熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
<< March 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< またまた釧網本線世界遺産の話 | main | 30年と10ヶ月前のエゾリスウォッチング >>

「オホーツクの村」ものがたり

2018年10月刊。



半月ほど前、旅の先輩のお二人と室蘭やきとりをご一緒したとき、オホーツクの村の話になって「オホーツクの村のマークの付いたトレーナーを買った」「オレはトレーナーは買えなくてTシャツを買った」「ステッカーあったよね」「竹田津さんは今は東川に住んでるんだよね」と盛り上がりつつ、ぼくの頭の中では、あ、そうだ、この前、オホーツクの村の本をどこかで見かけたぞ…と、別の思考回路が動きはじめて、しばらくしてから、そうだ、ジュンク堂の1階だ!と思い出して、翌日、この本を買いに行ったのでした。

ぼくが「オホーツクの村」の近くのユースホステルで働いていたのは、もう30年近くも前のこと。その頃、いつも着ていたのが、「オホーツクの村」のキタキツネのマークが付いたトレーナーでした。初めてそのユースホステルに行ったとき、たまたま、地元の方(この本にも出てくる方)がエゾリス観察に連れて行ってくれるというイベントをやっていて、後になって思えば、その場所こそが「オホーツクの村」でした。

ぼくは、そのエゾリス観察をきっかけに、そのときまわりにいた人々の影響を大いに受けて、バードウォッチングをはじめとする自然観察(と野山歩き)を始めたぐらいで(それまではエゾリスとシマリスの違いすら知らなかった)、「オホーツクの村」は、ぼくの人生を変えた場所の一つでもあるのです。

でも、ぼくは、「オホーツクの村」について、何も知らなかったのだ、ということが、この本を読んで、よくわかりました。

そして、この本に描かれている「小清水自然と語る会」の設立以来の経緯は、とても勉強になります。まだクラウドファンディングなんて概念は想像すらできなかった頃に、本業を別に持つ人たちが手弁当で集まって、「オホーツクの村」をつくるべく、大きなお金を調達し、プロジェクトを動かしてきた記録は、自分たちの活動にとっても非常に参考になり、また、励みにもなります。

ぼくの知っている人も、たくさん出てきます。小清水ユースのペアレントはもちろん、木谷のおばあちゃんも登場しているのにはびっくりしました。ぼくはあの頃はわかんなかったけど、みんな、すごい人たちだったんだなあ。

 
読書 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

この記事に対するコメント

コメントする









この記事のトラックバックURL
http://work.kuma-i.com/trackback/1195972
この記事に対するトラックバック