熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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道みんの日と松浦武四郎

今日7月17日は、今年から「北海道みんなの日」、愛称「道みんの日」。

ぼくは小学校まで埼玉県で中学校からは東京都で、子供の頃から11月14日の(埼玉)県民の日や10月1日の都民の日(かっぱのバッジの日)が身近にあったから、大人になるまで、都道府県民の日というのは各都道府県にみんなあるものだと思ってました。

佐江衆一著『北海道人 松浦武四郎』(新人物往来社)は、1999年10月15日第一刷発行。

本の表紙 北海道人 松浦武四郎

この本の終盤(306ページ)に、本日の日付である7月17日が登場します。

《七月八日、太政官の官制改革とともに開拓使が新設されると、武四郎は十七日、
 −道名の義につき意見書
 を政府に提出した。
 この意見書の中で、六つの名をあげた。
 北加伊道(ほっかいどう)、海北道、海島道、東北道、日高見道、千島道である。
 (中略)
 アイヌ語で「アイヌ」は「人間」の意であるから、武四郎の名づけた「北加伊道」は「北のアイヌ(人間)の国」という意味である。
 明治政府がどのような理由で選んだか詳らかではないが、結局、この「北加伊道」が採用され、「加伊」を「海」の字に改めて、蝦夷地は、
 −北海道
 と命名された。くしくも、武四郎の雅号の「北海道人」と合致した結果となった。
 二十七歳での初航以来、アイヌの現状を深く憂い、おのれの生涯を恵みゆたかな蝦夷地と共に生きると自負して、
 −憂北生、北海道人
 と号してから二十有余年、身命を賭して蝦夷地のほとんどを足心に踏みしめて五十二歳になった武四郎である。》

 

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