熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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第1回日本最北端わっかない平和マラソン(その3)

地震から2日半が経って(というかまだそれしか経ってないのか!と驚きますが)、生活も落ち着きつつあるので、あんまり地震でどうのこうのと書いてばかりいるのもどうかと思うので、普通の話題に戻します、ってことで、少し間が空きましたが、稚内のマラソン大会の話の続きです。(その1)(その2)では、まだスタートしてなかったので、実際にはここからがマラソンの話です。

(その1)はこちら
(その2)はこちら

スタートしてからずっと続く、右に海があって、左は(たまに)人家、という風景は、まるで、礼文島で香深から船泊へ走っているような感じ(道路の幅はこっちのほうがずっと広いけど)。人数が多くないからスタート直後の渋滞もなく、最初から気持ちよく走れるものの、横または斜め前から風が吹いていて、海側に出ると風が直撃します。海側のほうが眺めはいいんだけど、陸側を走らないと体力を消耗しそう。

すぐ前を走っていたランナーの被っていた帽子が後ろに飛んでいき、本人あわてて立ち止まるも少し後ろにいた人が拾ってあげる、という場面もありました(ぼくは、今回は、帽子はかぶらずに走りました〜帽子は飛ばされるから気をつけてね、できればかぶらないほうがいいですよと、礼文島にいるとき旅行者にしょっちゅう注意していることを、朝、ホテルを出るときに思い出して、帽子はやめたのでした)。

距離表示は1キロごとにあります。



この道は、宗谷岬から稚内へ向かう唯一の道。観光的にも生活的にも主要道路なのに、それを(片側だけとはいえ)通行止めにしちゃうというのはすごいことです(ゆえに制限時間がやや厳しめの5時間30分なのでしょう)。



おお、利尻が見えてきた!



それはいいんだけど、よ〜く見てみると、利尻の右下に市街地が見えて、ぼくらはこれから、あそこまで走らなきゃいけない。そう思うと気が遠くなるけれど、走らなきゃいけない。

人家は少ないけれど、少ないなりに沿道に人は出ていて、みなさん声援を送ってくれるので、ぼくはいちいち何か答えて(叫んで)たら、少し前を走っていた女性に振り向かれて「すごい元気ですねえ」。「あ、うるさくてすみません」「いえいえ、こちらも元気をもらえて、嬉しいです」

丘の上で風車がぐるぐるまわってる。



それだけ、風が吹き続けている、ということです。だからこの場所には風車がこんなに立っているわけで、半月前に礼文で足元まで波をかぶるような道を18km走ったときに比べればこれでもはるかにマシだ…と、このときは、まだ、余裕をかましていたんですが…

給水ポイントが手前に示されているのはありがたい。



ぼくみたいなランナーの場合、最後まで歩かなかった、という(村上春樹的な)総括の中の「歩かなかった」に、給水所でのストップは含まれないので(笑)、もういやだ、歩いてしまいたいと思ったときのよりどころが「次の給水所までは止まらず歩かずに走り続ける」なのですが、次の給水所がどこにあるかは、一応、スタート前に頭には入れておくものの、走り始めたらそんなのいちいち思い出せないから、こういうふうに示してもらえるのは、ものすごくありがたい。

同じような道路を淡々と走って、15km関門は余裕で通過。



人数が少ないから、広い道路を独占した気分にもなれる。


(行く手の右側に利尻富士が見えます)

走りながら途中で少しお話した人は「ほかの大会と違って走っている人が少ないからペースをつかみづらい」と言ってました。たしかに、そういう面もあるかもしれないけれど、ほかのランナーとの接触をまったく気にせず走れるのは、とても楽です。

17kmの手前で、沿道にいたボランティアの方から「もう少しで風がなくなりますよ」と言われてからまもなく、海沿いの道から左に曲がって内陸部へ入ったら、風がやんで、むしろ、蒸し暑い。

江戸屋山道の入り口みたいな感じ
(比較の基準がいちいち礼文島)


(反対側の先頭を走っているのは3時間のペースランナーです)

緩いけれどだらだらと続く上り坂で、歩き始める人もちらほら。キロ6分30秒ぐらいのペースで淡々と走っていたぼくは、歩いている人たちを追い越して、気持ちよく走っていたのですが、後から思えば、この上りの負担が、脚に来たのかもしれません。

上りきったら左右には牧草ロール。



この往復約10kmは、宗谷岬〜稚内市街地だけだと42.195kmに足りないからやむなく入れたのだろうと思っていたのですが、いやいや、とんでもない、この区間の眺めは、じつに素晴らしかった!

事前にグーグルストリートビューでチェックしたときは、左右の見通しのきかないつまらない道に見えたのですが、実際に自分の足で走ってみれば、遠くに利尻富士も望むことができて、宗谷丘陵の周氷河地形が実感できる、その昔の天北線の車窓から見た風景を思い起こさせるような、雄大な眺めが広がっていました。

この辺は人家が皆無なので応援の人はいなくて当然なのですが、ところどころにボランティアの方がいたり、自衛隊の方がいたりで、みなさん声をかけてくれるので、楽しく走れました。

往復区間の途中の21.6km地点で、最初の給食ポイント。



プログラムには「※給食は準備した数量がなくなり次第、終了させていただきます」と書いてあったから、何もないことも覚悟していたのですが、ちゃんとバナナがありました。

ぱっと見、周囲に人家はなさそうなんだけど、農家のおばちゃんが応援に出てきてくれていて、手を振っているのかと思ったら明らかに手のひらをこちらに向けているのがわかったので、左に寄ってハイタッチ。



折り返し地点が第2関門。閉鎖時刻の27分前でクリア。




この折り返し地点のすぐ先が、かつての天北線の恵北駅があったあたり。

とても賑やかな応援で迎えてくれました。



まただらだらの上り坂が続いて、ふたたび牧草ロール。



左右の見通しがきかなくなって下りに入るあたりで、左から「ぶ〜ん」という音が聞こえてきて、あ、そうか、もうこのすぐ先が稚内空港の滑走路なんだと気づかされました。まったく姿は見えないんだけど(だから何も知らないとあの音には不安を感じるかもしれない)、この時刻であれば、千歳便のQ400が離陸準備をしているはず。

ここまでは、ちゃんと、走ってました。

往復区間を終えて、ふたたび海沿いの道路に戻ったところで、すっかり忘れていた真正面からの風が襲いかかってきました。あの往復区間に入るまでだって風を受けて走っていたのに、体がその感覚を忘れていたから、ものすごくきつい風に感じる(と思ったんだけど、どうやらこの時間帯はスタート時よりもかなり風が強くなっていたらしい)。だめだだめだ、まだ30kmにも達してないじゃないか、止まるな歩くな脚を動かせと、頭の中で必死に唱えたのですが、27km地点で、ついに、歩いてしまいました。完全に、気持ちが折れました。

28kmの看板の脇に、給水所まであと1kmの表示。



よし、そこまでは走ろうと決意して、あれ?そういえば、オレ歩いてるのに誰にも抜かれてないぞ?なんでだ?と振り向いてみたら、みんな、歩いていた(笑)。



これは終わってからわかったことなのですが、こんなグダグダな走り(歩き)をしていたのに、ぼく、中間地点から30kmまでの間に、かなり順位を上げているのですよ。その後も、30km→40kmで少し順位を落としたものの、40kmからフィニッシュまでの間に落とした順位を取り戻して、結果、フィニッシュの順位が全コース中ベストの順位でした。ラップを見ると、中間地点までは前週の北海道マラソンとほぼ同じ(2秒違うだけ)なのが、後半でガクッと落ちているんだけど、それでも順位を上げているということは、ここからペースダウンしたのはぼくだけじゃなかった、あの向かい風は多くのランナーを苦しめたのだということを、終わってから、あらためて感じました。

左側から飛行機の音が聞こえてきて、羽田空港からの便が着陸。



稚内空港の滑走路ってこんなに近くだったんだ。頭の中には、なぜか、36年前に天北線の列車の車窓から見た稚内空港が原野の中の小屋みたいだった映像として蘇ってきました。

前を見れば、ずっと右に見えていた利尻富士が、左前方に移動していました。



(続く)

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