熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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第1回日本最北端わっかない平和マラソン(番外編その2)

最初は、終わったらそのまま、礼文に行くつもりでした。

マラソンのスタートが9時ちょうどだから、5時間で走りきれば14時にはゴールできる。ゴールとフェリー乗り場の間はそれほど遠くないから、14時45分の礼文島香深港行きの船には間に合う。マラソン大会でもらったシャツを着て、首から完走メダルぶら下げて、稚内で走ってきたぜ〜とか言いながら、いつもの宿へ…

ところが、いざ当日が近づいてくると、はたして本当に間に合うのか?と、不安になってきて…ゴールからフェリー乗り場は歩いて15分ぐらいだろうから、5時間をオーバーしても船には間に合うだろう、というのは、いつもの自分であれば、という条件付きの話。5月の黒部でも、7月の函館でも、フルマラソンのゴール直後は、ほとんどまともに歩けなかった。函館に至っては雨で濡れた体を拭いて着替えるのに相当な時間を要した(立ったり座ったりがまともにできなかった)から、ゴールタイムが5時間を超えると、やっぱり、厳しいように思える。

それでも、フェリーターミナルまで、タクシーを使えば、なんとかなるかな?

だけど、そういったことを気にしながら走るというのは、楽しくないんじゃないか。自分がやりたくてやっているはずのことが、やらされていることになってしまうような気がする。もし、船に間に合わなくて、礼文に行けなかったら、稚内で宿を探すのか?行けたとしても、そんなボロボロの状態では、何もできないんじゃないの?

そんなふうに考えて、礼文へ行くのをやめることにしたのです。

が、終わってみれば、すべてが、間違ってました。



ゴールタイムは5時間をちょっとだけオーバーしたけれど、船には(乗ろうと思えば)余裕で間に合いました。上の写真で港を出ていこうとしているのが礼文島行きの船で、これを撮ったのは、フィニッシュ会場で食事して、川内選手と写真撮ってもらって、FINISHERのボードを掲げて記念写真まで撮った後。

時間は、十分すぎるほどに、あったのです。

函館マラソンのときは、ゴール直後は体が言うことをきかなかったのですが、今回は普通に歩けました。一方で、もし歩けなかったらタクシーに乗ろう、というのは、何を考えていたのやら、という話で、ゴール地点からフェリーターミナルへの曲がり角まではマラソンのコースなのだから(今まさに自分がそこを走ってきたのだ)、タクシーなんて使えるわけない。



完走メダルをぶら下げていつもの宿へ、というのも、完走メダルがメダルというより稚内珪藻土のコースターみたいな形状で紐が付いていない(箱に入っていた)のだから、仮にいつもの宿へ行ったとしても、そんなことは実現しなかった。

前にも書いたように、今回は、走ることを(ラン友2人を除いて)誰にも伝えていなかったのですが、その日の朝、天気はいいし、自分の調子も悪くないから完走できないことはなかろう、テツ系の方々が某イベントで道北にいるようだから「これから稚内で走ります」とフェイスブックに書いたら誰か来てくれるかも…と思って、スタート前の宗谷岬から(それほど期待もせずに)投稿をしたら、某イベントに参加していたらしい某氏が見事に釣られてくれて(笑)、ぼくのゴール後に、車で来てくれました。

スタートから5時間半が経過してコースが解放されてから、某氏の車で副港市場の港のゆまで(さっき走ってきた道を逆走する形で)運んでもらい、ランナー特典の入浴割引券(通常750円がランナーは500円)とリネン貸出無料券(フェイスタオルとバスタオルで150円が0円)を行使。おかげさまで、温泉の大浴場でさっぱりしてから帰ることができました。

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