熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
<< October 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 寒さの質 | main | 最後まで戦え >>

1982年の523

2016年12月15日いすみ鉄道社長ブログ「モノの価値とは。」を読んだとき、すぐに思い出したのが、1982年のレイルウェイ・ライター種村直樹氏のルポでした。

以下、モノの価値とは。|いすみ鉄道社長ブログ2016年12月15日から、ちょっと長いですが、引用(引用にあたり改行位置を原文から変更していますので、できればリンク先の原文も読んで下さい)。

《私はこの写真の頃は小学生でしたが、確かにこういう列車が走っていたのは覚えています。その時、入ってきた列車を見て、迷わず乗車したのは急行形のキハ28です。間違ってもキハ17やキハ35には乗りたくなかった。でも、今、駅で待っていてこの列車が入ってきたとしたら、迷わずキハ17に乗車します。これが時代とともに私の中で変化した価値観です。つまり、モノの価値というのは、個人個人で違うのはもちろんですが、同じ人間でも時代とともに変わるものなのです。ローカル線の価値というのもまさしく同じで、30年、40年前は、赤字を垂れ流す「劣等生」だったのが、今では地域の広告塔になっている。これは、日本人が変わったということで、当時は右肩上がりの時代でしたから、新しくて速くて便利で快適なものが最高とされていましたが、世の中が行きつくところまで行きついた感じがある現在では、古くて遅くて不便で大変な思いをするようなローカル線が、その価値をご理解いただける存在になっている。つまり、国民の文化度が成熟してきたと私は考えています。》

続いて、鉄道ジャーナル1982年5月号に掲載された、レイルウェイ・ライター種村直樹氏の「北陸 長距離客車ドン行523列車」の一節。

《鯖江でも14分停車。<しらさぎ5号>を見送るダイヤだが、冬季運休の空待ちとなる。たしか米原から乗っていた女の子の4人づれが退屈そうな顔もせず、ラジカセを響かせたり、おしゃべりをしている。大阪からの快速を乗り継いできた高校3年生で、卒業式を待つばかりの”お別れ旅行”。仲良し4人組が2人は進学、2人は就職と離れ離れになるので、福井にある一人の親類の家をベースに、永平寺を訪ねたりスキーに興じたりするのだという。こういうドン行に乗るのが一番ススんでいるんだよと賞めたのに、「そやろか。たんに経済的な理由やけどなあ」と首をかしげた》

鉄道ジャーナル記事 北陸長距離客車鈍行523列車

このルポは、種村氏の逝去から5ヶ月後に刊行された『鈍行最終気まぐれ列車 1970-80 懐かしの汽車旅へ 種村直樹傑作選』にも収録されているのですが、ぼくの記憶に焼き付いているのは鉄道ジャーナル掲載時の小見出しや写真を含めたページレイアウトであり、とりわけ「こういうドン行に乗るのが一番ススんでいるんだよ」の箇所です(いま書き写しながら「ススんでいる」なる表記はいかがなものかと思うのですが、当時ヤングだったボクはそこは引っかからなかったみたいで、いま書き写して初めて気づきました…と思いながら、気になって『鈍行最終気まぐれ列車 1970-80 懐かしの汽車旅へ 種村直樹傑作選』をチェックしてみたら、こちらは「すすんでいる」という表記になってました(p.236))。

そうなんだ、鈍行列車に乗るって、進んでいることなんだ…と、文字にするほどには明確には意識していなかっただろうと思いますが、おそらくはこれが自分の潜在意識の中に刷り込まれて、このルポから4年後、種村氏の事務所でアシスタントのバイトをすることになってからは、種村氏から、先進国では鉄道趣味が大人の文化になっている、ただそれは鉄道が概ね本来の役割を終えているからで日本はまだそうなっていない、みたいな話を、何度か聞かされました。それから四半世紀以上が過ぎてみれば、なるほど、この国でも、大人が「趣味は鉄道です」と堂々と言えるようになった反面、安定した大量輸送機関としての役割は限定的な範囲でしか果たせない鉄道路線が増えてしまいました。でも、趣味の対象として一つのジャンルを確立したということは、商売目線でいえば、確固たるマーケットが成立したということでもあるのだと思います。そこに、これからの鉄道の生き残りのヒントがあるのだろうと考えています。

種村氏が取材したとき、大阪から福井まで普通列車の旅をしていた女子高生も、現在では50歳を過ぎているはず。当時は経済的な理由だけと思っていた鈍行列車の旅は、今では、懐かしい思い出になっているかもしれません。そこから一歩進んで、楽しさを伴うもの、たまには乗ってみたい対象に変わっている…かどうかはわかりませんが、そうなっていればいいなあと思います。

ところで
『鈍行最終気まぐれ列車 1970-80 懐かしの汽車旅へ 種村直樹傑作選』の解説を書いている栗原景さん(栗原景クン)の新刊が出ました。札幌でも売っていたので、もう、全国的に配本されていることと思います。

 

旅と鉄道 | permalink | comments(1) | trackbacks(0) | - | -

この記事に対するコメント

遥かな汽車旅でしたかね。大学生だった種村先生が近所の大学教授の奥様に、東京まで安く行く方法として鈍行旅行を提案する話ありましたね。そんなことも思い出します。
こんびに | 2016/12/18 7:10 PM
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://work.kuma-i.com/trackback/1195184
この記事に対するトラックバック