熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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長万部駅「特製もりそば」

日本人ならお茶漬けやろ!というのと同じぐらい、長万部ならもりそばだろ!(かにめしではなく)、というのは、少年の頃の刷り込みゆえです。

長万部=もりそばのイメージを植え付けられたのは、我が師であるレイルウェイ・ライター種村直樹先生の出世作『時刻表の旅』(1979年)です。

《長万部三〇分停車。コーヒーでも飲んですっきりしたいところだが、それらしい店は開いていない。箱詰めの盛りそば駅弁で辛抱する。駅のそばというと、ほとんど、かけばかりで、たまに盛りがあってもうまくないのが普通だが、長万部のと、島根県の木次線車中で販売される出雲そばは、まずまずである。》(種村直樹『時刻表の旅』p.19〜20)

もうひとつ、読者の間で有名なのは、これでしょう。

《さすがのラビも、九時五〇分着、三〇分停車の長万部では、ごそごそと動きだした。お腹もすくころである。ここへ来ればかならず買う「折詰もりそば」を食べ、スペアに「かにめし」をひとつ用意した。なぜかラビが、眉をしかめて、にらんだようだけど、まだ眠いのかと気にとめなかった。
(中略)早や昼すぎになった倶知安で胆振線のディーゼルカーに乗り換え。倶知安の僅かな駅弁は乗り継ぎグループの何人かが買ったところで売り切れたらしく、ラビがぼそぼそカステラかなにかをかじっている。僕は「かにめし」を持っているけれど、あまり食欲はない。「これ食べないか」とすすめたら、例の「いいです」のあと、きっと顔を見つめて叫んだ。
「先生、ずるい。いつも長万部の”かにめし”はうまくないって書いてるじゃないですか。だから僕は買わなかった。うまくもないものを、どうして買うんです。いいです、これ食べてますから……」
いまにも涙がこぼれんばかりの、なかなかいい顔だった。そうか、それで長万部でにらんだのか。いや、これは非常食のつもりだったんだよ、このあたりまで来ると、あまり駅弁を売っている駅はないし、さっきの倶知安だって、たちまちなくなってしまったろう、こんなときに役にたつのだと説明しようかと思ったが、やめた。僕の書いている文章の断片を、これほど信頼してくれている幼い読者の心を傷つけたのは事実で、胸が熱くなるようだった。》(種村直樹『気まぐれ列車で出発進行』,1981年刊)

あれから40年。いや、まだ、40年は経ってないけど、40年近く経っても、いまだに、長万部といえば、ぼくにとっては、もりそば、なのです。

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