熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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せたな町のカレンダー

瀬棚町と北檜山町と大成町が合併して「せたな町」になってから、もう、12年です。

カレンダーを頂戴しました。

せたな町のカレンダーの表紙

中身はシンプル。せたな町内で撮影された美しい写真が掲載されています。写真は公募作品だそうです。

11月 写真は夕日

いただいたときに思わず言ってしまったのは、瀬棚といえば宮脇さんが北海道で最後に乗った路線ですよねえ、という話で、聞かれてもいないのに、その後、青函連絡船で酔っ払って…なんてことを語ってしまったのでありますが、瀬棚の三本杉岩から花輪線の列車をタクシーで追いかける場面は、猪谷と東岩瀬から始まる『時刻表2万キロ』の、ある意味、クライマックスではないかと思うのです。最後の足尾線はエンドロールみたいなもので、さらに気仙沼線は特典映像、みたいな。

《せめて三本杉岩の影でも見ようと急いだので、北海道全線完乗の感激の一瞬がぼやけてしまったけれど、折り返しの暗い車内で、とうとう北海道はおしまいだ、という思いとともに虚無感のようなものがこみあげてきた。予期しなかったことなので、これはまずいぞ、と思う。九州のように昼間に乗り終えたほうがよかったのかもしれない。空しく馬鹿馬鹿しい気がしてならない。考えてみれば、これこそ正気と言うべきだろうが、私はのみたくなってきた、やけ酒とも祝酒ともつかぬものが。》(『時刻表2万キロ』第12章 白糠線・留萌本線・「登川線」・「室蘭線」・瀬棚線・黒石線・盛線)

一方、いまや町名としては消えてしまった北檜山といえば、レイルウェイ・ライター種村直樹氏の日本列島外周の旅です。季刊だった「旅と鉄道」誌に連載されていたときの、写真付きの北檜山の話は、うらやましくも、でもこんな体験は自分にはできないだろうなと感じたものでした。





この本の刊行当時、ぼくは種村事務所のバイト君でした。といっても、だからもらったわけではなく、この本にはぼくが出てくるので、この本は実業之日本社さんから送られてきたのでした。いま、自分の年齢が、当時の種村先生とほぼ同じになっている、というのは、なんとも不思議な気がします。
旅と鉄道 | permalink | comments(2) | trackbacks(0) | - | -

この記事に対するコメント

 カレンダーのご紹介、ありがとうございます。
 宮脇さんのお話は存じ上げておりましたが、種村さんがこんなに克明に描かれていることは知りませんでした。斉数商店まで登場するとは!!全文を読んでみたいなあ(^_-)
 斉数商店は3年ほど前に閉じてしまいましたが、「新矢旅館」はいまだに現役!!せたなの山海の幸を並べた夕食の評判が高く、人気のある旅館です。
 なお、食堂には「瀬棚−今金」のサボも掲げられて、いまなお瀬棚線のよすがを伝えています。
国鉄瀬棚線30年記念会 | 2017/12/18 9:47 AM
種村氏の日本列島外周の旅は北海道に入ってから急激にペースダウンし、非観光地で足踏み(?)することが増えるのですが、この北檜山のくだりは、そうした中でも屈指の印象深さがあります。この後、斉数商店でお礼代わりに「北海道年鑑」を買う場面があるのですが、その「北海道年鑑」は、しばらく、事務所の机の前に置いてありました。
issei | 2017/12/19 7:00 AM
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