熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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こんな夜中に乗り継ぎかよ

数日前、べつに意味はないんだけど急に思い立って、早朝というにはまだ早すぎる未明に友人にメッセージを送ったら、「北海1号みたいな時刻に何事かと思いました」との返信が届いて、ああそうか、オレいま心配される立場なんだよねえ、ヤツだって大変なときなのにこういうことをしてはいかんなあと反省しました(ちょっと何言ってるかわかんないですけどお許しを)。



青函連絡船の深夜便には、一度だけ、乗りました。でも、そのときは、函館からは特急には乗らずに、6時20分発の旭川行き普通列車(121レ)に乗りました。倶知安まわりで、札幌に着くのが15時51分、終点の旭川には19時46分に到着。いま見ると夢のような列車ですが、当時、それほどの価値を感じていた人は、いたとしても、かなりの変わり者でしょう。

その121列車の、長万部〜倶知安〜小樽〜札幌〜旭川の時刻が載っているページを開くと、その前後には、[急行]らいでん3号、[特急]おおとり、[急行]天売、[急行]大雪3号/はぼろ/紋別、といった文字があって、見ていると、その先のページまで見たくなってきて、もう、キリがない。[急行]天売は、幌延発13時28分で、羽幌線(現在は廃線)を経由して深川から函館本線に入り、18時ちょうどに旭川着。[急行]大雪3号/はぼろ/紋別は、札幌を17時10分に出発して、深川でまず「はぼろ」を分割(「はぼろ」は羽幌線経由で幌延22時40分着)、旭川で網走行きの「大雪3号」(網走23時36分着)と遠軽行きの「紋別」(遠軽着23時50分着)に分割される、と書くと、現在の路線図しか頭に描けないと「?」になるのですが、この当時は名寄〜興部〜中湧別〜遠軽という路線があったから、「紋別」のほうは、そちらを経由して遠軽に至ったのでありますね。

上の写真の4時50分発[特急]北海1号の左には、行先が札幌と室蘭という、これまた今の時代に見ると不思議な列車がありますが、これは洞爺を6時51分に出発して、東室蘭で室蘭行きと札幌行きに分割される普通列車です。札幌行きのほうは、室蘭から来た普通列車と一緒になって[急行]ちとせ1号となり、さらに「ちとせ1号」は苫小牧で様似発の[急行]えりも1号に併結されて、その作業のための苫小牧停車(11分停車)の間に後続の[特急]ライラック3号に抜かれる、と、書いているだけでワクワクしてきます。

ワクワクするけど、これ、すごく非効率な時代だったんだなあとも思います。だから、もう、こういう時代に戻ることは絶対にないし、自分たちの生活のことを考えれば、こういう時代には戻らないほうがよいのだろうとも思います。だけど、楽しい時代に見えるのも、また、確かです。だったら、その楽しかった部分のエッセンスだけを抜き出して、現代ふうにアレンジしてやれば、何か楽しいことができるんじゃないかなあと思えます。

青函航路の深夜便に接続する上野発の[特急]はつかり11号が青森に着くのは0時13分。いま、このブログを書いている頃には、青森駅から青函連絡船の桟橋へと、多くの乗客が走っていたのでしょうね。

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