熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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令和元年台湾鉄路九百公里(1)

1980年に刊行された宮脇俊三さんの『台湾鉄路千公里』は、いま読んでもおもしろい、宮脇作品初期の名作です。タイトルの「千公里」は、当時の台湾鉄路管理局(台鉄=台湾国鉄)の路線長が1,000キロ余りだったことに因んでいます。

台湾の西側、つまり台北から高雄にかけては、いわば表台湾で、耕地は広く、人口の大半がこの地域に集っている。高速道路があり、鉄道も複線電化の縦貫線を「自強号」をはじめとする高速列車が走っている。
これに対し東側は険しい台湾山地が迫って平地が少ない。とくに東北部は断崖がつづき、台北方面との陸上交通を阻んでいた。鉄道も花蓮―台東間に狭々軌(ナロー・ゲージ、軌間七六二ミリ)の台東線が孤立してあるのみで、陸の孤島といわれた東部台湾を象徴していた。
(中略)
そういう地方であったが、今年の二月に画期的な工事が完成した。待望の「北廻線」が開通したのである。
北廻線は宜蘭線と台東線とを結ぶ鉄道で、これの開通によって、台北から東部台湾の中心都市花蓮まで汽車で行けるようになったのだ。
(中略)
私が台湾に行こう行こうと思いながら今年まで延ばしてきたのは、北廻線の開通を待っていたからでもあった。
(宮脇俊三『台湾鉄路千公里』)


そんな北廻線の開業から10年余を経て南廻線が開業し、台湾の鉄道路線図は、ようやく、一つの輪になりました。「輪」の総延長は、875.9キロ。今回、ぼくは、その「輪」の部分と、台湾高速鉄道(高鉄=新幹線)の一部区間36.4キロの、計912.3キロに乗ってきました。

北廻線の嶮路を抜けた「莒光号」は定刻17時29分、花蓮新站(新駅)に着いた。
花蓮新站は北廻線とともに新設された駅で、市街の西はずれにある。従来の花蓮駅、つまり台東線の花蓮とは二キロぐらい離れているが、台東線に接続させるため、線路は先へ三・四キロ延びて吉安に至っている。吉安は台東線の花蓮から二つ目の駅である。
これで、陸の孤島と言われた東部台湾を象徴するかのようにポツンと孤立していた台東線が中央と結ばれたわけだ。北廻線のレール幅が一〇六七ミリであるのに対し、台東線は狭々軌の七六二ミリなので直通運転はできず、吉安で乗り換えなければならないのは不便だが、台北から台東まで鉄道だけで行けるようになったのは画期的なことである。
(宮脇俊三『台湾鉄路千公里』)


台東線は、宮脇さんが乗った2年後の1982年に一〇六七ミリ幅に改修され、他の路線との直通が可能になりました。さらには、2014年には一部区間の線路の付け替えを行ったうえで電化が完成し、現在では普悠瑪(プユマ)号という最高速度140km/hの最新型電車特急がかっ飛んでます。

だから、というわけでもなく、人気の普快車(非冷房旧型客車鈍行列車)から、ちょうどよく接続するのがこれだったから、というだけの理由なのですが、台東〜花蓮は、普悠瑪号に乗りました。



車両が新しいから、車内もきれい。快適です。



普快車からの接続がちょうどよかった、というのは、ぼく的な基準での「ちょうどよい」であって、時刻表上は、普快車の台東到着後に出発する列車は、普悠瑪号の前に、2本あります。

普快車の台東到着の5分後に出発する太魯閣(たろこ)号は、花蓮まで150.9キロの間の途中停車駅が一つしかなく(普悠瑪号は10駅に停車します)、所要時間は1時間27分(普悠瑪号は1時間57分)、表定速度は104.1km/hというスピードスター。ただ、接続時間が5分しかないから、普快車が遅れると、乗れない可能性もある。ぼくは、台東までの普快車に2回乗りましたが(物好きだねぇ)、2回とも、台東到着は定刻よりも遅れました。うち1回は、普快車が台東駅のホームに滑り込むと同時に、客車の扉が手動なのをいいことに、まだ動いている列車から駅のホームに飛び降り、階段を駆け下りていったワイルドなおじさんがいました。たぶん、時刻表上は5分で接続することになっている太魯閣号に乗り換えたのでしょう。

手動だから開けっぱなしでいい、ってわけじゃないけど、トンネル内走行中も開いたままの扉。



列車の最後尾も開いたまま。ここはもともと扉が付いていないのだから閉めようがなく、転落防止用のバーと鎖が設置されていました。



普快車の台東到着後に出発する2本目の列車は、普快車の始発駅である枋寮を普快車の54分後に出発する自強号。この列車の台東発は、普快車の到着から10分後に設定されているので余裕で乗れそうに思えますが、ぼくが普快車に2回乗ったうちのもう1回では、普快車の遅れが15分ほどになっており、本来は普快車の台東到着後に台東に着くはずの自強号が、台東の一つ手前の康樂で、普快車を追い越していきました。



自強号は康樂を通過するものの、その一つ手前の知本には自強号も停車するので(自強号の知本出発は普快車の12分後)、普快車から自強号に乗り換えたい人は知本で乗り換えればいいだけのこと。知本で車掌さんが何か案内していたのはそういうことだったのかもしれないと、あとから思いましたが、いずれにせよ、台湾の列車は長距離列車が多いだけに、5〜10分程度の遅れは常に発生し得ると考えておいたほうがよさそうです。

もっとも、遅れたら接続する列車は待ってくれないのかといえば、そんなこともなくて、ぼくが高雄から枋寮まで乗った列車は10分近く遅れて、枋寮に着いたときは、もう、普快車の発車時刻になってました。まわりの人と一緒に階段を駆け下りたのですが(「水曜どうでしょう」の鳥栖駅を思い出した)、普快車が出発したのは、それからしばらく経ってから。これまた、あとから考えれば、ぼくが乗っていた列車(自強号)が枋寮を出発する前に普快車が出てしまったら、普快車が自強号の前を塞ぐ形になるのだから、数分程度の遅れであれば普快車の出発を遅らせるに決まっているのですが、焦っているときというのはそういうことを考える余裕すらなくなるものなのです(ましてや、不慣れな海外ですから)。

長くなってきたので、ここでいったん終了。続きはまた明日にでも。
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