熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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また(まだ)稚内のマラソンの話

8月のお盆の時期に礼文島へ行くようになったのは17〜18年前、礼文島船泊ユースホステルが民宿海憧になってからで、それ以前は毎年7月中下旬に行ってました。最初に行ったのは30年以上も前、当時はもうユースホステルは全盛期を過ぎた過去の遺物だと思っていたけれど、今から振り返ればまだまだユースホステルは若者の旅の中心だったし、ユースホステルを使って2週間も3週間も旅をする若者もたくさんいました…という話はさておき、かように、行動パターンは年月とともに変わっていくわけで、この数年は、お盆に帰るときに「じゃあ、また来年ね」と言って出ていくのに、帰った後ややしばらく経ってから急に思い立って9月(または10月)に礼文に行くというのがお約束のようになってます。

べつに狙ってそういうことをしているわけではなく、お盆に帰るときは、ホントに、次は来年のフラワーマラソンの頃かなあと思っているんです。でも、しばらくすると、秋の静かな礼文島に行きたくなってくる。お盆時期は、やっぱりそれなりの喧騒があって、それはそれで悪くないんだけど、観光客がぐっと減る9月はもっと悪くない。静けさを求めるのであれば、春先の、観光シーズンが本格化する前だって静かなんだけど、春先は、これから夏の観光シーズンを迎えるにあたっての準備期間であり、どこか、緊張感があるのに対し、9月とか10月になると、ああ、今年も無事にシーズンを終えることができてよかった、的な、ほっとした感があって、なんとなく、訪問者(旅行者)である側も、より一段と、安らげるのです。

前置きが長くなりましたが、そんなわけで、今年もまた、9月の礼文島を訪れました(<ここで「9月の」と書くか「9月に」と書くかは迷うところですが「9月の」なのだと思う)。ただ、今回が近年のパターンと違うのは、8月のお盆時期と9月の間に、稚内までは行っていることです。第1回日本最北端わっかない平和マラソンの楽しい記憶はいまだ鮮やかなままであり、次の大会があれば直近の記憶はまた上書きされるのでしょうが、今のところは、まだ、最新の記憶として保存されています。

ゴール地点。こういう角度から見られるのは、船の上だけです。

北防波堤ドーム

地震の影響で(震源地からは300kmも離れているのに)利尻島・礼文島でも宿泊のキャンセルが相次いでおり、船はガラガラ。それでも船の出航時刻が近づいてくると、乗り場には並ぶ人が出はじめます。たまたま、ぼくのすぐ近くに一人で座っていたお婆さんが「もう並んでる、並んだほうがいいのかしら、もう少し座っていてもいいのかしら」と独り言のようなことを口にしたので「大丈夫ですよ、ガラガラですから、並ばなくても大丈夫ですよ」と言ってあげたら、このお婆さんが独り言なのかぼくに話しかけているのかわからない話を始めて、どういうわけかそこで目の前に見えていた景色に気づいたようで「あら、あれはカラフトに行く船が出ていたところ?あんなに長かったんだ…私は八十六でしてね…」(「サハリン」ではなく「カラフト」と言った)

ちょうど樺太記念館に行った直後であり、また、ぼくもあのドーム型の防波堤を眺めながらいろんなことを考えていたところだったから、ぼくが、このお婆さんを引き寄せちゃったのかもしれない。

いろんなこと、というのは、稚泊航路のことだったり、あのドームの下まで線路があった頃のことだったり、樺太からの引揚船のことだったり、引揚者のことだったり、稚内駅の歴史のことだったり、C55 49のことだったり、昭和61年の種村直樹さんや仲間たちとの旅のことだったりと、あまりにも多くのことが、薄い膜が重なるように頭の中に浮かんでくるのですが、やっぱり、今は、ついこの間の、マラソンの記憶がすべてを凌駕するわけです。

船が出て、いつもならノシャップ岬(と運がよければその背後に見える利尻富士<ここから見えることはあまりない…ので、走っている間ずっと利尻富士が見えていた先日のマラソン大会はじつにラッキーだったと思うのです)の方向を眺めていて、その反対側はあまり意識したことがないのですが、今回は違いました。

礼文島行きの船の最後尾からの風景

この写真にぜんぜん収まらない範囲、この写真のずっと左側の宗谷岬から、右側の稚内の市街地まで、目の前に見えているところをず〜っと、あんなに長い距離を、ぼくらは、走ってきたのです。いや〜、こんなところを走ったのか〜、オレすげえな〜と、ひたすら、自分で自分に感心するばかり。そういう感想になるのは、日本最北端わっかない平和マラソンが、往復や周回ではなく片道コースだったからです。いまこうやって見るとコースの全部が視界に入ってくるけれど、あのときは宗谷岬から対岸に見えた稚内の町がひどく遠く感じたんだよなあ、いや、今だって、視界に入ってくるとはいっても、これ、すごい距離だよ、ホントにオレこんなところ走ったのか?走ったんだよ!…と、ガラガラの船のデッキで、感慨に耽ってました。

流氷まんじゅうとフェリーの乗船券

ホントはね、こういうものは、食べちゃいかんのですよ。重量オーバーだろうなあ、腹回りに肉つきすぎだよと、自覚はしていたものの、健康診断で体重測定したら想像以上の重さ(過去数年で最大重量)だったから、こういうのは食べちゃだめだよと思いながらも、毎回恒例なので、稚内フェリーターミナルの売店で、流氷まんじゅうを買ってしまいました。いつも同じことをやっていたのでは進歩はないのですが、いつもやっていることをやらないというのも、気持ちが悪い。習慣や伝統は、壊せばいいってもんじゃないですから。

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