熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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昭和六十二年八月北海道

札幌市と市外の間の往来を控えるようにと言われている現状、遠出をするわけにはいかず、2ヶ月前に東京から帰ってきてから市外へ出たのは恵庭市に1回と安平町に1回の2回だけ。思えば、小学6年生のときに週に1回の日曜教室で本川越から沼袋まで通うようになって以来、札幌に引っ越してくるまで間は通学や通勤で日常的にある程度の距離の移動を続けていて、札幌に引っ越してきてからは通勤での移動距離は短くなったものの公私さまざまな理由でしょっちゅう出歩いていたから、こんなに長い間ほとんど動いていないというのは40年ぶりってことになるのかもしれない。

どこへも行けないことを嘆いていても精神衛生上よろしくないので、かつての旅を脳内に再現する試みを続けてます。この先、世界ががらっと変わる(もしかするとある部分では退化する)かもしれない中で、そうした試み(&楽しみ)から何かが見えてくるかもしれない。

今から見るとむちゃくちゃだった、あの頃の旅。



北海道ワイド周遊券という魔法の切符と、夜行列車の自由席という追加料金なしで一夜を過ごせる場所があったからこそできた旅、とはいえ、いま同じ環境があったとしても、同じことは、たぶん、できません。体力的に厳しいし、当時よりは使えるお金がたくさんあるし、それでいて時間が限られている(=やりたいことがたくさんある)からもっと効率よくまわろうと考えるに違いない。

上の写真で、厚床駅の入場券の日付が 62.8.-1 なのに対し、根室標津駅は 62.8.-3 と、2日のズレがあるのは、普通に考えればその間はその辺のどこかに泊まっていたのだろう、となるのですが、この間は、夜行列車の自由席車両に泊まって(?)ます。池北線経由で北見へ出た後、北見から特急オホーツク6号で札幌へ出て、札幌わずか11分の滞在で夜行急行大雪に乗り換えて(乗り換えてというか同じルートを戻るんですけど)釧網本線と標津線へ、という行程は、今だったら、確実に、北見か網走で東横インに泊まってます。

8月1日、釧路から東根室まで乗った、キハ24 6。



キハ22の後ろにキハ54が付いてます。



8月3日、薄暮の厚床駅(中標津17時03分発〜厚床18時08分着356D)。三脚を立てて、バルブで撮ったのでしょう。このザラザラ感、当時はイヤだったけど、いま見ると、いかにも低感度フィルムって感じが味わい深いです。



このキハ22 135に一緒に乗った某君と、30年以上の後に富山県で一緒にフルマラソンを走ることになるなんて、この当時には、どうやったって描けないストーリーです。そう考えると、この先30年、何が起きるのか、こういう時期には使いづらい言葉ですけど、わくわく感がいっぱいです。これから10年20年30年40年(40年は無理かも)、肉体的精神的経済的に生き延びていかねば!

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