熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
<< July 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 続・十勝三股33年目の発見 | main | 禁断の蓋が開くとき >>

上野発の夜行電車 乗ったときから

えちごトキめき鉄道「あなたと鉄道写真」掲載作品の中の某友人氏のエピソード〜上野発の夜行電車に乗り、長岡で乗り換えて〜を見た瞬間から、頭の中にあの頃の思い出が一気に甦ってきて、733Mなんて列車番号まで思い出すのだから、人間の脳の働きというのはおもしろいものです。

ぼくが、上野22時10分発の長岡行きに乗って、3時12分の越後中里で下車して、越後中里駅の待合室でしばらく仮眠してから、重い荷物を背負って山登りして、上越線の列車を撮影したのは、38年前のちょうど今ごろ、日の長い頃でした。

当時、上野〜新潟間を1時間おきに走っていたエル特急「とき」。

大きなカーブを走る列車(俯瞰)

こちらはEF64-1000が重連で牽引する貨物列車。中央線のイメージが強かったEF64に1000番台が登場し、石打のEF16が駆逐されて間もない頃。

大きなカーブを走る列車(俯瞰)

「青春18のびのびきっぷ」の初使用も、上野22時10分発の長岡行きでした。

青春18きっぷ 昭和57年3月13日

長岡行きの普通列車は「中電」タイプの3扉セミクロスシートの電車。上野から高崎までは夜遅い帰宅列車だったから、出発時には旅の風情など何もない列車でした。

終点の長岡の一つ手前、4時40分着の宮内で下車し、4時45分発の米原行き普通列車(こちらは客車列車)に乗り換えて、次の停車駅の来迎寺で降りると、魚沼線(昭和58年3月末限りで廃止)の始発列車に乗ることができました。

西小千谷駅のホーム
雪景色の中の列車

魚沼線の終点は行き止まりの西小千谷でしたが、折り返しの列車には乗らずに上越線の小千谷駅まで歩いたのは、『時刻表2万キロ』と同じです。

《この列車は18時50分発で折り返すが、これに乗ったのでは今日じゅうに東京に帰れないから、近道をして上越線の小千谷駅に直行する。近道とは歩くことだが、両駅の間は二キロほどだからたいしたことはない。詳しい地図は用意してこなかったがだいたいの見当はついているし、時間の余裕は四三分あるから、多少の回り道をしても十分間に合う。タクシーかバスでもあれば利用しようと思ったが、そんなもののありそうな西小千谷駅前ではなかった。》
(宮脇俊三『時刻表2万キロ』第6章 左沢線・長井線・赤谷線・魚沼線)

小千谷からは上越線で越後川口に出て、今度は飯山線。

まだ、こんなのが走ってました(にしても、さすがにこれはもう珍しかった)。

急行型のディーゼルカー
郵便や荷物を運んだディーゼルカー

そんなことが理解できるマニアの方にも、そうでない方にも、きっと、心に響くデジタル写真集「あなたと鉄道写真」。未見の方は、ぜひ、ご覧くださいませ。

旅と鉄道 | permalink | comments(0) | - | - | -

この記事に対するコメント

コメントする