熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
<< September 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< にしん街道と日本最北端の駅 | main | また(まだ)稚内のマラソンの話 >>

稚内市樺太記念館

今年の5月25日にオープンした稚内市樺太記念館を初訪問。

外観

車で移動する人(=大多数の人)にとっては足場のよい立地なのですが、ぼくのように公共交通機関と徒歩で移動する者にとっては中途半端な場所に位置するゆえ、オープン以来、何度か稚内まで行っているのに立ち寄るには至らず、今回、ようやく、初訪問となった次第。記念館の入る稚内副港市場には、10日ほど前のマラソン大会の後に足を運んでいる(記念館と同じフロアにある「稚内天然温泉港のゆ」で入浴もしている)のですが。

入口には、こんな案内が掲示されています。

説明文

《稚内市では、稚内・宗谷の歴史資料とともに、樺太関係の資料の収集に努めてきましたが、2017(平成29)年に一般社団法人全国樺太連盟より2000点にもおよぶ樺太関係資料の寄贈を受けました。稚内市樺太記念館では、これらの貴重な資料をもとに、明治以降の樺太とそこに生きた人々の姿を紹介しています》

樺太からの引揚者などで構成される全国樺太連盟は、会員の高齢化が進んでおり、この先数年以内に解散することが決まっています。それで資料が寄贈されたのかどうかはわかりませんが、いずれにせよ、全国樺太連盟からの大量の資料の寄贈がきっかけで開設されたのがこの記念館です(稚内市の他の博物館とのすみわけ=樺太関連展示に関する考え方=は、稚内市樺太資料展示施設整備基本構想計画書(平成29年9月)として公表されています)。

現在は、常設展のほかに、2つの特別展が開催されています。

まずは「稚内市樺太記念館オープニング記念写真展 時間が止まった島 占守島〜1945年8月18日の激戦が北海道を守った」。稚内市在住の斉藤マサヨシさんが撮影した占守島の現在の姿が、多数、展示されています。これを見るためだけでも、行く価値はありました(もっと早く観に来ればよかった)。

占守島写真展説明

占守島は、いわゆる終戦とされる昭和20年8月15日の後にソ連軍が侵攻してきて、武装解除直前だった日本軍との激しい戦闘が行われた場所。写真展のサブタイトルに「1945年8月18日の激戦が北海道を守った」とあるように、日本軍がこの防衛線を死守したことで、ソ連の北海道本土への侵攻は食い止められました。

占守島では、それから70年以上が経った現在でも、当時の地雷の撤去作業がなお継続中であり、ロシア軍の案内なしに歩くことはできない由。当然ながら住民はいません。荒涼とした大自然の中に、太平洋戦争当時の日本軍の戦車などがそのまま残されている風景の中には、美しさと哀しさが同居しています。

もう一つは「稚内市樺太記念館オープニング記念特別展 引き揚げと稚内港北防波堤ドーム」。

特別展説明

こちらは常設展示の稚内桟橋駅の模型(1/100)。

稚内桟橋駅模型

稚内市樺太記念館は、入場無料、10時〜17時。
4月〜10月は無休、11月〜3月は毎週月曜日と年末年始が休業です。
旅と鉄道 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

この記事に対するコメント

コメントする









この記事のトラックバックURL
http://work.kuma-i.com/trackback/1195887
この記事に対するトラックバック