熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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道北ローカル線乗りつぶし(1)

昨日の続き。

昨日のブログで、1982年の夏に南稚内から急行宗谷に乗るつもりだったのが乗れなくなって…という話を書いたら、では旭川行きの客レでしたか?という質問をフェイスブックでいただきました、が、ここは、まったく思い出せません。現在であれば、旭川行きの客車列車に乗った、ましてや手動ドアの客車に乗ったとなれば、それだけで大イベントで、忘れるはずもないのでしょうが、当時は、まだ、客車列車もたくさん走っていました。釧網本線に至っては(当時の時刻表をみると網走13時13分発の643レに乗ったのだと思うのですが)混合列車だったような気もします。

当時の記憶をたぐり寄せる数少ない手段が、昨日のブログにも写真を載せた入場券ファイル(昨年の秋に発見されたもの)と、当時の時刻表(昨年の秋に某古書店で購入したもの)でありまして、入場券ファイルからは、稚内駅の翌日に北見枝幸駅に行ったことがわかります。さらに、北見枝幸駅と同じ日付で、仁宇布駅の入場券もあります(いま思うと仁宇布に駅員がいたっていうのはすごいな)。北見枝幸駅(興浜北線)にどうやって行ったのかはよく覚えていて、そこから逆算すると、稚内のこまどりハウスYHに忘れ物を取りに戻った後、南稚内からは、何らかの方法で、札幌へ向かったはずです(もしかするとその途中で歌志内線か万字線に寄ったのかもしれない)。

札幌からは21時09分発の臨時急行《利尻51号》。思い出されるのは、キハ40が連結されていてビックリしたこと、キハ40の車内がやたらと明るくてそのおよそ夜行列車らしくない姿に違和感を覚えたこと(これは現在であれば違和感にならないと思うのですが当時の夜の列車の車内は総じて暗かったってことだと思います)、臨時出す意味あるのかなと思うぐらいにガラガラだったこと、などなど。

2時40分着の音威子府で下車して、4時16分発の天北線の始発列車に乗り換え。この天北線の始発は稚内行きと北見枝幸行きがつながっていて、そのまま乗り続けて北見枝幸には6時26分着。6時38分発の折り返しに乗って、7時04分の斜内で下車、斜内山道をキーキー音を立てながら走る次の下り列車を撮影してから、その折り返しの列車で浜頓別に戻ったのが9時23分。

『時刻表2万キロ』の河出文庫版には巻頭にカラーグラビアのページがあって、その最初(表紙を開いたその次のページ)が、斜内〜目梨泊間を走る興浜北線の列車です。

本の表紙

上の写真の後ろにある『北海道 鉄道跡を紀行する』(1991年刊)には、廃止後の斜内山道のルポが載っていて、斜内駅(跡)の待合室(跡)の写真も載っていますが、この本を開いてみて「そうそう、こんな感じだった」というよりは、この本を開いてみて、ああ自分の記憶は間違ってなかった、というぐらいに、この付近の風景は、いまだ映像として脳内に残っています。

『時刻表2万キロ』での斜内山道の記述は、地理的な説明はさすが宮脇さんと思わせる巧さなのですが、乗車体験については《ディーゼルカーは海に落ちないように速度を落として恐る恐る通過する》という一文で終わっています。

これは、ぼくの感想とは大いに異なるところでありまして、って、そりゃ、大巨匠(とはいうもののこの本の執筆時はまだ新人作家ですらないわけですが)と北海道初体験の高校生の感想が違うのは当たり前なんですけど、ぼくは、ここを通る列車に乗っているとき、おいおいこのディーゼルカーはこのまま止まっちゃうんじゃないか?大丈夫か?海に落ちないのか?と、かなり、ドキドキ、ハラハラしました。いま思えば、落ちるわけないんだけど、車輪とレールのこすれるキーキーという音も激しくて、窓の外は霧に覆われていてよく見えないし(ああいうのを「ガスってる」と表現する言葉は当時の自分の中にはなかった)、ものすごく、不安になったものでした(知る人ぞ知る話で恐縮ですが、レイルウェイ・ライター氏が立野のスイッチバックで「崖崩れだ!」と言ったというのも同じような感じだったのかもしれない)。

そんなふうに感じたのは、自分自身の経験が少なかったこともあるでしょうし、また、現在に比べたら情報が圧倒的に少なかったから、でもあるのでしょう…と言いつつ、その情報の少ないときに、わざわざ斜内で下車して歩いてあの急カーブに写真を撮りに行った高校生というのも、また、不思議ではあるのですが、どうしてわざわざそんなところに行ったのかは、もはや自分でもさっぱりわかりません。

美幸線に行き着かないうちに、やたら長くなってしまったので、続きはまたあらためて。

 
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