熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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『プライド』金子達仁



最近はあまり本を読んでないんですが、そういう中ではあるのですが、最近読んだ本の中ではダントツのベストです。今後も繰り返しこの本を開くことになるのだろうなと、これほどまでに強く思ったのは、『陸王』以来です。

(ついでにいうと、『陸王』のテレビドラマ版は、放映開始前の懸念が的中したようで、テレビドラマは見てないんですけど、いくつかの情報によると、原作とはだいぶトーンの異なるお話になっているようですね…まあそうだろうな、あのまま日曜夜9時のテレビドラマにしても伝わらないだろうからなあ…)

話を『プライド』に戻して、いくつか引用。

《会社側は、榊原の提案を一蹴した。
 しかし、そんなことでめげる榊原ではない。
 「まあぼく自身、企画書を書きながら半信半疑の部分もありましたからね。本当にできるのか、こんなことって。(略)」
 入社試験で落とされても諦めなかった男は、この時も、ギブアップしようという気持ちはなかったという。高田対ヒクソン。最強のプロレスラー対400戦無敗といわれる男。自分の会社は無理でも、やってみたいと考える人間、会社は絶対にいるし、ある。そう信じて疑わなかった。》(p.86)

《「簡単なことじゃない、というか、とんでもなく難しいことになりそうだっていうのはわかってきてたんですけど、じゃあごめんなさい、ぼくには無理ですって投げ出すには、高田さんとの約束が重すぎました。あの日、名古屋の夜、あれだけの決意で気持ちを明かしてくれたことを考えれば、ギブアップという選択肢はどうやったって出てこない。高田さんだけじゃない。ヒクソンもぼくのことを信じて前向きな答えをくれた。二人のファイターが、ぼくみたいな人間を信じて託してくれた以上、それに応えないなんてありえんだろって思ってました。》(p.92〜93)

正しい夢なら実現するはずだという信念。金儲けのためにやるわけじゃない、だけど、カネがなきゃできない。実現まではあまりにも多くのハードルがある、けれど、やらないわけにはいかない。いまの自分がやらずに誰がやる。こういうノンフィクションは、どんな自己啓発書よりも、どんな起業の教科書よりも、迫力があって、心に訴えてきて、気持ちを奮い立たせてくれます。

これもまた、よくわかる。

《聞いた瞬間、榊原は「何か違うな」と思ったという。明確な理由があったわけではない。(略)だが、進退窮まりつつある榊原には、提案されたタイトルを拒否する力も代替案もない。石井館長に口だけでなく金も出してもらうつもりだった以上、自分の中にある違和感など飲み込む他ないのはわかっていた。》(p.102)

金は必要だけど、資金を出してくれる人の声をすべて飲まねばならないのか。そこで「何か違うな」という感覚を得ることができるのは、本気になって向き合っているから。わーい、よかったよかった、お金が手に入った、わーいわーい、と、頭の中がお花畑になっちゃってると、そのうち、どこかの時点で、後悔することになる。後悔で済めばまだいいけど、場合によると、それが致命的な失敗につながったりする。それを食い止めるのは、理屈ではない、勘、でしかないのだと思います。

もっとも、勘といっても、それはまったく根拠のないものではなく、対象と徹底的に向き合うことで生まれてくる(言語化できていない)発見と、長年のさまざまな経験が掛け合わさったところから出てきた、可視化できていない知見に基づくもの、であって、本気でやっているときの「何か違うな」は、スルーしちゃいけないんです。

引くに引けなくなった榊原の苦悩、社長として金を稼がねばならない高田延彦の苦悩、すれ違う両者を(本人が意図しないままに)結びつける安生洋二、高田をリスペクトするヒクソン・グレイシー、などなど、これは、プロレスあるいは総合格闘技の本のようであって、たまたま素材がそういうところにあるだけのすぐれたノンフィクション、あるいは同じ夢に向かって走り続けた人々の物語として、多くの人に読まれるべき本だと思います(が、本屋さんだと、プロレスコーナーとかに置かれちゃって、なかなか、一般の人の目には触れないんだろうな…)。


 

金子 達仁
幻冬舎
¥ 1,620
(2017-12-13)

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