熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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道北に阪急電車(ではないけれど)

昭和四十一年日本一周最果て鉄道旅』の続き。

この本、稚内から枕崎への旅(そういえばぼくらが1986年=この本の旅からちょうど20年後=の夏にやったのも稚内から枕崎への旅でしたね)なんだけど、北海道内の話がやたらと多い。

以下は、羽幌線で幌延から南下してくる途中の記述。

《築別駅に一〇:〇三に着いた。ちょうど頃合いよく、ホームの反対側に羽幌炭礦鉄道の築別駅発一〇:一〇、築別炭鉱行のDCキハ二二一が入線してきた。煤けた炭砿の専用鉄道的存在とは思えない濃厚なマルーンに白帯というスマートな塗色の車両で、阪神間で育ってきた僕は慣れ親しんで来た阪急電車を思い出し、一目で気に入った。
(中略)
調べてみると良質炭を背景に石炭黄金期の羽幌炭礦鉄道はとても羽振りが良くスキーのジャンプや野球などで実業団チームを持つほど実力のある札幌証券取引所上場の大企業だったのだ。札幌の一等地に構えていた本社入居の九階建「大五ビル」は外壁に御影石、内壁に大理石を使った重厚な造りで”軍艦ビル”とも称される名物ビルとしてなお健在。労使が協調して仲良く暮らしていた石炭王国の在りし日の姿が偲ばれる。どうりで炭砿の専用鉄道とは思えないスマートさが感じられたはずだと納得した。》(p.68)

羽幌炭礦鉄道のディーゼルカーがそういう色だというのは古い写真を見て知っているし、毎日のように前を通っているだけでなく仕事でテナントの会社さんにお邪魔したことも何度もある大五ビルが羽幌炭礦鉄道の本社だったことも知識としては持っていたけれど、こういう角度で論じられると、なるほどそういうことかと、よくわかります。説得力があります。それは、知識ではなく実体験に基づいているから、と同時に、著者が旅行者であったから、です。阪急電車との比較なんて、他の人には出てこない感想でしょう。

大五ビル、ホントに、立派です。
外見以上に、中に入ると、びっくりするもんなあ。
バリアフリー的観点からすると、使いづらいんだろうけど。

地下の「だいご」さんには、昼も夜も、お世話になってます。

地下にある居酒屋「だいご」
 
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