熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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スラント大雪で春の息吹を感じる3時間44分

石北本線の特急列車のダイヤは、長い間、大きく変わることなく、推移してきました。網走発の時刻をみると、1987年4月に国鉄がJRになったときは、オホーツク2号の6時42分に始まって、10時00分(おおとり)、13時46分(オホーツク4号)、16時53分(オホーツク6号)であったのに対し、それから30年近く経った今年3月3日時点では、6時20分(オホーツク2号)、9時23分(オホーツク4号)、13時26分(オホーツク6号)、17時18分(オホーツク8号)となっており、両者の間に最大37分の違いはあるものの、概ね、6時半ごろ、9時半ごろ、13時半ごろ、17時ごろに網走を出るというパターンが続いていました。そして、これらの時刻は、概ね、釧網本線の列車に接続していました。

石北本線の特急列車の時刻というのはそういうものだと思っていたから、今回、網走から帰ってくるにあたって、時刻表を見たときは、戸惑いました。今年3月4日のダイヤ改正で、始発のオホーツク2号は5時56分発に繰り上げられ、その次は(かつての《おおとり》のスジだとばかり思っていたら)8時06分発(大雪2号)、さらにその次は12時35分発(大雪4号)。最終のオホーツク4号だけは17時25分発だから、これはさほど違和感ないものの、それ以外の3本は、なんだか妙な感じです。

今朝の《大雪2号》は、網走・札幌方が、スラントノーズ車でした。



昨夜、「今日の《オホーツク3号》がスラントだったから、たぶん明日の《大雪2号》はスラントですよ」との情報をいただいていたこともあって、ちょっと早めに網走駅に行ったのでありました。

こんなの撮ったり



こんなの撮ったり



こうして編成全体を眺めていると、在りし日の国鉄カラーの183系が脳裏に甦ってきます。網走駅の佇まいが当時から変わっていないこともあって、あの頃の旅の風景、空気、仲間たち、などなど、いろんなものが、びっくりするぐらいはっきりと、浮かび上がってきます。じつに不思議な感覚です。

遠軽方は展望席付き車両。



いまは観光的には端境期。これといって見るべきものもない時期なのですが、よく見れば、窓の外からは、たくさんの春の息吹が感じられます。花が咲き始めている呼人のミズバショウ群落に始まって、もうそこらじゅうというぐらいに線路の脇ににょきにょきと出てきているふきのとう、ぶるぶるとエンジンを震わせながら峠に挑む頃には積雪が深くなってくるものの、真冬のような真っ白な雪ではなく少し茶色くなってたり、ザラザラな感じになっていたり、そしてその中に見える樹木の根っこの部分は雪との間に空間ができていて、確実に、季節が進んでいることがわかります。やがてキハ183のエンジン音が軽やかになると、キラキラと輝いている水の流れの方向が列車の進行方向と同じになり、平野が開けてくると沿線の積雪も徐々に少なくなり、旭川が近づけばもう雪はすっかり消えている。

なにより、太陽の光がやさしく、明るいのが、春です。いくら積雪があろうとも、明るさが、真冬とは、違うのです。

この特急車両がキハ261系に置き換われば、峠越えも、もっと、楽になるのでしょう。それは本来は望ましいことのはずなのですが、初めて《スーパー宗谷》で塩狩峠を越えたとき、あまりにもあっさりと登っていくことに物足りなさを覚えたことを思い出すと、そうなったらそうなったで、むしろ、つまらなさを感じることになるのかもしれません。

石北本線の峠越えは、これって特急列車なんだよねと言いたくなるぐらいに遅いのではありますが、こういうふうに春の訪れを感じながら、国鉄型のディーゼルカーの力強さ(力弱さ?)を味わうのは、もう、これが最後かもしれない…そう思うと、喘ぎながら精一杯走っている特急《大雪》が、愛おしくなってきて、そんなことを考えた自分に驚いて、心の中で苦笑してしまったことでありました。

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