熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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4年目の流氷物語号

「流氷観光期間に『流氷物語号』を運転します」というプレスリリースが出たのは、平成28年=2016年の9月15日でした。



このリリースが出た年の冬まで、網走駅〜知床斜里駅間には「流氷ノロッコ号」という列車が走っていました。流氷ノロッコ号の運行開始は1990年。それ以来、27年間にわたって運行されていた流氷ノロッコ号は、2016年2月をもって、車両の老朽化を理由に廃止されました。「流氷物語号」は、その後継列車という位置づけですが、流氷ノロッコ号との大きな違いは、流氷ノロッコ号はJR北海道がいわば単独で運行していたのに対し、流氷物語号は、地域住民の関与を前提に運行されていることです。

ウィキペディアの流氷ノロッコ号の項には、流氷ノロッコ号の廃止後の動きとして「観光への影響を懸念する地元から存続の強い要望があり〜(中略)〜2017年よりキハ54系の専用ラッピング車2両による「流氷物語号」が運行されている」と書かれていますが、これは、間違いではないものの、十分ではない記述です。「地元から存続の強い要望」は事実ですが、その要望は、地元が流氷物語号の運行に協力するとの約束とセットでなされたものです。

その結果、運行が決まった流氷物語号は、JR北海道+地域が運行する形となりました。上記のプレスリリースに《JR北海道では、網走市・斜里町・小清水町各自治体の皆様と一体となって〜(中略)〜「流氷物語号」を運転いたします》とあるのは、そういう意味です。

それから4シーズン、当初は試行錯誤だった観光ボランティアによる沿線ガイドはすっかり定着し、地域住民からの提案によるサービスもずいぶん増えました。

流暢な英語でアナウンスするMさんの案内を聞いたのは2年ぶり。



この日は日本人のお客さんが多かったからか、日本語での案内が中心でしたが、以前に比べてしゃべりが格段にうまくなっていて、びっくりしました。用意した原稿を読み上げるだけでなく、その日の天候や外の様子に合わせてアドリブが入るのが素晴らしいです。

上の写真は、「夏も素晴らしい風景が広がっていますから、ぜひ、今度は夏の時期にも来てください」と、夏の花を説明しているところです。このあたりは、列車の中から海岸線を見ることができず、お客さんにとっては少し飽きが来る区間なので、こうして、アナウンス室から外に出て、お客さんの前で説明しているのでしょう。



スタッフが配っているのは、特別な日だけの乗車記念カード。



流氷物語号は、本来は、青と白の専用のラッピング車両の2両編成なのですが、この日は青車両が不調のため、普通の車両が使われていました。そうした日に配布されるのが、この乗車記念カードです。ラッピング車両でないときは、あれ?普通の車両なの?と、お客さんががっかりしているかもしれない。そのがっかり感を少しでも埋めてあげよう、来てくれた方には楽しい思い出を持ち帰ってほしい、との気持ちが、このカードから、伝わってきます。



観光ボランティアによるオリジナルグッズの販売もありますが、混雑する列車の中ではワゴンを押して歩くわけにもいかず、グッズ販売は、車両の連結部の狭いスペースで行われています。車内販売のための場所も何もない中で、やっている人たちいわく「なんとか使えるところを使って」やってます。

日本語、英語、ハングル、中国語、タイ語の商品カタログ。



今年の新商品の一つ、ルームキーホルダー。カッコいい!



ご多分に洩れず、今年は外国人観光客の激減で苦戦しているそうですが、それでも大勢のお客さんがこの列車を目当てにやってきて、車窓から、あるいは北浜駅のホームから、流氷の海を楽しんでいます。



流氷物語号は、流氷ノロッコ号の廃止というピンチを逆手に取って、地域が鉄道に積極的に関わる機会を創った、地域密着型観光列車のお手本のような事例です。車両を保有して車両を運転しているのはJR北海道ですが、乗客が楽しんでいるサービスを提供しているのは地域住民です。

誰かになんとかしてくれとお願いするのではなく、まず自分たちが動く。自分たちはこれをやると具体的に提案をしたうえで、だからこうしてほしいとお願いをして、一緒に列車を創り上げていく。流氷物語号では、まずは、私たちはこういうことをします、だから列車を走らせてほしいとお願いをしたところから始まって、現在では、初年度は知床斜里を起点に2往復していた運行ダイヤ=車両基地は釧路だからJRにとってはそのほうが都合がいい=が観光客にとってより使いやすい網走発の2往復に変わるといった変化も起きています。



地域の問題、というと、市役所が、役場が、といった具合になりがちですが、まず求められるのは、自分がどうするか、です。最終的な決定を下すのは首長さんや市町村議会だとしても、ひとりひとりの住民にだってできることはあるし、住民がやらなきゃならないこともある。それは、自分たちの暮らしを楽しくするために最も有効な手段でもあると思います。

今年の流氷物語号の運行は、3月1日までです。

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