熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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2019年の札幌ライオンズ

昨日のブログの続きみたいな話。

宮の森のジャンプ台の下まで行くたびに、ライオンズYHってどこにあったんだろう?と気になっていたのですが、最近ダンボール箱の中から発掘されたユースホステルハンドブックで、場所が判明しました。

ユースホステルハンドブック 1994-95


どうしてこんなところに宿泊施設があったのだろう?と思うぐらいに不便な場所ですが、当時のユースホステルというのは、そういうものでした。ユースホステルは宿泊客(=若者)にとっては社会勉強をする場所であり(お客さんとしてもてなされる場所ではない!)、100人規模の人数も受け入れることができる施設…というのが最優先だったから、立地は、二の次でよかったのです。

これが、札幌ライオンズYHがあった場所(撮影日:2019年4月7日)。



下から見ると、こんな感じ。



上の写真の手前は、YHハンドブックの地図に記載されている「駐車場」の部分で、ライオンズYHがあったのは、その奥の、少し高くなっていて、柵があるところです。

今になってみると、札幌市内のユースも、一つぐらいは、泊まっておけばよかったかなと思ったりもするのですが、北海道ワイド周遊券で旅をしていた頃は、札幌で泊まるぐらいなら札幌発の夜行列車の自由席に乗ってました。

札幌で泊まるとすれば、道内時刻表の広告ページでおなじみのハイランド。

道内時刻表1987年8月号


シングル3,100円より(オール込料金)、という表記が、時代ですなあ。まだ、この頃は、消費税はないですから。ちなみに、ハイランドも現在はすでになく、コインパーキングになっているところが跡地ではないかと思われます。

こちらは、道内時刻表87年8月号と、89年8月号。



この頃、道内時刻表の表紙は、夏になると、いつもこれでした。
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- | 2019/04/14 2:23 AM
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