熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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駅弁とノスタルジー

大館駅の名物駅弁「鶏めし」が北海道初上陸!

 

大館駅の駅弁 とりめし

 

といっても、もちろん、大館駅が北海道に移動してくることはあり得ないわけで、この「鶏めし」は、丸井今井札幌本店大通館9階催事場の第118回全国うまいもの大会で販売されていたものです。

 

熱烈なファンからは、製造元の花善さんがまた札幌で出展したくなるようにたくさん買おう!といった声も聞かれましたが、デパートの物産展で駅弁を買うことは、駅弁事業の継続にもつながるはずです。デパートの物産展で得られる収益が大きくなればなるほど、駅での販売は収支を気にせずに継続できるわけで、いまや駅で駅弁を買う人の数がそれほどいるとも思えないわけで、だから、駅弁の製造元の収益を下支えしている(であろう)物産展での駅弁販売で積極的な購買活動を行うことは、駅弁文化の維持への貢献にもなるはずです(という理屈を付けて、ぼくは、期間中に「鶏めし」を3回買いました)。

 

かように、ファン心理としては、旅にはやっぱり駅弁だよね!と言いたくなるのですが、実際に旅をするときに駅弁が必須かというと、かならずしもそうではない…というのは、かつての自分自身がそうだったからです。

 

『種村直樹の汽車旅相談室 PART3』は1988年11月刊。

 

本 種村直樹の汽車旅相談室3

 

これは、レイルウェイ・ライター種村直樹氏(2014年11月6日没)が、読者から寄せられた質問に対し一問一答形式で回答した雑誌連載を集めた本、なのですが、その中に、こんな質問が掲載されています。

 

《私は山陰地方を旅行するとき、大好きな「かにずし」を食べることにしていますが他の土地へ行くと食事に困ります。うまく駅弁が見つからないことも多く、一人でレストランや食堂にはいるのは、気が重いのです。1週間くらいの旅で、毎日うどんと駅弁1食ぐらいでもいいでしょうか。(大阪府豊中市・高校生・****)》

 

この質問については、種村氏の回答の後に、読者からのアドバイスとして、当時大学生だった(そして種村氏の事務所でアルバイトをしていた)ぼくのコメントが掲載されています。

 

《僕も一人で食堂にはいることはほとんどなく、そうかといって駅のそば、うどん、駅弁も食べません。駅そば、うどんではものたりないし、駅弁は高いからです。では、どうするかといえば、(1)キヨスクか駅近くの店でパンを買う、(2)"ほか弁"と呼ばれる持ち帰り弁当を利用、(3)コンビニエンスストア、スーパーの活用。400円前後で弁当を買え、パン、おにぎりなどの他、飲みものも豊富。/汽車に乗るばかりでは無理ですが、30分もちょっとした町を歩けば、こうした店を見つけることができるはずで、途中下車の楽しみのひとつです。鹿児島本線川尻駅で列車を待ったとき、なにもなさそうな駅周辺をぶらぶらするうち、朝7時から営業しているスーパーを発見、350円で弁当を買い、得したような気分になりました。それによって、川尻が都市部であることにも気づき、駅とかなり離れた道路を走る満員の熊本ゆきバスを見かけたり、面白かったですよ。いろいろためしてみてください》

 

川尻駅のくだりは、いま、この本を(かなりひさしぶりに)開いてみて、初めて知りました(^^;)。いや、知るも何も、自分が書いたはずなんだけど、川尻駅に下車した記憶すらない。こんなこと言ってるけど(嘘は書いてないんだろうけど)、30年近く経ったらぜんぜん覚えてないんだから、たいした発見じゃなかったのでしょうね(笑)。

 

でも、前段の、駅弁は高いから食べません、ほか弁で十分じゃないですか、というのは、この当時、ぼくがよく言っていたことで、「最近のヤングは駅弁は高い、ほか弁のほうが安くてよいと言うが」的な感じで、種村先生によくネタにされてました。当時、ワイド周遊券で貧乏旅行をしていた学生は、そんなことを考えていたのです(この頃は、まだ、コンビニはそれほど多くなく、文中での表記が「コンビニ」でなく「コンビニエンスストア」なのは「コンビニ」なる言葉が現在のようには一般的でなかったためと思われます<自分の感覚的にもそうです)。

 

それから30年近くが経って、現在は、利尻島や礼文島にも、コンビニがある時代です。ちょっとした食べものは、コンビニを探して買うのが、ごくごく、当たり前のことになっています。

 

そういう時代にあって、駅で駅弁を買ってもらうというのは、じつに大変なことだと思うのです。コンビニに行けば400円ぐらいでお弁当が買えてしかも温めてくれるのに、どうして駅で1000円近くも出して買うんだ、しかも冷たいじゃないか…いやいや、駅弁というのは冷めても美味しく食べられるように作っているんですよと説明したところで、買って食べるお弁当=レンジでチンで温かい、というものしか知らない人たちが増えてくれば、駅弁の常識は通じなくなってしまいます。

 

ファン心理としては「もっと駅弁を!」と言いたい。でも、現実には、相当に高いハードルがあるわけです。だから、安易に「駅弁をやめるとはけしからん」などと言ってはいかんと思うのです(<誰かがそう言っているとか、そういう意味ではないですので、誤解なきよう)。

 

でもでも、ハードルが高くなっているからこそ、ビジネス的には挑みがいがあるし、コンビニを競合だととらえれば厳しくなるけれど、同形態の事業者はいないのだと考えればブルーオーシャンでもあるわけです。現に、函館駅のように、販売会社が変わったことで活気づいた例もあります。

 

ノスタルジックに、自分の育ってきた時代の感覚で語るのはとても危険なことです、が、消えていったものの中にも、ヒントは隠れているはずです。

 

なによりいちばん大事なことは、それが駅弁であること、つまり、鉄道あってこその商品・サービスであることです。鉄道がなくなったら、**駅の名物駅弁は駅弁でなくなるわけで、デパートの物産展に出ていったところでブランド価値はものすごく落ちる。デパートの物産展の売上が(本来の本業であったはずの)駅での駅弁売りを支えていたっていいんです。むしろ、そういう形で、駅弁という文化が伝承されていくのであれば、それは(ビジネスとしてまわっているという意味で)とても望ましいことです。

 

鉄道の価値、鉄道の活かし方というのは、そういうことも含めて(そういうことだけではないですけど)論じていかねばならないのではないか…とか言うと、もうそんなこと言っても遅いんだよ!というツッコミが入りそうですけど、そういうのは、やめましょう。あきらめたら、終わりです。

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