熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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予定を勘違いしていて

明日ではなく今日でした、という連絡が来たのは、当日のお昼前。幸いにして夜の予定は空いていたものの、仕事が立て込んでいて夕方以降の時間も使うつもりだったからちょっとだけ迷って、仕事の見きわめをつけて17時までに決めますと返信して(最近よく使うパターン)、でもそういう返信をした時点でもうすっかり行く気になっているわけで、だけどやっぱり仕事は終わらなくて、だいぶ遅れてからの合流と相成りました。



ポークチャップ串



AさんとBさんとぼくの3人が一同に介するのは初めてのこと。

Aさんとぼくは、つい10日ほど前、赤れんがで、Aさんが午前中のセミナーの進行を務め、ぼくが午後のセミナーの進行を務めたという関係で、Bさん来るから一緒にどう?と誘われたのは、そのときだったか、その前の晩だったか。

AさんとBさんは、30年以上も前の、お互いが北海道ワイド周遊券とYHの会員証を持って旅していた頃に知り合い(どこで最初に会ったのか本人たちもよくわかっていないらしい)、それ以来の長い付き合い。

3人の関係の中で、近年、いちばん疎遠だったのが、Bさんとぼく。お互いに、かつての中山記念小清水YH〜美幌YH(菊池P)の常連で、Bさんの奥様もかつてのホステラーでぼくもよく知っているし、B家とは今も年賀状のやり取りがあるから、お互いの存在を忘れてはいないけれど、会うのは二十数年ぶり。

日にちを間違えていたぐらいで、会えるかどうかわからない、あやふやな約束だったのに、大阪から来たBさんは、お土産を持ってきてくれた。



いつだったか、Aさんが、突然、「大阪でBクンと飲んだらくまちゃんの話になって」と言い出したときは、にわかに状況が理解できず、は?なんでAさんとBさんが繋がってるんだ?と考えるまでですら少し時間がかかったぐらいだったんだけど、Bさんにしても、どうしてAさんとオークマが一緒に会ってるんだ?と不思議だったろうし、Aさんだって、Bさんと話をしている中でオークマの名前が出てきたのは「?」だったんじゃないかと思います。

わっかるかなぁ わっかんねーだろうなぁ

あの頃、北海道ワイド周遊券とYHの会員証を手に、長い休みのたびに北海道を旅していた人たちの間には、こういうつながりって、たくさん、あるんです。寝る場所は基本的に夜行列車の自由席、たまに泊まるユースが贅沢だった、無目的な、ただ北海道に長くいたいというだけで旅を続けていた頃。あの頃だって、どこの誰だか知らないけれど◯◯で会いましたよね?みたいな話は、しょっちゅうあった(というのが、あの頃を体験してない人には、たぶん、わからないと思う)。

あの頃、30年後にこんな世界が待っているなんて考えてもみなかった。そもそも、あの頃、30年後の自分なんて、考えようとも思わなかった。学校を出てちゃんとした会社に入って定年までずっと勤める、というのが世間的に正しい考え方だとすれば、みんな、ものすごく間違った道を通って50代になっているのだけれど、これでいいのだ!と思えた、そんな夜でありました。

昔のユースで会っていたらものすごく年上のお兄さんに思えたであろうAさん&Bさん、ありがとうございました。またお会いしましょう。

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