熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
<< April 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< 網走駅のかにめしを応援します! | main | 1982年の元沢木仮乗降場(その1) >>

東京マラソン規模縮小決定から1週間

まだ東京でサラリーマンやってた頃、多数のお客さんを相手に、ときに嫌な思いもしなければならないことが少なからずある仕事をしていた時期がありました。ぼくは現場のマネージャー的な役割で、実際にお客さんと相対するのは部下の若い女性たち。もちろん、どうしようもないときには、ぼくが出ていくのですが、まずは彼女たちに収めてもらわないと仕事がまわらない。とはいえ、そういう仕事をする訓練を受けてきているわけではない人たちが、顔の見えないお客さんの相手をするのが苦しいのもわかる。

その頃、ぼくが、彼女たちによく言っていたのは「頭を下げれば終わるならそれでいいじゃない、それで自分の命が取られるわけでもないんだから」ということでした。

逆にいえば、自分の命が取られる、ということだけは、どうやっても、取り返しがつかないことだ、ということです。

東京マラソンの一般参加中止が決定したのは、ちょうど1週間前の今日でした。そのときは「えー!(もうちょっとがんばれよ〜)」と思いつつも、でも来年の大会に出られることを保証してくれたんだからまあいいや、というのが、本音でした。あれから1週間が過ぎて、ずいぶんと、状況が変わりました。これはやっぱり無理だった。あの発表が各地の大会中止の引き金になったとの見方もありましょうが、結果的には、あれは(MGCファイナルチャレンジを残したことも含めて)英断だったと、今は、思います。

ただ、この1週間、次から次へとイベントが中止になっていくのはどうなんだろう?と思ってました。そう簡単に中止にしないでくれよ、あなたがたそのイベントやりたかったんでしょ?だったらギリギリまで頑張ってくれよ…

持つべきものはなんとやら。

そんなことを言っているぼくに、言いづらいことを正面から、しかし、ぼくを傷つけないように言葉を選びながら、古い友人が「中止を決めた人だってギリギリの判断をしているかもしれないよ、もし自分が開催したイベントがきっかけで亡くなった人が出たら開催を決めた人は一生後悔するかもしれないよ」といったことを(ちょっと重たい自身の経験も踏まえて)伝えてくれたのでした。

それに対する反論は、いくらでもできます。仮に死者が出たとしても、そのイベント参加が原因かどうかはわからない、具合の悪い人は来ないでくれと呼びかけている、こちらには責任はない…いや、そういうことじゃないんですよね。責任があるかどうかとか、法的な問題は別として、人としてどうなのか、という問題です。

そこも含めて、中止理由を説明してくれよ、というのは、コミュニケーションの問題として、あります。ちゃんと説明してくれることが望ましい、けれど、そうしたことは、人によって、得手不得手があります。そして、現在は、緊急事態です。

だから、仮に自分に関わる何かが中止になったとしても、その決定は100パーセント尊重して受け入れることにしました。多少の恨み言を口にしたくなっても、ぐっと押し止める。

東京マラソンの参加費が返ってこない話があんなオオゴトになるとは思ってもみなかったことですが、ぼくみたいに地方から参加する場合は、宿泊や交通費のキャンセル料だってかかります。ぼくは宿泊は東京に母がいるから心配ないけれど、飛行機は、すごく安い便をかなり前から予約していたから、結構な額のキャンセル料を取られてしまいます。それならば、ようやく父の一周忌を終えたとはいえ、まだまだいろんなことが残っているから、東京へは行こう…

と、考えていたのですが、いや、ちょっと待てよ、と。ぼくの母は、年齢の割には元気で、持病もないけれど、高齢者ではあります。かたやで、ウィルスに感染しても症状が出ないこともある、と考えると、ぼくが、自分で気づかないうちに、ウィルスを媒介してしまう可能性もある。もし、自分が帰った後に、母の具合が悪くなったりしたら、その原因が自分にあるかどうかはわからないとしても、あのとき行かなかければ…と、それこそ、一生悔やむようなことになりかねない。

ならば、やはり、行くべきではない、会うべきではない。

それはそれとして、いま、いちばん気をつけなければならないのは、人混みの中に行かないとかではなくて、自分の健康状態に留意することでしょう。手洗いやうがいは大事だけれども、その前に、まず、十分な睡眠と栄養を取ること。不要不急の外出を避けたりマスクをしたりは、その次です(この辺、じつは、マラソンやってると日常的に気をつけるようになってるんですよね〜やっぱり適度な運動習慣はあったほうがいいですよ、確実に、医療費削減にもつながります)。

最後に、この1週間で、な〜る(<森見登美彦的に)と思ったネット情報を、3つ。

東京マラソンを楽しみにしていた皆さんへ。(2020.02.19)
《東京マラソンとは大都市東京の機能を止めた巨大なお祭りです。》の一文や、《東京マラソン財団の事業計画書に書いてあるように東京マラソンはただのマラソン大会ではなく「世界最高峰の大会」を目指しており、安全面から演出、海外選手の招聘、ホスピタリティあらゆる面で世界最高峰を目指しております。》との言葉に、ぐっと来ました。そこまでの思いを背負ってやっている人たちの大会に参加させてもらうことは、じつに誇らしく、嬉しいことです。

中止になったマラソン大会の参加費が返金されない理由【マラソンは共同出資】(2020.02.21)
《ランナーはマラソン大会に対して「返金しろ」と訴えるのではなく、「返金しなくてもいいから、どう使ったか収支報告を公開しろ」と訴えるべきです。》との意見に同意。なぜそういう結論になるのかは、リンク先を読んでください。ランナー目線でマラソン大会をとらえると、こういうことになるんです。

2020年2月25日、エントリーが始まります!(2020.02.21)
函館マラソンウェブサイトの名物コラム「前略 マラソン課長より」の最新記事。《2020年2月25日,21時からエントリーが始まります。 しかし、今年は状況が状況ですから、 ・「新着情報・新型コロナウイルス感染症への対策状況について」を再度ご確認いただき ・あまり焦らず、そして熟慮され ・エントリー状況などもご確認いただきながら(※新着情報などで定期発信しますね) ・(遠方の方は)「お宿を確保されて」 そのうえでエントリーをいただければ幸いに存じます。》いつもながら、丁寧かつやさしい情報発信です。これと同じことを誰でもやれるかというと、それはおそらく難しい。ただ、函館マラソンのマラソン課長は(文章が長いとの声もあるようですが)大会の開催時期以外でも、マメに情報発信しているから、仮に何かあっても「この人がそう言うのならまあしょうがないか」と思えるぐらいの信頼関係が、読者との間にできてます。そこなんだよね。

2020年2月25日って、明日じゃないですか…などと、わざとらしく言うまでもなく、ぼくのスケジュールには、明日の21時のところに「函館マラソンエントリー」と書いてあります。この日は夜の会食のお誘いなどもすべてお断りしなければ!ということで、忘れないように、書いておいたんですね。

今年は北海道マラソンがなくなったから函館マラソンの人気が高まるんじゃないかとの見方もありましたが、こういう状況になったら、あっという間に定員が埋まるようなことにはならないでしょう、が、マラソン課長や事務局のみなさんの思いを受け止めて、さっさとエントリーしちゃおうと思ってます。

正直ちょっと息苦しい雰囲気になってますが、誰かを責めたり何かのせいにしたりすることなく、元気出して行きましょう。

日常 | permalink | comments(0) | - | - | -

この記事に対するコメント

コメントする