熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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二二七事件

昨日はFacebook上で多くの方々に誕生日を祝っていただきました。


ありがとうございます。


じつは例年は誕生日が近くなるとFacebookのプロフィール設定を変更して誕生日であることがわからないようにしていたのですが(^^;)、今年は(たぶん忙しくて気が回らなくて)すっかり忘れてまして、早朝というよりまだ夜中の時間帯にタイムライン上にお祝いが書き込まれたのを見て忘れたことに気づき、ほんの一瞬、設定を変えようかと思ったんですけど、それはすでにお祝いメッセージを書き込んでくれた方に失礼だと考え直して、そのままにしておきました。


これはちょうど30年前の誕生日、昭和63年2月27日のユースホステルのスタンプ。



誕生日には室蘭ユースに泊まってますが、その前の日とさらにその前の日には(そしてここには写ってないけどその前の日も)小清水ユースに泊まってました。小清水ユースで何をしていたのかというと、小清水の町の温泉の近くで、カーリングをやってました。30年前、ぼく、カーリングやってたんですよ。当時の小清水のカーリング場は、屋外でした。とてもおもしろかったので、2日続けてやらせてもらって、そのとき一緒だった人たちの中には東京に帰ってからカーリングができる場所を探した人もいました(探した結果がどうだったかはうろ覚え)。


ちょっと記憶が曖昧でそれがこのときだったか翌年だったか自信がないのですが、とにかくこの頃、常呂にはもう屋内の大きなカーリング場があって、そこでやってる全道選手権みたいなのをNHKがテレビで中継してたのを見て、おお、北海道すげえなと驚いたことを思い出します。30年前、もう、カーリングは、そのぐらいに、メジャーな存在だったのですよ(北海道では)。


で、30年前のぼくの話ですけど、何か「カーリング体験」のような旅行者向けのメニューがあったわけではなく、そのとき小清水ユースでヘルパーをやっていたS谷さん(残念ながら数年前に亡くなられてしまいました)が、地元の人にお願いしてカーリングやらせてくれたり、越川温泉に連れて行ってくれたり、浜小清水の駅(今とはまったく違う姿でした)で汽車ポッポパフェ食べさせてくれたり、いろいろ、遊んでくれたのでした。今から考えればあれはユースに連泊させるための作戦だったのだろうと思うのですが、それが、ぼくのその後の旅のスタイルの原点になってます(そしてそれから1年後、ぼくは小清水ユースでヘルパーをやることになるのです)。


26日の浜小清水から27日の室蘭への移動は、たしか特急「おおとり」だったはず。網走発函館行という、今では考えられない長距離特急があって、それに乗ると(一日乗りっぱなしでいると)、網走から東室蘭まで一気に行けて、ちょうど夕食の少し前ぐらいの時間帯に室蘭ユースに入れたのでした。


室蘭ユースを出た日(つまり30年前の今日)は、函館へ出て、函館からは青函連絡船の深夜便で帰ったんじゃなかったかなあ。そうだとすると函館でずいぶん時間があったはずなんだけど、駅の近くの「王さん」という名前のラーメン屋さんで味噌ラーメンを食べたことぐらいしか記憶がないのはどうしたものか。このときが、最後の青函連絡船利用になったはずなのに(その後の復活運航でも乗りましたけど)、どうにも記憶がはっきりしていません。


室蘭ユースのポテトケーキから30年後、いただいたのは北菓楼のシュークリーム。



みなさん、本当に、ありがとうございます。


ここまで死なずに来られたので、まだしばらく、生き続けて、頑張ります。

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