熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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来年のカレンダー

年末恒例、広島電鉄のカレンダーが送られてきました。



こんな袋も付いてました。



今年は、あと、残り1枚。



毎年、ありがとうございます。

そういえば、しばらく、広島、行ってないですね。今年は、すっかり、マラソン中心生活になってるからなあ。
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室蘭本線の夢

11月30日の室蘭本線(苫小牧〜岩見沢)の観光列車について、鳥塚さんがブログで「まるで夢見心地だった」と書いていますが(鉄道で夢を見る。2019年12月2日)、鳥塚さんの現職は、えちごトキめき鉄道の社長です。新潟県のみなさまの中には、北海道のことも室蘭本線のこともいいけれど、トキ鉄は大丈夫なのか?と心配な方もいらっしゃるかもしれません。

でも、新潟県のみなさま、ご安心ください。あの晩、苫小牧の居酒屋さんで、鳥塚さんは、トキ鉄がいかにおもしろいか、トキ鉄をこれからどうしていくかという話を、熱く語っていました。トキ鉄は、これから、どんどんおもしろくなります。鉄道ファン的におもしろくなるというよりも、地域にとって必要な、地域に暮らす人々を幸せにする鉄道になっていくはずです。

それはそれとして、たしかに、あの日、鳥塚さんは、いつになく、嬉しそうでした。乾杯の音頭をお願いしたら「今日は、私の45年越しの夢を叶えていただいて、ありがとうございました!」と、お礼を述べられたのでした。



でも、新潟県のみなさま、安心してください。鳥塚さんは、翌朝には戻らねばならないからと、札幌でもう一献を目論むわれわれを横目に、千歳で下車して、千歳のホテルへと向かったのでした。



そんな鳥塚さんを熱くさせる室蘭本線、そして蒸気機関車の記憶、というのが、正直なところ、ついこの間まで、ぼくには、ピンとこないままでした、が。



日本交通公社の月刊誌「旅」の1975(昭和50)年8月臨時増刊、「この夏 北海道で最後のSLにあおう」。あるところで発見し、いまやってる仕事の役に立つかもしれないと思って、元の持ち主の方に「これもらっていいですか?」とお断りして、持って帰ってきたのですが、ページをめくるうちに、資料としての価値などどうでもよくなるほどに、当時の熱が伝わってきます。

誌面に、不思議な迫力があるのです。

当時の北海道は、今よりも、ずっとずっと、遠い場所でした。この本の中に「SL撮影のためのモデルコース・ガイド」というページがあるのですが、その書き出しは「金銭的には余裕があるのだが時間がない、という方なら、やはり飛行機を利用するのが一番です」。今なら、北海道へ行こう!というときに、わざわざ「飛行機を利用するのが一番」などとは、書きませんよね。

北海道へはそうそう行けるわけではない、そんな北海道へ行く以上は、やれることはすべてやろう!とばかりに、この本の中には、これでもかというほどの文字情報が詰め込まれています。巻末には、SLが走る区間の沿線の路線バスの時刻表も載ってます。作り手の熱い想いが伝わってくるとともに、この本を手にした読者が時刻表とにらめっこしていた光景すら想像できます。

そして、この一冊に息吹を与えているのが、巻頭のカラー写真です。見出しの「最新特写カラー」なる表現が時代を感じさせますが、これがとにかく素晴らしい。



最初のページの撮影場所は、岩見沢構内。これに続いて、岩見沢操車場、志文−栗沢、栗丘−栗山、三川−追分、追分−安平、遠浅−沼ノ端といった、つまりは、現在は普通列車が細々と走るだけの地味な、室蘭本線の岩見沢−苫小牧間の写真が、なんと、30ページ以上も続いているのです。

だから、鳥塚さんや、あの世代の方々は、岩見沢へ行くたびに「ここから志文まではこっちに線路があって」と言い出したり、栗山、由仁、古山、三川、追分…などと、駅名を諳んじることができたりするのですね。本当に、聖地、憧れの地だったのだなあということが、この(とても状態のいい)古い雑誌を見ていると、とてもよく、わかります。

じつは、ぼくは、今回、こういう形で関わることになるまで、室蘭本線の沼ノ端〜志文間は、はたして乗ったことがあるのかどうか、わかっていませんでした。かつて走っていた万字線(1985=昭和60=年廃止)には乗ったことがあるから、岩見沢〜志文は間違いなく乗っているのですが、そこから先は、乗ったかどうか…というぐらいに、ぼくが初めて北海道を訪れた1982(昭和57)年当時でも、もう、室蘭本線のこの区間は、これといった魅力のない、わざわざ乗りに行こうとは思わない区間になっていました。

苫小牧(沼ノ端)〜岩見沢間は、両端が別の路線に繋がっていて、しかも、どちらも特急列車が行き来する駅なのだから、乗りやすかったはずなんですけどね。湧網線や羽幌線、3セクになる前の池北線ですら乗っているというのに、ここは、乗ったかどうか自信がなかった。

そりゃ、ここで観光列車といっても、何がなんだか、わかんないですよね。地味だもの。普通列車しか走ってないし、観光地というわけでもないし。

でも、ここは、45年越しの夢が叶う場所なんです。

そんなのは個人的な話だろうって?いやいや、「旅」1975年8月臨時増刊をみれば、そういう個人的な思い出を抱いた人が、全国に、山ほどいることがわかります。ここは、大勢の人々の夢が行き来する場所、いわば、シルクロードであり、熊野古道みたいなものです。そう思うと、室蘭本線が、輝いて見えてきませんか?

夢を見ましょう。いつでも夢を。

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いつでも夢を

昨日のブログで「人生は夢なんです!」という言葉を紹介したので、その続きとして、こちらの本をご紹介。

いつでも夢を 52日連続フルマラソン世界記録達成』は2009年9月刊。



「はじめに」から:

40代後半にいたって、順調な人生から失敗の連続が始まった。
職を転々とし、自殺を考えたこともあった。
そして、60歳をすぎ、やり直すことはできないが、これから何ができるかを考えた。
失っていた自信を取り戻すため、チャレンジできるものを見つけたかった。


そしてチャレンジしたのが、52日連続フルマラソン完走の世界記録。その過程を記したこの本は、しかし、マラソンの本というよりは、人生の本です。

著者の楠田昭徳さんは、現在、さいたま市の別所沼公園で、「2020年東京オリンピックまでの2020日間、毎日誰かがフルマラソン(42.195km)を走る」チャレンジ2020という企画を続けておられます。2015年1月2日から始まったチャレンジ2020は、今日が1797日目。ぼくも、これまでに、二度、走らせてもらいました。来年7月の終了まで残り220日余の間に、もう一度、走らせてもらう予定です。

この本の最後は、こう、締めくくられています。



いつでも夢を。いい言葉です。

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人生は夢

11月30日の室蘭本線観光列車の様子を鳥塚さんが詳しくレポートしてくれました。

その中でも触れられている、栗山駅での地元銘菓の販売。



上の写真は、午前コースの栗山駅。まえだのオムレツケーキ(老舗菓子店 前田菓子舗のオムレツケーキ)は、1個入り300円と2個入り600円の2種類があって、鳥塚さんは、2個入りを購入(うち、1つは、私のおなかの中に収まりました)。



午前コースではこんなにたくさんあった栗山名物の栗まんじゅうが、午後コースのお客さんが買い求めた後では残りわずかになっていたのだから、いかに売れたかがよくわかります。短距離短時間の観光列車を往復で走らせればお客さんは入れ替わる、だから沿線の販売の機会は二度に増える、一日に二度あれば一度の準備で二倍売れる、ということを実証するとともに沿線のみなさんに実感していただくこともまた、今回の目的でしたが、それが見事に証明されたことになります。

こちらは午後コースの写真。オムレツケーキは完売しました。



午前コースでもかなりの勢いで売れていて、午後の分なくなっちゃうんじゃないですか?と言ったら、いやいや、まだこっちにあるんですよと、冷蔵ケースの中に在庫があるのを見せてくれたのですが、午後コースのお客さんは午前コース以上に殺到し、あっという間に売り切れ!

辛党向けの午後コースはともかく、午前コースは、栗山町の前に立ち寄った安平町でD51どらやき、由仁町で銘菓伏見台と、苫小牧を出てから1時間半ほどの間に2つもお菓子が出ているのに(D51どらやきと伏見台はツアー料金の中に含まれています)、みなさん、買うんですねえ。

お客さんは基本的に片道乗車でしたが、われわれは往復乗車。苫小牧駅に集合してから12時間を経て、夜、苫小牧の居酒屋で打ち上げをしていても、なんだかついさっき早朝の苫小牧で準備をしていたような気がして、不思議な感じでした。ある人いわく「夢を見ているようだ」。

そのとき、鳥塚さんが、言ったのです。

「みなさん、ようやく気がつきましたか。人生は、夢なんです!」

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北海道観光列車モニターツアー@室蘭線

昨日(11月30日)、北海道鉄道活性化協議会の事業の一環として、室蘭線の苫小牧〜岩見沢間で、観光列車モニターツアーを催行しました。苫小牧を朝8時50分に出発して岩見沢に12時01分に到着する午前コースと、岩見沢を13時30分に出発して苫小牧に17時に到着する午後コースの2コースで運行し、おかげさまで、盛況のうちに、無事、終了することができました。

どうして苫小牧〜岩見沢で観光列車なのか?は、鳥塚さんのブログで説明されているとおりです。道の観光列車検討会議の最初の頃、鳥塚さんが「観光列車をやるなら苫小牧〜岩見沢」と発言され、さらに、3年間続いた会議の最終回でも、鳥塚さんは、同じことをお話になりました。今回はモニターツアーという形ですが、実際にやってみて、なるほどこういうことなのかと、とてもよくわかりました。

午前コースは「甘味大好きコース」。沿線各地の銘菓が続々と登場。



苫小牧東小ブラスバンドのみなさんによる苫小牧駅ホームでの歓迎。



こんな車両です。北海道の恵みシリーズの、道央花の恵み。今回は観光列車仕様として、各ボックスにテーブルを設置して運行されました(テーブルは取り外し式で、つい最近、設置可能になりました)。



苫小牧を出て、まずは、ラブフルート奏者「ここぺりーな」さん&スリットドラム奏者「おっしー」さんによる演奏(と、さらっと書きましたが、ラブフルートもスリットドラムも、今回、初めて知りました)。



追分駅で最初の下車、道の駅あびらD51ステーションへ。



D51 320が置かれている資料館(追分機関庫)は、現在は冬の閉館時期に入っているのですが、今日だけ、特別に開けていただきました。



次の停車駅の由仁駅では、由仁保育園と三川保育園のお子さんたちのお出迎え。



列車を下りたお客さま一人一人に、子どもたちからのプレゼント。



駅の建物内での地元特産品販売。
観光で来ているみなさんは、何かを買いたくて仕方がないのですね。
とにかく売れるんだ、これが。



列車に戻るときにも、また、子どもたちからのプレゼント。
ひとりひとりに「由仁町にまた来てください!」と声をかける子どもたち。



そんなことされたら、おじさんおばさんたちは感激します。
感激しすぎて、寒いのに、窓を開けちゃいます。



この由仁町の子どもたちの歓迎で、それまで硬かった車内の雰囲気が、一気にほぐれました。今回、歓迎に出てくれた由仁保育園と三川保育園は土曜保育があり、この日は通常の保育時間帯の中で対応可能だったとのこと。

次は栗山駅に停車。



小林酒造さんで社会科見学。



栗山駅からは小林酒造の小林専務が列車に乗り込んで、この時期にしか呑めないお酒のサービス。車窓の雪景色には日本酒がよく似合います。



12時01分、岩見沢駅に到着し、午前コースは終了。



午後コースは、北海道教育大学岩見沢校の学生さんによるサックスの四重奏に送られてスタート。



駅のホームで列車に乗り込む場面で演奏してもらえればもっとよかったのですが、外は雪、そして岩見沢駅の1番線ホームは狭いうえに直前に別の定期列車も入っていたため、岩見沢駅内のホールを貸していただき、このような形になりました、が、むしろ、こうしたことによって、ホールに音がよく響き、華やかな出発を演出することができました。

午後コースは「辛党ほろ酔いコース」。



栗山駅で下車して小林酒造見学、由仁駅で下車して特産品お買い物、追分駅で下車して道の駅見学、という行程は午前コースと同様ですが、提供されるのはお酒、お酒、またお酒。



由仁町の隠れた逸品・鮭キムチ。うまいんだな、これが。



すっかり日が暮れた終盤、ここぺりーな&おっしーさんの演奏で締め。



今回は、旅行会社が企画して沿線市町村に協力を求めるという形ではなく、夏の時期から、何度も、沿線の関係者のみなさんと会議を重ねて、企画を練ってきました。それによって、沿線の関係者が同じ方向を向いて、それぞれのマチの強みを出そうとする、という動きが生まれ、さらにその先には、行政区分という単位とは違う、鉄道の路線という単位が、新たな価値を生み出す可能性があることが、少しずつ、見えてきたように感じています。

ご参加いただいたみなさま、円滑な運行にご尽力いただいたJR北海道のみなさま、さまざまなイベント等で楽しませてくれた沿線自治体や関係者のみなさま、ありがとうございました。

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今年も出ました!『あまりに細かすぎる箱根駅伝ガイド!2020』

ふらっと立ち寄ったジュンク堂の地下2階で発見!



表紙の文字をそのまま書き写すと「さらなる細かさを求める日本全国の箱根駅伝マニアに捧ぐ EKIDEN NEWS の あまりに細かすぎる箱根駅伝ガイド!2020」。表紙をめくると、例によって小さな文字がびっしり書かれたページがあって、見出しにいわく「さらに細かくなった3年目」。本文にいわく《ありがたいことに今年も出すことになりました。細かいリニューアルポイントはたくさんあるのですが、大きな改定としては、大手町だけでなく、各中継所の地図を加え、さらに監督から選手へ最後の檄が飛ぶポイントにもマッピング。もちろん用語集も2020年度版に改定します》とのこと。

かつては世界最強タッグが始まってオリンピアが流れるようになると年の瀬を感じたものですが(その「かつて」って30年以上前だろ!)、そのうち、この本を見かけると「ああ、今年も終わりだなあ」と思うようになる日が来るのか来ないのか。
 

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鉄道ピクトリアル新年号 鉄道は儲からなければいけないのか



鉄道ピクトリアル2020年1月号は増大号。「2020年新年号特別企画」として「石破茂氏が語る鉄道の思い出・これからの交通政策−鉄道は儲からなければいけないのか−」が掲載されています(聞き手=宇都宮浄人氏)。「これからの交通政策」のほうを楽しみに読みはじめたのに、「鉄道の思い出」がなかなか終わらず、このマニアたちの楽しげな歓談はいつまで続くんだよ!と正直ちょっといらいらしましたが(笑)、そこも含めて、とてもおもしろいインタビュー記事にまとまっています。

とりわけ、最後に書かれている「鉄道事業者・関係者は鉄道が果たせる役割や鉄道の優位性をもっともっと一般の人にわかりやすく発信していくべき」との提言は、まったくその通りです。鉄道の好きな人が鉄道の好きな人に向けて発信している情報は溢れかえっていますが、いま求められているのは、より広い層に鉄道に関心を持ってもらうこと、それも、趣味的な関心のみならず、鉄道の社会における役割という視点で関心を引きつけることであるはずだと、あらためて気づかされた記事でありました。

 
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『50歳ゼロからの世界挑戦 MINDSET』



「あとがき」から:
《私と同世代であれば20代、30代のような無謀な挑戦は今後できないかもしれません。己の経験を駆使した40代のような挑戦も難しいでしょう。でも、50歳なりの戦い方、挑み方というのが見つかるはずです。常に心のセッティングをして、いくつになってもあなたらしい挑戦を続けてください。「楽しむ勇気」を持って、人生最期の瞬間まで楽しんでください。》

というわけで、20代、30代、あるいは40代になったばかり、のような方には、わかりづらい内容かもしれません。文章は平易ですし、トレイルランニングの日本国内における第一人者である著者の鏑木毅さんは、トレイルランニングとはいかなるものかを、実体験に即して記していますから、その意味ではとてもわかりやすい本なのですが、肉体の衰えを感じることがない年齢では、ここに書かれていることを理解するのは難しいかもしれない。

この本の全体を貫いているのは、著者のやさしさ、諦めない気持ちです。ただ闇雲に前に進むのではなく、ときに弱音を吐き、周囲に当たり散らすといったみっともない部分も、正直に、書かれている。だけど、著者は、どこまでも、やさしいのです。だから、そうしたイヤな部分を読んでもイヤな気分になることなく、最後まで一気に読み進めることができる。

巻頭のカラー写真=世界最高峰のトレイルランニングレースであるUTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)の様子=も美しく、こういう本を手にすると、やっぱり、電子書籍じゃなくて紙の本だな、と思います。
 
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深川名物ウロコダンゴ

沼田町で仕事があり、留萌線に乗りました。



留萌線と並行している深川留萌自動車道は、札幌と稚内とを結ぶ都市間バスのルートであり、また、仕事で留萌や増毛を訪れるときにも使うので、数えきれないぐらい通ってます。でも、留萌線に乗るのは、いつ以来なのか、思い出せません。最後に乗ったのは、もしかすると、20年ぐらい前かもしれません。

石狩沼田駅で下りたのは、たぶん、初めて。



留萌線久々乗車記念に、国鉄留萌線開通記念が発祥のウロコダンゴを、帰途、深川駅で、買ってきました。



ウロコダンゴを知ったのは、1986年8月、すなわち、国鉄最後の夏の、種村直樹レイルウェイ・ライター友の会のイベントの稚内発西大山経由枕崎ゆきの乗り継ぎ旅のときだったように思います。



深川駅も、御多分に洩れず、キヨスクはありません。でも、駅舎内に、地元の産品を扱う売店が設けられていて、ウロコダンゴのほか、深川や近隣の町村の地元色濃いお土産品(ウロコダンゴ的なもの)が、多数、並んでいます。たまに訪れる者にとっては、おもしろくてありがたくて嬉しい駅です。

ウロコダンゴのパッケージ(内箱)の側面には、SLが描かれています。



そして、「なげずに」の注意書き。この「なげる」は、「投げる、throw」ではなく、「捨てる」の意味かと思われます。北海道弁について語るとき、「なげる」は「捨てる」の意味で使われる、ということは、よく引き合いに出されますが、福島県生まれのぼくの祖母も「ごみをなげる」という言葉を使ってました。

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