熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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初めてのフルマラソンで北海道マラソンを完走した話

【準備その1】
練習量は、フルマラソンを走る人とは思えないぐらい、少なかったと思っています。正直、そこは、気がかりでした。こんなんでフルマラソンに出ちゃうって、舐めてないか?と、自分でも、ちょっとだけ、思ってました。ただ、それが「ちょっとだけ」だったのは、7月に士別ハーフマラソンに出て、かなりの暑さの中、2時間08分45秒でゴールできていたことと、本番8日前に、炎天下の新川通往復を含む25kmを3時間余かけて走った(というか歩いた)ことが、多少の自信を与えてくれていたからです。とりわけ、士別ハーフマラソンは、年下の先輩ランナーであるHKクンの「暑いときの大会を一度経験しておいたほうがよい」とのアドバイスに従って出場したものでしたが、この経験は、暑さ対策やペース配分という点でものすごく活きたし、なによりもメンタル面に大きなプラスになりました。

【準備その2】
今回とくに参考にしたのは、岩本能史さんの『非常識マラソンマネジメント レース直前24時間で30分速くなる!』でした。この本は、冒頭に《この本は大きく2つのタイプの読者を想定しています。1つは、これからフルマラソンに初めて挑戦する初心者ランナー、…》とあるように、北海道マラソン直前のぼくにぴったりの本でした。そして、この本に書かれているレース前日の過ごし方は《走らず、歩かず、立たず、脚を温存する》《受け付けは早めに済ませて移動は最小限に留める》。だから、ぼくは、ナンバーカードの受取は前々日の金曜日のうちに行い、前日の土曜日は(たまたま仕事が溜まっていたこともあって)デスクワークをして過ごしました。厚別公園競技場で行なわれたコンサドーレの試合は、大谷地駅からバスで往復するにしてもやっぱりそれなりに歩くことになるし、バックスタンドで直射日光を浴びるのは疲労につながるとも考えて、あきらめました。

【当日朝】
非常識マラソンマネジメント レース直前24時間で30分速くなる!』に従えば、スタート4時間前の午前5時に起床すべきなのですが、前夜は多少の興奮状態にあったためかなかなか寝付けず、実際に起きたのは6時前です。まず、パスタ(100g)を茹でて食べた後、これまたその本に書いてあるとおりに、切り餅を食べました。本には「7個食べる」と書いてあるのですが、3個食べたところで残り4個は重く感じたため、6個でやめました(結果的には、午後2時前のレース終了まで、まったく空腹感を覚えなかったので、また、吐き気を催すようなこともなかったので、これはけっして食べ過ぎではなく、確実にレース中のエネルギーになったのだと思います)。

【スタート前】
そのままスタートできる服装で自宅を出て、最寄りのバス停から、路線バスで会場へ。パンツのポケットは、左がタオルハンカチ、右がジップロック(中身はレースのペース配分表=後述=・自宅の鍵・サピカ=ICカード=・千円札2枚)、後ろがiPhone。スタートブロックには8時40分までに並ぶこととされていましたが、到着したのは8時20分頃。大通公園内のテントで出されているバナナとスポーツドリンクをいただいて、実際にスタートブロックに出たのは8時30分頃。ここでも、体力を温存するために、日が差しているブロック内の前のほうはあえて避けて、日陰になる場所を選び、なおかつ、道路にべたっと座りました(しかし、その後、整列の時間になったら、前のほうの太陽の下に出されてしまったのですが)。

【ペース配分表】
これまた『非常識マラソンマネジメント レース直前24時間で30分速くなる!』に従って、前日に、作りました。走っている間はできるだけ脳を使うな、何かを考えることは疲労につながる、というのは、マラソンの本によく書いてあることで、また、過去2回のハーフマラソン(今年の5月と7月)では後半にガクッとペースが落ちたこともあり、あくまでも完走を目指すことにして、「5km 0:33 6:36/km」「10km 1:06 6:36/km」といった具合に、わかりやすく、大きな文字で(=現場で頭を使わないように)、A5サイズの紙に書いて、ジップロックに入れて、折りたたんでポケットに入れておきました(結果的にはこれはものすごく役に立った)。

【スタート〜5km】32分12秒(キロ6分26秒)※ネットタイム
いつもだとスタートの合図と同時に時計を押してしまうのですが、今回は、正確なペースをつかむため、スタートラインに到達するまで、ストップウォッチのボタンを押すのを待ちました。実際にスタートラインを超えたのは、スタートの合図から7分ほど後。スタート手前の沿道に友人の姿を見つけ、けっこう大きな声で3回「**さ〜ん!」と呼びかけるも答えてもらえず、でも、これで、かなり、テンション上がりました。スタート直後は、これまで出た10kmとかハーフの大会では、調子に乗ってキロ5分ちょっとで走ったりしていたのですが、今回は、速く行く人はどうぞ速く行ってくださいと心の中で唱えながら、あえて、ゆっくり走りました。ちなみに、スタート時は、10秒前からテレビ塔のデジタル時計を使ったカウントダウンが始まり、去年はファンランで南北方向に並ばされていたからテレビ塔が見えなかったこともあり、今年はフルだから(大通沿いの東西方向に並ぶことになるから)楽しみにしていたのですが、ぼくのブロックからはやはりテレビ塔は見えないのでした。

テレビ塔は街路樹の向こう側(^^;


【5km〜10km】33分54秒(キロ6分47秒)10K=1時間04分06秒
平岸通に入って、5km過ぎに最初の給水ポイント。ここで手前のテーブルに行くと水のコップがなかなか出てこないのは昨年のファンランで経験済なので、手前のテーブルは無視して、かなり先まで進んだところで給水。この辺に住んでいる友人がいるかもしれないと思い、あえて左端の歩道寄りを走っていたら、その友人を発見する前に、別の知人(取引先)を発見して、わざわざ立ち止まってご挨拶(立ち止まって名前を呼ぶまで気づいてもらえなかった−こっちは普段仕事で会うときとはぜんぜん違う格好のうえ帽子かぶってるからわからんのだね)。その少し先で、早朝にLINEでスタンプ送ってくれた友人を発見、こっちが先に気づいたので手を振りながら近づいていって、本人の目の前で「さんきゅー!!」と言いながら両手の親指を出しました(これでまたテンションアップ!)。その次の7.5kmの給水は混み合っているしいいかなと思ったんですが、水の先にあるスポーツドリンクのテーブルにはほとんど人がいなかったので、取っておきました。豊平川を渡って、創成トンネルに入ると、まあ、蒸し暑いこと。その分、トンネルを抜けたときに受けた風は、爽快そのものでした。

【10km〜15km】30分38秒(キロ6分08秒)15K=1時間34分44秒
10km地点でも想定タイムより2分近く早かったのですが、疲れていないどころか走っていて気持ちいいほど。想定タイムでも、10kmからはキロ12秒上げることにしていたため、北大の縁を曲がるあたりから、ペースを上げました。この辺は、しょっちゅう走っている場所でもあり、また、中心部を抜けたから沿道に知っている人がいることもなかろうと思った(実際にこの区間は沿道の人の数も減った)ことも、スピードを上げた理由です。13km過ぎのトイレは長蛇の列(結果的にぼくはすべての給水所で水かスポーツドリンクを取ったのですが、トイレは一度も行かずに終わりました<行きたくなることすらなかった)。

【15km〜20km】31分46秒(キロ6分21秒)20K=2時間06分20秒
琴似栄町通から新琴似2条通に曲がったところで、先頭集団とすれ違い(テレビにちらっと映ったところ)。ここは8日前の土曜日に走った場所なので(8日前は電車で新川駅まで行ってからその先を走りました)、景色もわかっているし、この先どこで曲がるかもわかっていて、軽い登りから右に曲がって新川通に入るときは「さあ、新川通だ!」と心の中で叫ぶぐらいの余裕もありました。この辺は、マリオとピーチ姫(のコスプレをした男女お二人)のすぐそばを走っていて、沿道からは「マリオ〜!」なんて声がけっこう聞こえて、楽しかったです。

【20km〜25km】34分25秒(キロ6分53秒)25K=2時間40分55秒
自分の人生の中で20kmも歩かず止まらずに走り続けたのは初めてだったので(過去2回のハーフマラソンではかなり歩いているので)、おお、オレ、すごいじゃん、と、自分で自分に感動してました(笑)。20kmで初めての給食ポイントが登場し、路上にはバナナの皮が散乱しているのですが、実際に置かれていたのはミニトマトのみ。でも、これはありがたいことで、ミニトマトを4つ手にとり、口に入れて走り続けているうち、右のふくらはぎが急激に痛くなってきて、あ!これはつるぞ!と思い、いったんストップ。あー、なんということだ、中間地点を過ぎたところで終わりか…と、一瞬、覚悟しましたが、これまた『非常識マラソンマネジメント レース直前24時間で30分速くなる!』に書いてあったこと=筋肉がつってもストレッチはせずにペースを緩めて走り続けていればそのうちに収まる=を思い出し、また、同じ本に、脚がつる原因は脱水であると書いてあったことを思い出し、とにかくこのままがんばれ、次の給水ポイントで水を入れれば治るはずだと自分に言い聞かせて、まわりのランナーにどんどん抜かれながらも、とぼとぼ、よろよろ、走り続けました。

【25km〜30km】35分53秒(キロ7分10秒)30K=3時間16分48秒
25km地点で、初めて、関門の閉鎖時刻表示を意識しました。それまでの関門では目に入っていなかった「閉鎖時刻」と「次の関門の場所と閉鎖時刻」の文字が、はっきりと、視界に入ってきました。それでもこのときはまだ20分以上も余裕があったのですが、それは今だから言えることで、このときは、ふくらはぎの痛みもあり、少し、心配になり始めていたのだと思います。とはいえ、25kmの給水で少し気分が落ち着いて、そのすぐ先の折り返し地点では、多くのランナーが折返点と書かれた標柱を触ってUターンしていく中、ぼくは目の前のオフィシャルカメラマンに向かって両手を掲げ(バカですね)、復路に入ってからは往路のランナーの様子を見る余裕もできてきました。往路の25km関門地点を復路で過ぎて間もなく、「かんもんへいさまであとごふんで〜す」というアナウンスが聞こえて、ああ、この辺の人たちはもうダメだろうなと考えながら走ったり歩いたりしていると、そのうちに往路に収容車(大型バス)が2台やってきて、そこに乗っている人たちが窓にもたれかかっているのが見えて、ダメだダメだ、あれは見ちゃいけないと思ったのは、豊平川マラソンのときに前方に歩いている人を見て「歩いていいんだ」と思っちゃったことの反省です。

【30km〜35km】36分33秒(キロ7分37秒)35K=3時間53分21秒
25km地点まではジップロックの中の紙に書かれた想定タイムを上回っていたのですが、30kmで完全に貯金が消え、それどころか想定タイムを4分近くも上回ってしまいました。この30km地点では、20km過ぎの右のふくらはぎがつりかけたときよりも、焦りました。終わってみてから振り返れば、ここが一番のピンチでした。スタート時のロス(スタート合図〜自分がスタートラインを超えるまで)を考えても、残り12.195kmを90分ぐらいで走れば完走できる(=制限時間内にゴールできる)、ということは、キロ7分ちょっとでも行けるのだから普段のことを考えればどうってことないはずだ…と思っても、走り続けるのが苦しくなっていて、本当にそんなタイムで行けるのか?もしかしてダメなんじゃないか?いやいや、ここで負けるわけにはいかないだろ!(あんなことこんなこと<いろんな私的なことを考えて)目の前に迫ってきた富丘へ行く道との交差点の手前の緩い登り坂に、そのとき出し得る限りの力を振り絞ってアタックしていったのでした。

【閑話休題】
30kmぐらいに大会スポンサーでもある石屋製菓さんの給食ポイントがあって、白いバウムの小さく切ったものが取り放題。ぼくは、4つ、いただきました。バウムクーヘンなんて口の中がかさかさになりそうだけど、そうでもなかったです(し〜っとり、ってCMは本当だってことです)。それと、スイカも食べたのはこの辺だったか(記憶ぼんやり)。そして、新川通では、沿道に大勢の観衆がいたのが驚きで、というのは、あんなところ、歩いてる人なんていないじゃないですか(ぼくだってこの間マラソンの練習で行くまでは歩いたことなんて一度もなかった〜車では何度も通っているのに)。さらに驚くのが、そういう沿道の方々が、ボランティア的に、飲み物や食べ物を差し出してくれることで、ぼくは、途中で何度か立ち止まって、ふくらはぎにアイシングのスプレーをシューってやってもらって、だいぶ、助かりました。気分のせいかもしれないけど、20km過ぎであんなに痛かったふくらはぎが、30km以降は、まったく気にならなくなりました(それでも用心のためにスプレー持ってる人を見かけるたび、右のふくらはぎに吹き付けてもらいました)。ウィダーの塩タブレットをもらったのは、再び新琴似二条通に入ってからだったかなあ(せっかくいただいたのに覚えてなくてすみません)。本当に、沿道のみなさんには、助けていただきました。ありがとうございました。

【35km〜40km】40分12秒(キロ8分02秒)40K=4時間33分33秒
後から思うと、ここがもったいなかった。もっと走れたはずなのですよ。でも、35km関門(閉鎖時刻13時15分)を13時00分に通過できたときに、次の関門は40kmで13時50分というのを見て、5キロを50分ということは歩いても間に合うじゃないか、ああよかった、これで完走できる!と、安心しちゃったんだよなあ。同じように考える人が多いのか、35kmを過ぎた途端に、歩き始める人が多数。でも、琴似栄町通から新川通に戻ったところで、これじゃいかんと走り始めたら、沿道によく目立つ赤と黒のハットを被ったYさんを見つけて、近づいてハイタッチ。「テレビ見ましたよ〜」との声を背中に受けながら、再びペースを上げて、37.5kmの給水ポイントでは係員の方が「35キロ関門締めました」と言っているのが聞こえて、おお、オレ、けっこうギリギリ走ってるのねとさらに闘志に火がつき、スーパーダイイチを見ながら武蔵女子短大の前へと入っていけば、もうそこから先は勝手知ったるルート。武蔵女子短大の前に並ぶ女子数名がつまんなそうにしているから、わざわざその前まで行って全員とハイタッチしたら大騒ぎしてくれて(笑)、よれよれながら歩かずに北大構内へ。北キャンパスの車道では、近くを走っている人から「このまま行けば40キロ関門は10分前」との声が聞こえ、並木道に入ってからは沿道の人から「キロ8分でも5時間切れるぞ!」との声援もあって、この辺は、あんまりよく覚えてないけど、苦しくもなく、ああ、ホントに完走しちゃうんだ…って感じで、夢見心地だったかも。

【40km〜ゴール】16分43秒(キロ7分37秒)ゴール=4時間50分15秒
北大の南側の門(自転車がたくさん止まっているところ)を、とぼとぼと歩いていたら「オークマさん!」と声が聞こえてきて、ふと見れば、数日前に仕事でご一緒した美女ではないですか。「何やってんですか!あと少しですよ!」と言われて、スピードアップ(あとで「あの後、大熊さん、すごく速く走って行きましたよね、すぐに見えなくなっちゃいました」と言われました)。そんなことがあったから、道路の左端を選び、誰か知っている人がいないかどうかをいちいち確認しながら走っていて、沿道の風景の記憶は皆無です。北海道マラソンというと、道庁赤レンガ庁舎前の通過の様子がよく出てきますが、赤レンガの前を通った記憶はまったくない(けど、通ったはず)。それは、沿道の人々の顔を見ていたことに加えて、一生懸命走っていたからで、アプリでぼくのレースの様子を見守ってくれていたHYクンによると、40kmからゴールまでの間に、ぼくは100人以上抜いているんだそうです。そういえば北菓楼の脇を通ったような気がする、という程度の印象はあるものの、どうもへんな感じがするのは、あの辺は日常的にしょっちゅう通っている場所だからで、そこに規制がかかって沿道の観衆がいたりすれば、やっぱり、風景は違うわけです。ましてや、自分は普段なら通れない車道を走っているわけで。はっきり記憶しているのは、大通への曲がり角の正面に、オフィシャルカメラマンが構えていたことで、ぼくはここでもカメラマンに向かってピースサインかサムズアップをしたはず(ホントにバカだな(^^;))。そのぐらいの余裕があったから、最後の直線は、もう、全速力ですよ(手元のGPS記録だとこの最後の直線だけはキロ6分40秒ぐらいで走ってる)。左側の柵の向こうに大勢の観衆がいるのを感じながら、もう、気持ちよくて、気持ちよくて、最後は何か叫びながら、両手の拳を大きく突き上げて(もしかして写真を撮られてるんじゃないかと意識して(笑))、ゴールしました。ゴールと同時にストップウォッチに手をかけないで、まずはポーズをとろう、っていうのも、『非常識マラソンマネジメント レース直前24時間で30分速くなる!』に書いてあったことです。

楽しかったなあ。考えてみたら、初めてのフルマラソンの楽しさ、嬉しさって、生涯でただ一度しかないことなんですよねえ。次にフルマラソンを完走して、仮にサブ4、サブ3を達成しても(サブ3は無理だと思いますけど)、こういう喜びは味わえないんだろうなと思うと、もう2日も経っちゃったけど、もう少し、この喜びに浸っていたい気分です。

多くのみなさまに、感謝申し上げます。

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