熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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『釧路炭田 炭鉱と鉄路と』

先日の釧路からの帰り、こんな写真を撮ってました。



こんな写真を撮ろうと思って撮ったわけではなく、来月16日で廃止になる尺別駅の駅名標を撮ろうと、カメラを構えていたら、交換の普通列車が反対側のホームに停車していたのでした。あとから考えれば、いくら今のカメラの性能がよくても、通過する特急列車の中から、しかも外がこの明るさ(暗さ)では、駅名標なんて撮れるわけないのにね。

尺別駅は、尺別炭砿への接続駅として設置された駅です。2014年に刊行された石川孝織さんの『釧路炭田 炭鉱と鉄路と』に、こんな記述があります。

《1918年(大正7年)に開坑した尺別炭砿(現 釧路市音別町)は20年、石炭輸送のため11.7kmの軌道を敷設した。当時の経営者、北日本鉱業は根室本線との接続のため鉄道省に尺別への駅設置を請願、同年に尺別信号所が開業する。》
(『釧路炭田 炭鉱と鉄路と』p.64「尺別鉄道」)

駅の廃止と聞くと「残念」「寂しい」などといった定型句が付き物ですが、尺別炭砿は1970年2月27日に閉山、尺別鉄道も同年4月には廃止されているのですから、それから50年近くもの間、この駅が駅として存在していたことが不思議なぐらいです。

そんなことを考えながら札幌に帰ってきてからまもなく、釧路臨港鉄道(太平洋石炭販売輸送臨港線)の廃止が報じられました。

このタイミングでのこのニュース、これは、釧路地域の石炭産業の歴史(=釧路地域の歴史の一部)を勉強し直せという天の声ではないかと勝手に思い、2014年に出た石川さんの本(当時は紀伊國屋書店札幌本店でも扱ってました)を本棚から取り出して、毎晩、少しずつ、読み直しています。



『釧路炭田 炭鉱と鉄路と』は、釧路市立博物館で買えるようです

2014年にこの本を買った当時、こういう地味な仕事をこつこつとする人はどんなにすごい人なのだろうと思っていたのですが、その後、石川さんとの接点ができて(ホント人生いろいろ何が起きるかわからないと感じることの多い今日このごろ)、いや、やっぱり、すごい方なんですけど、かたやで相当に(いまふうの表現を使うと)鉄分の濃い方であることも知りました(笑)。先日の釧路の居酒屋では、たまたまご一緒した非鉄道ファンの方を、石川さんとぼく(と国鉄OBの某氏)で取り囲む形になり、3人で「鉄道趣味はいかに幅の広い教養が求められる趣味であるか」を延々と語ったのでありますが、一般人(?)に対する石川さんの説明能力の高さには、つくづく、驚かされました。

きっかけは、廃止になるから行ってみよう、でも、いいんです。でも、せっかく興味を抱いたのであれば、ただ単に鉄道関係の写真を撮っておしまい、ではなく、なぜそこにそのような駅や路線があるのか、それがどのような役割を果たしてきたのか、などなど、さらに一歩踏み込んでみると、鉄道趣味は、もっともっとおもしろいものになっていきます。その先に、廃止後の活用(単なる施設の活用にとどまらず記憶や記録の活用も含めて)があって、そこまで想像を巡らせることが、次世代に鉄道趣味を引き継いでいくための大人の趣味人としての責務なのではないかと思ったりもします(「責務」とか言い出すと堅苦しいな…なんかもっとほかに適当な言葉はないですかね?)。

そういった意味からも、『釧路炭田 炭鉱と鉄路と』は、手軽に読めて、しかし記述が正確でもある、おすすめの一冊です。

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