熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
<< February 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 >>
<< さあ、東京! | main | スノーマラソンイン千歳2020 タフでした〜 >>

1985年のJNR

うちの中を片づけていたら、こんな冊子が出てきました。

今乗っておきたい全国ローカル線案内

今乗っておきたい全国ローカル線案内 保存版 「旅」1985年7月号別冊付録

もはや「旅」という月刊誌があったことも説明しておかないとわからない時代になりつつあるのかもしれません。「旅」というのは、日本交通公社が発行していたメジャーな月刊誌で、ときどき、鉄道特集号がありました。これは、そんな「旅」の1985年7月号の別冊付録として作られた、全68ページの冊子です。

「今乗っておきたい」というタイトルには、当時、国鉄ローカル線の廃止がどんどん進められており、今乗っておかないともう二度と乗れなくなってしまう、という意味が込められています。取り上げられているのは、国鉄再建法で定められた第1次廃止対象線区(1982年度末までに廃止される予定だった線区)のうち85年5月現在で廃止されていない14線区と、第2次廃止対象線区(85年度末までに廃止される予定だった線区)のうち廃止されていない33線区などで、要は、法律に則って手続きがなされていれば本来は廃止されているはずなのに地元の抵抗など何らかの事情でまだ廃止されていない路線、ということです。

目次には、北海道から九州まで、地域別に分類されて掲載路線が一覧になっているのですが、これが、じつに興味深い。

掲載されている線区の現在(2020年)の状況をみると…

北海道:廃止された路線=18 (天北線、羽幌線、美幸線、興浜北線、興浜南線、名寄本線、湧網線、標津線、池北線、士幌線、広尾線、歌志内線、幌内線、富内線、岩内線、胆振線、瀬棚線、松前線)、残っている路線=ゼロ

東北:廃止された路線=2(大畑線、岩泉線)、残っている路線=5(阿仁合線=秋田内陸縦貫鉄道、角館線=同、矢島線=由利高原鉄道、丸森線=阿武隈急行、会津線=会津鉄道)

関東:廃止された路線=ゼロ、残っている路線=3(真岡線=真岡鐵道、足尾線=わたらせ渓谷鐵道、木原線=いすみ鉄道)

中部:廃止された路線=ゼロ、残っている路線=3(二俣線=天竜浜名湖鉄道、明知線=明知鉄道、越美南線=長良川鉄道)

近畿:廃止された路線=ゼロ、残っている路線=3(伊勢線=伊勢鉄道、名松線=JR東海、信楽線=信楽高原鐵道)

中国:廃止された路線=ゼロ、残っている路線=2(若桜線=若桜鉄道、岩日線=錦川鉄道)

九州:廃止された路線=8(漆生線、上山田線、佐賀線、高千穂線、山野線、宮之城線、志布志線、大隅線)、残っている路線=3(甘木線=甘木鉄道、松浦線=松浦鉄道、高森線=南阿蘇鉄道)

北海道は、もともと廃止対象線区の数が多かったとはいえ、国が定めた廃止期限を過ぎても廃止されていなかった線区がこんなにたくさんあったというのに、結局、今になってみると、一つも残ってません。どうしてこんなことになっちゃったのかなあ。本州とは経営環境が違うからだ、などと言い出したら、結局、ここから先も同じことになります。だから、そういう発想は、やめましょう。

ただ、この当時は、まだ、鉄道は、ある程度、残ると思っていた人も少なくなかったのだろう、ということは、この冊子の本文からも、うかがえます。

たとえば、名寄本線(名寄−遠軽138.1km)は、こんなふうに書かれています。

《第2次廃止対象線区だが、100kmを超す長大路線で厳冬期のバス運行が可能かどうか調査が必要、として承認は保留された。もしかしたら生き延びるかもしれない》

35年後の現在からみれば、なんと甘い見通しか!と思うのですが、当時は、日本交通公社の「旅」という権威ある雑誌(今よりもずっと紙の書物に権威のあった時代です)に、こんなことを堂々と書けたぐらいに、名寄本線の廃止には現実感がなかった、ということなのかと思います。

名寄本線の次の湧網線(中湧別−網走89.8km)は

《廃止するにはあまりに惜しい路線である。長大路線ということで、協議会開始は延期されることになったが、なんとか生き延びてほしいものだ》

とあり、これまた、ひょっとしてひょっとすると残せるんじゃないか、との淡い期待が伝わってきます。

しかし、だ。

角館線(角館−松葉19.2km)のページは、こう結ばれているのです。

《阿仁合線・角館線とも、第3セクター方式で設立された、秋田内陸縦貫鉄道が引き受け、残る中間部分の建設も進める手筈となっている。全通すれば、今までの角館線の存在も無駄ではなかったということになるが、沿線にさしたる町もなく、乗客が飛躍的に増えるという保証があるわけではない。私鉄となっても、行く手はなかなか険しいようである》

こんなふうに書かれてますが、35年後の現在、名寄本線や湧網線は廃止になっていて、角館線(秋田内陸縦貫鉄道)は生き残っています。

人口動態が、財政が、気象条件が、などなど、いろんなことを言い出せば、きりがない。結局は、地元が鉄道を引き受ける覚悟があるかどうか。地元、というのは、何かふわっとした実体のないものではなく、そこに暮らす、ひとりひとりのことです。

今から35年後の2055年、北海道の交通網がこんなふうになったのは…などと言われないように、結果はどうあれ(鉄道原理主義に陥ってはだめです)、真剣に向き合っていかねばならないと、この冊子をたまたま見つけて、感じた次第であります。
 

旅と鉄道 | permalink | comments(0) | - | - | -

この記事に対するコメント

コメントする