熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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平成が終わる頃の初めての夢

ぼくはいまだに試験の夢を見ることがあります。細部はそのときどきで異なるものの、まったく試験勉強をしていないのに試験日が来てしまう、という基本的な構成は、いつも、同じです(もっとも、夢の記憶というのは本当の記憶ではない可能性もあるから、起きてから時間が経過するとすべてそこに収斂するように脳内メモリが書き換えられている可能性もありますが)。

それ以外にも、何かに遅れそうになる、間に合わない、という夢は、たまに、見ます。遅れてしまって途方に暮れている、というのは、あまり記憶になく(あくまでも夢の中の話ですが)、たいていは、わ!遅れちゃう!どうしようどうしよう!って感じの夢です。

その場合の「何か」には(ちゃんと記憶しているわけではないけれど)試験以外にもさまざまなケースがある、のですが、今朝の夢の設定は、初めてのパターンでした。

場所はどこだかわからないけれど、とにかく、ぼくは(夢の中で)マラソン大会のスタート地点の近くにいて、そこに友人知人もいて(これがまた不思議なことに時間も人間関係もバラバラな人たちなのだなあ)、ぼくのスタートブロックは最後尾ではないのだけれども、最後尾のブロックからスタートする友人がいて、じゃあぼくも同じところからスタートしましょうと、あえて後ろのスタートブロックに入ったものの、その後にいろいろあって(ここを細かく書いているとさらに長くなるので省略)、気がついたらスタート時刻をとうに過ぎていて、おいおいもうスタートしちゃってるよ!と誰かが気づいて、ぼくがスタートラインまで行ったらもうスタート地点の撤収にかかっていて、待ってくれ!まだスタートしてないんだ!と呼びかけたらスタートの係の人が身ぶり手ぶりで急いでスタートラインに来るように促した…というところで、ぱっと目が覚めた、のでありました。

と、書いてきたけれど、他人が見た夢の話っていうのは、当事者以外には、あんまりおもしろくないのよね。某巨匠監督の夢というタイトルの映画評に、かつて(平成の初期だな)、某作家がそんなことを書いていたのを思い出しました。

走り始めて5年、ついにマラソンの夢を見るようになったかと、驚いた連休初日の寒い朝、なのでありました。

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