますけど、関係者は、みんな、何もしていないわけではない。だから、たとえばヘッドマークがおかしいからといって、こんな会社はダメだとか言うのは、やめましょう。そんなこと言っても、言われたほうが気分を悪くするだけです。

録画した番組を見てて、いまさら、みたいなことも含めて、すごくたくさん違和感あったんですが(これまたいちいち揚げ足を取られないように補足しておくと「違和感=発言者や番組構成に対する否定」ではなく「なんかしっくり来ないな、なんか違うんじゃないかな」という思いです)、最大の違和感は、そもそも鉄道を残したいのか否かの前に、カネの話が出てきちゃうことことです。

テレビの生番組で、しかるべき立場にある方々が、そういうことを軽々に言えないのは、わかる。だから、パネリストの方々に対する批判をするつもりはないのですが、番組への投稿(2,000通って言ってました)を寄せた方々(の意見の多く)も含めて、残したいのか残さなくてもいいのか、を決める前に、カネの話をしちゃってることに、ものすごく、違和感があるんです。

個人的な話でありますが、この十数年間、ベンチャービジネスの現場を評価する側あるいは実践する側で見聞きしてきて、ビジネスだからカネも話ももちろんするんですけど、カネがあるからビジネスをやるんじゃなくて、こういうビジネスをやりたいからそのために資金を調達するってのが基本であって、本当は1億ほしいんだけど1千万しかないからじゃあやらない、でもなくて、1千万しかないならば1千万でできることを考えるのがビジネスです。とくに、資金のないところから始めねばならないスタートアップのベンチャーは、そういうものです。

ぼくは(行政寄りの仕事もやってますけど)どちらかというとそっち寄りの人間なので、北海道の鉄道の存廃の話になったときに、カネの話が先に出てくるのは、どうにも違和感があるのです。

まず、残すか残さないか、であって、残すと決めたらそのためにどうするか、そこで資金の話が出てくる、というふうにやらないと、堂々巡りになっちゃうんじゃないか。

理屈は後づけでいいんです。まず、残すなら、残すという方針を決めて、そのために何が必要なのか、何をするのか、であって、インバウンドがたくさん来るから大量輸送機関である鉄道を残すべき、なんて理屈から入っていくと、やっぱり、そこは、論破されちゃうと思うのです。

これは5年ぐらい前から言ってるんですが、個人で来ている外国人旅行者の動きって、ぼくらがかつて北海道ワイド周遊券を持って旅していた頃によく似ているように思うのです。その辺の統計は持ち合わせていませんが、だから印象に過ぎませんが(この1〜2年はあんまり道内を動いてないんでわかんないんですが)、かつては観光客の乗降が多かった駅、たとえば登別(登別温泉)とか上川(層雲峡)とかってのは、個人の観光客がレンタカーで動く時代になってからは往時の賑わいが失われていたのに、インバウンドが増えてきてからは、けっこう、乗降があるように思います。

それがわかるのは、ぼくは、北海道ワイド周遊券の時代を知っているから。

その頃を知っている世代としては、ぼくは、わりとギリギリのところなんじゃないかと思ってます。もう、そういう時代を知らない人が増えてきている。だからこそ、観光や旅行における鉄道の魅力を体験的に知っているぼくらは、その魅力を伝えて、まだまだこんなふうにやれることがあるじゃないか、極論すれば公共交通機関だの大量輸送機関だのの定義から離れるぐらいのことをして、北海道の鉄道を(残すのではなく)より積極的に活用することを提案していかねばならないのだろうなあと思ってます。
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カレーもいいけど 鉄道もね

オトン104号は、明日(6月15日)発売です。

表紙 カレーの写真が載っている

ほんのちょっとだけ、お手伝いさせていただいたので、発売日に先駆けて、掲載誌を送っていただきました(ありがとうございます)。明日の朝には、コンビニなど、北海道内各地の店頭に並んでいることと思います。

表紙は「みんな、カレーが大好きだ。」の文字と、見てるだけで食欲がそそられるカレーライスの写真ですが、カレーは第一特集でして、ぼくが関わったのは第二特集のこちらです。

道東一周鉄道旅行記 の 見出し

すごくきれいな和田さんの直筆文字も多数掲載(<視点がマニアック?)。このブログで5月22日に(さらっと)紹介した「鉄ちゃんと鉄子の宿」も紹介されています。

眺めてるだけで、道東一周ぐるっと886kmの鉄道旅に出たくなってきた(^^)
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あの島にかえりたい

泣きながらちぎった写真はないので普通の写真をブログの上につなげてみます。

稚内行きの夜行バス
稚内銘菓 流氷まんじゅう
稚内港のボーディングブリッジ
稚内港で出発を待つ船
船内で売っているアイスクリーム 宗谷の塩味
船室からタラップへと下りる階段
香深港のタラップ
シケのためタラップ使用と書かれた掲示
ごはんの上のウニ
床にべたっとして見つめるハナ
玄関で散歩をせがんでいると思われる表情のハナ
脚の間に入ってきたハナ
フロント前で眠っているハナ
双葉食堂の暖簾
船泊マリンストアー
香深港にある記念撮影用の顔ハメ看板
あつもんが描かれた路線バス
郷土資料館内の展示 小樽〜利尻礼文航路のポスター
郷土資料館内の展示 昔の礼文島の観光ポスター
桃岩
今年から あつもん イラスト入りになった かいどうのタオル

もう10日も前の話なんですけど、フラワーマラソンも走れず青空を見ることもなく持っていった一眼レフを一度も使わなかった今回の旅はやっぱり心残りが多すぎて、宿でお昼をいただいたり夜遅くまで語り合ったりとまるでシーズンオフみたいな過ごし方ができたのはそれはそれで楽しかったんだけど(おかげで帰りの船は揺れたのかどうかまったくわからなかった<稚内の港に入る手前まで爆睡状態)、なんだかすっきりしてなくて、いまも、毎日、iPhoneの中の写真を眺めてます。眺めたところでどうなるものでもなし、ときどき、どこかで行けないかなと考えたりもするんだけど、まとまった時間が取れそうなのは海の日の連休のところぐらいしかなくて、そんな激混み時期に行くのはぞっとしないわけで、でも、そうすると、やっぱり、行けそうな日がない。

とかなんとか言いながら、あと2ヶ月なんて、すぐに来ちゃうんだろうな。

礼文島 民宿海憧

 

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サロベツの文字のない特急サロベツ

話には聞いていたけれど、実物を見て、これはないよな〜と思いました。

稚内駅停車中の特急サロベツ
車体側面にある「旭川行き」の文字

札幌〜稚内間を走っていた特急サロベツが、今年の3月から運転区間を旭川〜稚内間に短縮、は、まあ、仕方がないとしても、ヘッドマークから、「サロベツ」の文字が消えてしまったのは、とても残念です。

新しい(?)ヘッドマークは、特急スーパー宗谷あらため特急宗谷と共通です。

これは3月3日まで使用されていた特急スーパー宗谷のヘッドマーク。

スーパー宗谷のヘッドマーク

このマークの、上部の「SUPER SOYA」の文字を除いた(文字部分を青く塗りつぶした)のが、3月4日以降の特急宗谷並びに特急サロベツのヘッドマーク。札幌〜稚内間の特急サロベツを旭川止まりにしたのは、車輌の運用の都合であったわけで、サロベツと宗谷の車輌の形式を統一したからどちらでも使えるようにした、ってことなんでしょうけど、旭川〜網走間に新設された(というか札幌〜網走間の特急オホーツクを旭川〜網走間に短縮した)特急大雪では美しいヘッドマークが新たに用意されただけに、余計に、なんだかな〜と思ってしまいます。

昨年夏の特急サロベツ(稚内〜札幌間を乗り通したのはこのときが最後でした)。

絵入りヘッドマークの特急サロベツ

昨年の特急サロベツは、札幌方がスラントノーズでしたが、礼文島からの帰りにときどき使った特急サロベツのイメージは、やっぱり、こっちです。シートピッチが広くてコンセントも付いている専用車両。

そんなことを言っても、なくなったものはどうしようもないし、JR北海道にもいろいろ事情もあるのでしょうから、ぼくらができることは、乗ることだけです。

「頑張れ宗谷本線」のポスター、稚内の商店街には、あちこちに張ってありました。

ポスターが張られたお店のショーウィンドウ

線路のない礼文島にも、張ってありました。

頑張れ宗谷本線のポスターと、あつもん

 
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礼文島は文化のクロスロード(だったかもしれない)

昨日まで3回シリーズで、北海道新聞に「国際発掘調査の7年 浜中2遺跡」という連載記事が掲載されていました。浜中2遺跡というのは礼文島の北部の遺跡で、あの辺で何かやってるのは知ってましたが、先週末に礼文町郷土資料館で展示を見るまでは、その内容については、ほとんど知りませんでした。たまたまなのですが、礼文町郷土資料館で展示を見た直後に、道新さんがこういう連載をしてくれて、ああそういうことなのかと、よくわかりました。

新聞記事

「国際発掘調査の7年 浜中2遺跡」(上)北海道新聞2017.06.06 から:
《礼文島はレブンアツモリソウなど固有の高山植物で有名だが、考古学や歴史学の分野でも価値の高い島であることは、あまり知られていない。…(中略)…礼文島は本州から北上する縄文人、ロシア・サハリンから南下するオホーツク人などが往来の拠点としたとされる。…(中略)…調査団を率いる北大アイヌ・先住民研究センターの加藤博文教授(50)は「礼文島が文化のクロスロードだった可能性もある」と語る。》

「国際発掘調査の7年 浜中2遺跡」(中)北海道新聞2017.06.07 から:
《アイヌ民族の文化や歴史を探るため、同遺跡で2011年に7年計画で始まった国際発掘調査「バイカル・北海道考古学プロジェクト」。研究者だけでなく、これまで延べ200人以上の学生が国内外から参加している。「国際フィールドスクール」と称されるこの取り組みは、現地調査を通じて礼文島の歴史や自然を学び、次世代の研究者を育む狙いがある。…(中略)…プロジェクトは今年が最終年となるが、日本学術振興会から補助金を受け、同スクールは来年以降も継続する。日本からは北大や東大、慶大の学生が参加。北大では毎年、学部生を対象に定員15人前後で参加者を募集しており、毎回抽選になるほどの人気を見せる。》

「国際発掘調査の7年 浜中2遺跡」(下)北海道新聞2017.06.08 から:
《レブンアツモリソウなど固有の高山植物が群生する礼文島では、開花時期の6月に月別最多となる年間観光客数の4分の1が集中。ただ、8月は6月と比べて1万人前後少ないなど、花の時期とそれ以外の観光客数の差が顕著だ。季節を問わない観光資源の必要性も叫ばれる。…(中略)…現在、町内の55カ所の遺跡はいずれも、観光客を呼び込めるような整備はされておらず、出土品などを見学できる場は町郷土資料館のみ。それでも、同資料館で、礼文島が考古学や歴史学の分野でも価値ある島だと初めて知った観光客の多くが、好意的な反応を見せる。…(中略)…かつて、縄文人やオホーツク人の往来の拠点だったとされる礼文島。今度は、その歴史を学びに来る観光客の往来を目指して、礼文町は動き始める。》

というわけで、みなさん、礼文町郷土資料館に行きましょう(というけれど、こんなにしょっちゅう礼文島に行ってるぼくは、フラワーマラソンが中止になって利礼航路が全便欠航になった日、「郷土資料館ってどこにあるの?」と聞いてしまったぐらいで、知らないんだよなあ…郷土資料館は、温泉の斜向いの、スピカ21の中です<スピカ21って、毎年、フラワーマラソンの開会式と閉会式で入ってるんだよ、それなのに知らないんだから、関心のないものは見えないってことなんですねえ…)

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船泊発 トド島行きフェリー

ごく一部の礼文島北部マニア向け情報です。

利礼航路全便欠航の日、礼文町郷土資料館に行ってみました。

郷土資料館入口

初めてだと思ってたんだけど、よくよく考えてみたら、3度目ぐらいのような気がする。というのは、たまたま、うちにあった古い本を見ていたら、その頃からもうこの場所はあって、その頃は「ぶらぶら連泊」(これまたごく一部の人にとっては懐かしい言葉かと)だと、どこかに行っていて、その頃に入ったことがある、と思う(たぶん)。

有料ではあるのですが、入口付近の美しい写真(クリストファーさんの作品と思われます)を見るだけでも、入る価値ありです。礼文島というと自然の景観を見るだけって感じがしますけど、その自然がどうやって成り立っているのかが、とてもわかりやすく展示してあって、大人向きのきわめてちゃんとした施設です。

そんな中に、観光産業のコーナーがありまして、大きな「礼文島観光案内」なる地図が置かれていたのでありますが、これが(マニア的には)ツッコミどころ満載の、面白地図なのであります。

礼文島観光案内図

これ、いつの発行なのか書いてないんですが、礼文空港がないから、少なくとも、1978年以前です(もっと前だろうな)。何がおもしろいって、わかる人はすぐにわかったでしょうけど、トド島への遊漁船が、船泊港から出ているのはともかく(これも現在では想像しづらいことですがトド島にああいう船着き場があることを思えば不思議でもない)、なんと、大備の前浜からも出ているのです。大雑把な地図だから正確な場所はわからないけれども、久種湖の手前で小学校のほうに分かれていく道とレインボー商店街に入っていく道と金田ノ岬から浜中・スコトンへと続く道の三角形の中ってことは、ちょうど、民宿海憧の前、天気のよい日にはきれいな夕日が見られるあたりです。

礼文町郷土資料館には、礼文島写真研究会のみなさんの写真も展示してあります。

写真パネル多数

奥の作品の作者紹介は壁に掲示されているのに対し、手前の作品の作者のプロフィールは床に置いてあって、さすが芸術家は考えることが違う、斬新だと(本気で)思ってたのですが、あとで手前の作品の作者の方にその旨を伝えたところ、糊がはがれて下に落ちていただけだったらしい(^^;


 
杣田 美野里,宮本 誠一郎
北海道新聞社
¥ 1,296
(2012-05-01)

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柳の舞

ある日の民宿海憧の夕食。

夕食全体
(通常はこれにカニが付きます)

刺身とか焼き魚はその日によって違うし、フライの代わりに天ぷらだったりすることもあるのですが(連泊する人が多いからメニューは毎日変えてます)、この日は、ヤナギノマイづくしでした。フライも、焼き魚も、刺身も、みんな、ヤナギノマイ。

刺身と焼き魚とウニ

ヤナギノマイは、北海道では比較的ポピュラーなお魚ですが、道外では知らない人も多いので、民宿海憧の食堂の壁に、説明書きが張ってあります。

お刺身は淡白で上品な味です。

刺身のアップ

焼き魚は、小骨が多いので、残念ながら、残す方が多いようです。

焼き魚の腹を割いたところ

小骨も気にせずバリバリ食べてしまえば、とても美味です。

焼き魚の頭と背骨

 

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今日は双葉で 味噌

ぼくが味噌ラーメンを頼むのって、わりと、珍しくないですか?

味噌ラーメン

いつものカツカレーはちょっとヘビーに感じて(動いてないからお腹すいてなかったんだね<まだ11時過ぎだし)、それならラーメン(双葉食堂のラーメンとは塩ラーメンのことです)というのが普通の選択なんだろうけど、味噌ラーメンを食べたくなったのは、たぶん、寒かったからでしょう。6月の昼間だというのに外気温は4度か5度ぐらいで、さらに北東からの風が吹いているから、冬のように寒い。いくら礼文島でも、これは、かなり異常なことです(低温注意報が出てました)。

風に煽られる暖簾。

双葉食堂の暖簾

ぼくが11時10分過ぎに店の前に着いたとき、ちょうど、かあさんが出てきて、暖簾をセットしているところでした。普通ならそれは開店のタイミングなのでしょうが、ぼくが店に入ったら、すでに先客がいました。そういうぼく自身も、過去には、この暖簾がテーブルの上に置いてあって室内灯もついていない店内で注文したことがあります。

11時10分過ぎに行ったうえに、先客も味噌ラーメンを頼んでいたこともあってか、また、出前の注文の電話も鳴らなかったために、ぼくの味噌ラーメンは10分後には出てきました。ぼくが予想外に早く宿に戻ったからなのでしょう、「あれ?双葉、休みだったんですか?」と言われました。

とはいえ、ぼくが店を出る頃には、もう、奥の座敷以外はほぼ満席状態になっていて、しかも、後から来た観光客っぽい方々はバラバラな注文をしていたから、もう少し遅かったら、いつものような時間がかかったに違いありません(だからお腹がすいてないと思っても早く行ったのよ)。そんなわけで、想定よりは平和な店内でしたが、ぼくが食べ終えた頃には厨房内(とうさんとかあさんしかいない)はバタバタで、お勘定のタイミングは、ちょっと、気を遣いました。

お客が気を遣う店ってどういうことなんだ?などと言ってはいけません。その辺は、お互いさまです。カネを払っているのだから客のほうが偉いんだ!なんてことは、別にこのお店に限らず、ありません。

双葉食堂の前の通り
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