熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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「清張スイッチ」がはいった連休

NHK的にいうと大型連休も今日で終了、といっても、明日も明後日も在宅勤務だからどこへも行かないことには変わりないのですが、とにかく、もともと外出を控えるようにとのお達しが出ている中で、4月30日には北海道知事から「日本では法律上都市封鎖はできないが札幌市民には都市封鎖に相当する外出自粛をお願いしたい」旨の話があり、これはそれまでよりも一段強い外出自粛要請(「自粛」の「要請」というのも言葉としてはヘンなのだが)だとして翌日には北海道コンサドーレ札幌もグラウンドでの練習をやめて選手全員自宅待機にしたと野々村芳和社長がラジオで言っていたこともあり、5月1日以降は、ほとんど、外出せずに過ごしてます。

そういうことになるちょっと前に読んだのが、この本。

清張鉄道1万3500キロ

本の表紙

この本(2017年11月刊)、以前から存在は知ってましたが、買ったのは今年の4月の半ばです。たまたま、ジュンク堂の1階に平積みで置いてあったのを見て、しばらくの間はどこにも行けないんだろうなあ、それならせめて机上での鉄道旅行を楽しむかと、手にとったのでした。

なんといっても、この、ぶどう色のEF58が描かれた表紙と、「清張鉄道」なる(まるで中国大陸の鉄道路線の名前みたいな)タイトル、さらに「1万3500キロ」が、どこへも行くことのできない現状にあっては、旅心を強く刺激します。

ちょっとユーモラスなモリナガ・ヨウ氏のカバーイラストは、じつに秀逸です。

本の裏表紙
(これが紙の本の良さなんだよね〜)

しかし。

読み始めたら、まあ、苦しいこと、苦しいこと。松本清張作品の中に登場する鉄道を追っていくという企画はおもしろく、また、よくここまで調べて整理したなあと感心する力作なのですが(だから単行本になってるわけですが)、登場する鉄道を紹介するにあたっては作品のあらすじについても触れないわけにはいきません。もちろんネタバレはないように紹介されているのですが、紹介される作品の中の登場人物は救いようのない悪いヤツばかりで、犯罪はみな暗く陰湿。

ただでさえ在宅勤務で外に出ることが少ないから気持ちが沈みがちだというのに、読めば読むほど、陰鬱な気分がぼくを包み込んでいく(笑)。

それでも鉄道の話はおもしろくて、また、知らない作品に出会えるのも楽しくて、最後まで読んだら、なんだか、へんなスイッチが入ってしまったらしい。

清張スイッチがはいる風景 の記事のページ
(「松本清張・黒の地図帖」(2010年刊)掲載)

2010年というのは松本清張生誕100年の翌年で、みうらじゅんの「『清張スイッチ』がはいる風景。」が掲載された「松本清張・黒の地図帖」(平凡社太陽の地図帖)と、ほぼ同じ時期には「松本清張地図帳」(帝国書院)も出ました。後者は帝国書院さんだけあって、昭和32年中学校地図帳の復刻が載っているなど、いくら見ていても飽きません。

松本清張地図帳

松本清張生誕110年記念と銘打たれた「みうらじゅんの松本清張ファンブック 清張地獄八景」は、昨年(2019年)の刊行。この中では、みうら氏は「清張ボタン」という言葉を使ってます。

清張地獄八景の表紙

元を正せば『清張鉄道1万3500キロ』がきっかけではあるのですが、今みたいに漠然とした不安が世の中を覆っているときは安定を求めたくなるのか、連休に入る前からずっと、ストーリーのわかっている松本清張の小説ばかり読んでます。『清張鉄道〜』で知った未読本をKindleに落としてあるのですが、どういうわけか、読んだことのある作品ばかり読んでます。始まる前から結末がわかっている水戸黄門がウケるというのは、こういうことなのかも。

『神々の乱心』上下巻の一気読み。読むだけなのに体力消耗。

本の表紙

この本は、やっぱり、難しいんですよ(おもしろいけど)。そういえば原武史さんが解説本を書いてなかったっけ?と、amazonで探して、Kindle版をポチる寸前に、あれ?この本、見たことあるぞと思い出して、探したら、我が家にあった。

本の表紙

『神々の乱心』は、書き出しが《東武鉄道東上線は、東京市池袋から出て埼玉県川越市を経て》であり、川越で育ったぼくにとっては興味深い場面も多いのですが(物語の舞台の一つが東松山をモデルにしていることはすぐわかる)、原武史さんの本に「埼玉県松山町が東松山市になったのは昭和29年」とあるのを読んで、川越で生まれ育った父が東松山のことを「松山」と言っていたのは父の中では東松山ではなく松山だったのかと、今さらながらに理解しました(ぼくがいまだに「知床斜里」や「摩周」に違和感があるのと同じだったんだろうな)。東松山といえば牡丹園に箭弓神社に山口敏夫に吉見百穴、で、ぼくは、子どもの頃、箭弓神社のことを「野球神社」だと思ってました。

黒地に白い文字で書かれた言葉
(「松本清張・黒の地図帖」(2010年刊)掲載)

今のところ、在宅勤務は11日まで、ということになってますが、札幌市長の昨日の会見では「少なくとも15日までは外出を自粛してほしい」と話があったから、もうしばらく、続くのかなあ。とはいえ、ほとんど自主的ロックダウンみたいな生活はさすがにくたびれてきたので(生活のリズムもおかしくなってるし)、そろそろ解除しようかと思ってます。でも、やっぱり、少なくとも今月中は、札幌から外へ出るわけにはいかんのだろうなあ。まあ、それもまた、いい経験だ、ということで。

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