熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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カーリングのまち 常呂町ロビー展

札幌駅南口そばのセンチュリーロイヤルホテルの2階ロビーで「カーリングのまち 常呂町ロビー展」が開催中です。10月31日まで。




常呂町と日本のカーリングの歴史が説明されているわかりやすいパネルが多数掲示されているのですが(このパネルは見る価値あり)、個人的にとくに興味を惹かれたのは、このパネル。



いわく《「はまなす国体デモンストレーション行事」としてカーリング競技が常呂町で開催することが決まり、その競技会場として国内初の「屋内カーリング専用リンク」が1988年1月に完成しました》とのことなのですが、ぼくが初めてカーリングを実体験したのが、その、1988年の、2月なのです。

そのとき北海道旅行中だったぼくは、テレビで、常呂町のカーリングホールで開催されているカーリングの大きな大会の中継(録画だったかもしれない)をやっていたのを見て、おお、北海道だとカーリングってテレビ中継されるほどメジャーな競技なんだ!と驚いたのを覚えているのですが、あれは、もしかすると、その国内初の屋内カーリング専用リンクのこけら落とし的な大会だったのかもしれません。

1988年の話です。今から30年以上も前のこと、そだねーブームを巻き起こした彼女たちは、まだ、生まれてもいない頃の話です。

小清水町のカーリング場でカーリングを楽しむ小清水ユースのホステラー。



上の写真の手前は、当時ヘルパーだったSさん。この前日に、Sさんが、カーリングやれるけどやってみる?と誘ってくれて、農閑期で暇だった農家の方々に教えてもらって、その晩のユースで「カーリングおもしろいよ〜」とSさんとぼくがさんざん言いまくった結果、この日、大勢のホステラーを連れて、Sさんと(前日に初めてやったばかりの)ぼくが即席コーチとなり、カーリングを楽しんだのでした。

同じアルバムの中にある写真には「第7回小清水町民カーリング大会」の文字も見えます。1988年時点でも、すでに、第7回の大会が行われていた、ということです。



たまたま訪れたセンチュリーロイヤルホテルに展示されていた一枚のパネルから、こんなことを思い出して、また古いアルバムを引っ張り出してしまいました。ちなみに、この北海道旅行の(もともとの)目的は、終焉間近だった青函連絡船に乗ること、だったはずなのですが、終わってみれば、この小清水ユースでの3連泊が、この旅行のメインイベントになりました。もともとは小清水ユースには1泊のつもりだったのが、ヘルパーのS谷さんとなかよくなって気がつけば3泊していたこの旅は、鉄道中心だった自分の旅の形がホステラー型あるいは滞在型へと変わっていくきっかけとなった旅となったのでした。
 

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