熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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西村京太郎が描く札沼線と新十津川

ミステリーなので内容は紹介できませんが

西村京太郎の本の表紙

まず、この表紙に、感心しました。いや、そこは感心するところじゃなくて、当然のことなんだけど、これは、ちゃんと、札沼線の写真なのですね。背景があれだからこれはどこの駅で…という話以前に(それもわかる人はわかるんだろうけど)、この表紙の写真のディーゼルカー(電車ではない)の前面に「401」って書いてあるじゃないですか。これが、札沼線の証なのです。

わりと最近撮ったキハ40 401の写真
キハ40の実物写真

雪をかぶって見えにくくなってますが、401と書いてあります。

新十津川町の話は渡辺一史氏の力作『北の無人駅から』にも詳しい記述がありますが、何はともあれ、現地に行ってみるのがいちばんいい。

新十津川町開拓記念館

ぼくがここを訪れたのは、2009年の9月です。
新十津川町の人々が「母村」と呼ぶ奈良県の十津川村の水害の話、そこからいかに逃れてきていかに開拓を進めてきたかといったことが具体的に紹介されている、きわめて真面目な、記念館(というか博物館に近い展示施設)です。

出雲大社にも行きました。

出雲大社

《運転手が、連れていったのは、出雲大社だった。巨大な鳥居をくぐると、茅ぶきの立派な社殿が見えた。島根県の出雲大社と同じ、大きなしめ縄が張られている。(中略)奈良の十津川村の人たちも新十津川町の人たちも、すべて、出雲大社教の教徒になった。そこで、新十津川町には、立派な出雲大社が建てられ、出雲大社分院と、呼ばれている。》(『札沼線の愛と死 新十津川町を行く』第二章 終着駅は無人駅)

もっとも、その2009年は車利用でした。

札沼線の列車に乗って新十津川を訪れたのは、2007年の1月が最後です。

雪に覆われた新十津川駅

ついこの間のような気がしてたけど、もう、10年前なのか…

雪のホームに停車中の列車

 

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