熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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突然被災者

何か災害が起こるたびに使われる「被災地」「被災者」という言葉が嫌いです。「被災地」「被災者」という言葉には、自分たちは普通に生活してますけどみなさんかわいそうですね、というニュアンスを感じてしまうのです。

だけど、いざ、自分がそういう立場になってみたら、これは、やっぱり、被災者だ。

被災といっても、自宅が崩れたわけではないし、避難所に行かねばならないわけでもない。でも、二晩にわたって、突然、電気も水も使えなくなって、いつ元に戻るのかがわからない、というのは、災害に遭ったのと同じです。

電気が復旧して、テレビを見て初めて「わ!こんなことになってたのか!」と実感する、というのは、想像していたとおりですが、びっくりしたのは、NHK以外は、なんだかの芸能人の交通事故の話とか、体操協会がどうこうとかってのをやっていたことでした。おいおい、それどころじゃないだろ、というか、よくそんな話をする気分になれるなと思うけど、これが、北海道と「内地」の距離なのでしょう。

こっちは、自分自身がさっきまで電気も水もない(そしてそれがいつ元に戻るかわからない)生活を強いられていて、今もまだそういう人が身近なところにたくさんいて、町に行けばあちこちで本来は路上販売などやっていない飲食店が、おにぎりなどを売っていたりする。食材の調達もままならない中、限られたメニューで営業しているお店もある。もちろん、まだお店を開けていないところも多いし、開店しているコンビニだって日配品は皆無、だけどたくさんのお客さんがレジに並んでいる。

そうした中でテレビをつけると、ものすごい違和感、なのですね。

同じことはフェイスブックでもそうで、ぼくの「友達」は北海道の人が多いし、北海道の人は自分の状況を伝えたりここへ行けばこんなものがありますといった情報をシェアしたりしているから、タイムラインの大半はそうした内容なんだけれども、そこに、ときどき、(申し訳ないけど今のぼくから見ると)ノーテンキな(としか思えない)話題が出てくる。それがだいぶ前のものなら仕方ないけれど、わりと近いときに投稿されたものだったりすると、ああ、この人は、ぼくらとは別の世界で生きている人なんだなと思ってしまう。

そんなのは「被災者」のワガママ、なんですけどね。

かたやで、「被災地」「被災者」とセットで出てくる「絆」だのなんだのいうのは、これまた、気持ち悪くて仕方ないんだけど、いざ自分がそういう場所に置かれてみると、みんながそれぞれにできることをやっているということに(これまた使いたくない言葉なんだが)感動させられてしまうのですね。自分の住む家は電気も水道も復旧したとはいえまだ大変な人もたくさんいる、ということもあるし、自分が弱っていて、気持ちのどこかに、わかりやすい「泣ける話」を望んでいるからでもあるのでしょう(ということは、自分では認めたくないんだけど、そうなのだと思う)。

かくいう自分は、知人のお店(居酒屋)で焼き鳥とおにぎりを出しているというので、わざわざ出向いて、買ってきました。当たり前だけど、コンビニで売ってるご飯ものとか、サトウのごはんとかとは、ぜんぜん違う。焼き鳥も、すごく美味しい。泣かなかったけど、食べながら、こういうときは泣いてもいいのかもしれないと思いました。

この種の手書き掲示は、あちこちで見かけます。



みんなが、ぎりぎりのところで、できることを頑張ってます。



この「充電無料」は、日の出ビルの地下の文教堂書店さん(かつての「ルーブルなにわ」)。ぼくは充電は不要だったんですけど、この心意気にこたえようと、新書と文庫本を計3冊、買いました。

昨日(地震翌日)の北海道新聞。



こんなこと書くと、また「札幌の人とそれ以外の人は違う」とか嫌味を言われるかもしれないけど、この紙面の大見出しが、ぼくの実感です。テレビ見てると、厚真(北海道では「あづま」と濁って読む人が多い)の土砂崩れ現場や新千歳空港が取り上げられることが多いようですが、「道内全戸停電」こそが、リアルタイムでの、多くの人の関心でした(念のため書き添えておきますが土砂崩れで生き埋めになっている人はどうでもいいと言っているつもりはありません)。

胆振で地震があって、どうして釧路や網走が停電してるんだ?北海道540万人がみんな停電だって?北海道って東北6県の合計よりも広いんだよ、それが全部停電してるってどういうことだよ?と、みんな、うろたえたわけです(ある意味、妙な興奮状態だったともいえるかも)。この感覚が、道外の人には、たぶん、伝わってない。でも、それは、そういうものなのだろうとも思ってます。

地震発生当初、最大震度で名前が出ていたのは安平町。



我が家は、電気も水も使えなかったとき、冷蔵庫に入っていた安平町のチーズに救われました。正直、こんなふうに食べてしまうのはもったいないような品なのですが、冷蔵庫が冷蔵庫でなくなってしまった以上、そのままでは悪くなるから、思いきって、食べました。

安平町には、昨年来、本当にお世話になっています。それなのに、また、この非常事態で、このチーズでお世話になってしまい、借りっぱなしの気分です。これからは、その恩返しをしていかねばならぬと考えています。

まだまだ大変なみなさんもたくさんいます。
大変なんだけど、大変だとばかり言っていても、前には進みません。
みんなで力を合わせて、がんばっていきましょう。
 
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