熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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『国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎』

本の表紙

廃線跡探訪ブームの先駆けとなった宮脇俊三さんの『鉄道廃線跡を歩く』が出たのが1995年。その次に、2001年の牛山隆信さんの秘境駅本、さらに牛山さん+栗原景氏の(表紙の小幌駅の写真があまりに印象的な)『秘境駅』が2008年に出て、秘境駅ブームが到来。これらはもはやブームを過ぎて一つのジャンルとして定着した感があります。

そして、『秘境駅』から10年余を経て、廃止駅の時代がやってきた!

…というわけでもないのでしょうが、廃止駅というのが一つのジャンルになる時代になったのだなあ、ということには、日本における鉄道(とりわけローカル鉄道)がいよいよもって本来の役割を終えつつあることに対する寂しさを感じる一方で、かつての賑わいのシンボルを後世に伝えようとする動きが各地で起きていることには文化的な成熟も感じます。

栗原景氏のまえがき「駅が廃止されるということ」から:
《地域の人々に親しまれた駅が、廃止される。列車は姿を消し、駅名標や、時刻表も取り外される。駅舎やホームが取り壊され、そこに駅があったということすらわからなくなってしまうこともある。廃止を迎えた駅は、列車に乗り降りする施設としての役目を終え、「廃駅」となる。(中略)だが、駅の役目は、廃止されても終わらない。そこに駅があったという事実は、多くの人の記憶に残る。駅は多くの人が日常的に利用した公共施設。廃止された跡も、そこにかつて人々の生活があり、産業があったという証しになる。施設の跡、周辺の家屋、地形など、様々な痕跡が、その土地の歴史を次の世代に伝えていく。》

この本の中で貫かれているのは、そうした考え方です。なぜその駅は廃止されたのか、そこにその駅があったことにはどのような意味があったのか。そして、駅が廃止された後に、地域の方々が新たな観光資源や産業遺産として、いかに廃止駅を活用しているか。その奮闘の様子がいきいきと描かれ、廃止駅といっても捨て去ってしまうのはもったいないですよとの思いが、とてもよく伝わってきます。

こうした本は、とかく美しい成功事例の羅列になりがちですが、この本には、うまくいかなかった事例も収められています。長野県の信濃川田駅(2012年4月1日廃止)の項では、こんなことが書かれています。

《信濃川田駅には、地元の人々の要望によって「屋代線トレインメモリアルパーク」構想が立てられ、長野電鉄が保存していた9両の車両が留置された。しかし、車両を保存・維持するノウハウに乏しかったことや、車両にアスベスト(石綿)が使われていることが判明したことなどから保存を断念。(中略)単純に駅を保存するといっても、現代の基準に合った耐震補強を行い、人が集まる施設として維持していくのは難しい。信濃川田駅は、郷愁だけでは駅を残していくことはできないということを教えてくれる。》

とてもよい本です。
鉄道愛好家だけでなく、地方創生に関心のある方にもおすすめです。

★この本の目次
第1章 「廃止駅=超過疎」とは限らない!?廃止駅に隠されたびっくりエピソード
第2章 廃止になったのに、元気を増した?いまも…いや、いまこそ観光客が多く訪れる廃止駅
第3章 有志の方々のおかげで私たちも楽しめる 鉄道車両が動態保存されている廃止駅、美しく保存されている廃止駅
第4章 そんなところに駅があったの?都心にもある!廃止駅
第5章 まだまだあるぞ 廃止駅を取り巻く驚きの事情
 

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