熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
<< December 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 飛行機はお好きですか? | main | 木彫 仁吉展 東京・銀座三越で13日から19日まで >>

最北のバスと飛行機と特急列車

少し早めに2019年を振り返るシリーズの第二弾は、第2回日本最北端わっかない平和マラソンの前日のお話の続き。

稚内空港のランナー歓迎バナー。



稚内空港を訪れるたびに驚くのが、FDAのチャーター便です。この日は宮崎からでしたが、過去には、新潟、徳島といった名前も見たことがあります。こういう自由な路線設定ができるのは飛行機ならではで、鉄道には難しい(線路がつながってるんだからやろうと思えばできるはずなんだけど)。



稚内市内行きのバスが空港を出たところで、東京便が着陸。この飛行機が羽田に引き返しちゃうとみなさん稚内に来ることができず、マラソンも走れなくなっちゃうところでした。よかった、よかった。



明日はこの道を走ります。



稚内空港到着後、地元の方は迎えが来ていてマイカー移動、観光客にしても空港からレンタカー利用が多いから、バスに乗っているのは、たいてい、利尻島・礼文島へ渡る観光客か、大きな荷物を持った外国人旅行者です。加えて、この日は、マラソンの参加者がいたので、珍しく混んでいたのですが、行き先は、みなさん、稚内駅または終点の稚内フェリーターミナルです。そんな中、ぼくは、途中下車して、西條(稚内最大の百貨店)のペリカンへ。



マラソン前日のカレールーティン。とろとろ玉子のオムカツカレー、830円。



稚内の市街地というか繁華街は、かつては稚内駅の周辺でしたが、現在は、南稚内駅周辺です。西條も、以前は稚内駅前にありましたが、現在は南稚内駅の近くです。ここから稚内駅前のホテルまでは、歩いていくにはちょっと距離があるので、再びバスのお世話になったら



踏切で、特急列車に遭遇。



いまや日中はほとんど列車の走っていない宗谷本線ですから、踏切で止められるのは貴重な体験です。この踏切(南稚内駅のすぐ稚内駅寄り)、何十回も通ってますが、目の前で遮断機下りたのは初めてなんじゃないかな。

日本最北端わっかない平和マラソンの参加賞をもらって、ホテルへ。



稚内駅にも、マラソンの幟とバナーがありました。




何度も来ているけれど、稚内といえば、やっぱり、利礼ドーム。



第1回大会は稚内駅前を通過したあと、T字路を右に曲がってゴール、でしたが、第2回大会は同じT字路を左に曲がって、ノシャップ岬の手前まで往復してからゴールの北防波堤ドームに戻ってくるコースに変わりました。この翌日にここを走ったとき、ありがたかったのは、地元の方々の温かい応援(これはホントに稚内の大会の素晴らしい特徴です)に加えて、ペースランナーを務め終えた作,ACや北海学園大学のみなさんが、沿道から、声をかけてくれたことでした。



作.AC真駒内マラソンのランネットの評価に「作.AC代表の作田さんの人柄が素晴らしいので」といった投稿がいくつもあるのですが、作田さん以下のペースランナーのみなさんの存在が、このアットホームな雰囲気の大会をさらに温かい大会にしてくれているのは間違いないです。明るくて気持ちのいい人たちばかりなのです。

ついでにいうと、今回の大会では、ホテルにチェックインしたとき、隣に作田さんがいらして、もちろん作田さんはボクのことなんて知るはずもないのですが、目が合うなり「こんにちは!」と声をかけてくれて、「明日、走られるんですか?」と、やさしい表情で、問いかけてくれたのでした。若いランナーに対しても、この雰囲気が伝わって、いい指導をされているのだろうなと、それだけで想像してしまうほど、素晴らしい笑顔でした。

稚内の大会は、北海道マラソンの翌週ということもあってか、今年は参加者数がぐんと減ってしまい、どうなることかと心配しましたが、次回は2020年9月6日に開催されることが決まりました。宗谷岬の日本最北端の地の碑からスタートして、かつてサハリン航路(稚泊航路)が発着していた稚内桟橋駅跡にゴールするダイナミックなコースです。
旅と鉄道 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

この記事に対するコメント

コメントする









この記事のトラックバックURL
http://work.kuma-i.com/trackback/1196332
この記事に対するトラックバック