熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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安平追分と台中追分

北海道新聞で今年(2019年)6月4日から6日にかけて連載された「安平 鉄道のまちを愛して」。6日の「下 『交流』新たな観光資源」では、台湾・台中市の追分国民小学校と安平町の追分小学校の交流が描かれています。



これも不思議な話でありまして、道新さんの紙面では(紙幅の関係で)さらっと書かれているだけですが、元はといえば、上の写真にもある紙面で紹介されている石川さん(北海道鉄道観光資源研究会会員)が台湾に行ったときに台湾にも追分駅があることに気づいたことから始まっています。

その「気づき」が形になって出てきたのは、今から約1年前、昨年7月上旬に開催された北海道鉄道観光資源研究会の月例会合。ここで、石川さんは、日本国内の「追分」と名の付く地名や台湾の追分駅の由来を調べた結果(というよりは途中経過)について、研究発表を行いました。

その後、11月の北海道庁赤れんが庁舎で開催した北海道鉄道観光資源研究会の展示博覧会では、台北駐日経済文化代表処札幌分処(台湾の大使館に相当する機関の札幌事務所)の所長さんや安平町の町長さんに声をおかけしてシンポジウムを開き、それがきっかけで安平町の及川町長と台湾の接点ができて、そこからいろいろあって、今年4月に台湾の追分国民小学校の100周年記念式典に安平町の追分小学校の生徒からのメッセージが届けられ、安平町の及川町長は式典に出席する、ということになったわけであります。

道新さんの記事では《石川さんは「鉄道を軸に地域同士の交流が深まれば」と話す》と、控えめに書かれていますが、道の駅あびらD51ステーションに展示されたピカピカのD51の存在を知れば、台湾から多くの鉄道ファンが安平町を訪れてくれるに違いありません。最初は鉄道ファンだけかもしれないけれど、たとえば安平町の広々とした菜の花畑の存在や、安平町が日本で最初のチーズ専門工場ができた町であることなどを知れば、もっと幅広い層の観光客がやってくる(と思う)。

安平町の追分駅までは、新千歳空港から電車に乗って南千歳で乗り換えればわずかにひと駅。特急料金310円を含めても、900円で行けるのです。関西空港から近いがゆえに外国人観光客が多数訪れてSNSで広めてくれてさらに外国人観光客が集まるという好循環に支えられた和歌山電鐵のたま駅長のごとく、何が当たるかわからない時代にあって、空港から近いというのは大きなアドバンテージです。

道の駅あびらD51ステーションは、道の駅ですが、追分駅から歩いていける場所です。追分駅には、道の駅あびらD51ステーションまでの徒歩経路の地図も掲げられています。

※北海道新聞の3回シリーズ「安平 鉄道のまちを愛して」の1回目は全文をネットで読むことができます(2回目3回目は北海道新聞パスポート=登録無料=を取得すると全文が読めます)。
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