熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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38年目の齟齬解消(改称)

このごろよく思うんですが、結局、ぼくの人生は鉄道旅行術時刻表2万キロによって作られているんじゃないか。この2冊に最長片道切符の旅を合わせた3冊は、ほとんど内容を記憶しているぐらいに、繰り返し読んでます(かつ、いずれも、同じ本なのに複数持っている<『鉄道旅行術』は自分自身が改訂作業に携わった時期があるので「著者謹呈」の分もありますが)。

このたび、岩国の友人を訪ねるにあたって、まず頭に浮かんだのも『時刻表2万キロ』の一節でした。
 山峡にはすでに夕暮が訪れていて、川面には靄が渡っている。山口県のこんな山奥で夕暮を迎えながら、きょうじゅうに東京に戻れるとは信じられない気がする。新幹線は魔法の杖だと思う。
 だが、このまま岩国まで行ったのでは、タクシーで新幹線の新岩国までとばしても、あるいは山陽本線で広島へ行っても、東京行最終の「ひかり」には間に合わない。唯一の方法は、岩国の三つ手前の御庄で降りて、新岩国駅へなんとかたどりつくしかない。国鉄から国鉄へ乗換えるのに、「たどりつく」というのは変だが、御庄と新岩国とは無関係だから、岩日線から新幹線に乗換えるためには、自分でたどってみなければならないのである。
(『時刻表2万キロ』第4章 美祢線・宇部線・小野田線・可部線・岩日線)

いつものことながら、こうやって書き写してみると、宮脇さんの文章はじつにうまい。薄っぺらな情報の提供ではなく、練りに練られた作品であるからこそ、何度読んでも飽きないし、ひとつひとつの言葉が脳裏に焼き付けられているのでしょう。

 

新岩国駅で下車。



ふたたび『時刻表2万キロ』の一節。
 山陽新幹線の建設ルートと駅の位置が発表されたとき、私はさっそく地図を参照して、岩日線と御庄で接続して横浜線の新横浜のような駅ができるのだな、と信じて疑わなかった。しかし山陽新幹線が開通しても御庄は新岩国とは改称されず、線路図でも両者は無関係なものとして表示されている。ほとんど同じ場所に駅があるのに、なぜ新横浜のような接続駅にしないのか国鉄のやりかたが腑に落ちなかった。ひょっとすると、新幹線と正式に結びつけてしまったら岩日線を廃線にしにくくなるからではないかと勘繰りもした。岩日線など雨で流されてしまえ、と思っているのかもしれない。
(『時刻表2万キロ』第4章 美祢線・宇部線・小野田線・可部線・岩日線)

宮脇さんが当地を訪れてからすでに40年近くが経過し、国鉄岩日線は錦川鉄道錦川清流線という第3セクター鉄道に変わりました。廃線こそ免れたものの、JR西日本からは切り離されたわけで、宮脇さんの文章はけだし慧眼といえるかもしれません。

新岩国駅の改札を出たところ。



みたび『時刻表2万キロ』から。
 御庄はローカル線らしい貧弱な無人駅で、砂利のホームを降りるとすぐ前に新幹線の高架があり、その左には長大な新岩国駅が偉容を見せていた。おなじ国鉄の駅でもずいぶんと格差がある。
 切符を渡しながら車掌にきくと、前方を指さして「あそこから」と言う。見るとホームの先端に頭のつかえそうな細い地下道があって、その入口に、この地下道を通って左へ行くと新岩国駅へ出られます、とペンキで書かれた札が、夕暮の淡い光でやっと読めた。国鉄の正規の案内標ではなく、親切な職員が書いたらしい字体であった。
 それに従って、薄暗くなってきた新幹線の高架下を一人で歩いて行くと、田圃のなかのホテルのような、まばゆい新岩国駅のコンコースの前に出た。
(『時刻表2万キロ』第4章 美祢線・宇部線・小野田線・可部線・岩日線)

どうですかお客さん。文学調でありながらも、風景が目に浮かぶような写実的な描写。この文章ゆえに、ぼくは、長年、御庄駅が気になっていたのでした。

2013年の新幹線の高架下。



頭のつかえそうな細い地下道の現在。



奥に見えるのが山陽新幹線の新岩国駅。



かくして、三十数年越しでの『時刻表2万キロ』の追体験を終えたのですが、御庄駅はなんとこの3月に清流新岩国駅に改称されるとのこと。「越前武生」「JR難波」的に「錦川清流線」の「清流」をかぶせた駅名はなんとも座りの悪い感じがするのですが、こういうのも、結局、慣れ、なのでしょうね。

昭和51年の宮脇さんが「ローカル線らしい貧弱な無人駅」と評した御庄駅は、たった一両のレールバスが行き来する現在にあっては、むしろ、無駄なほど大きな駅に見えてしまいます。



宮脇さんの文章を書き写しながらなんとなく感じていた違和感の正体が、この写真をあらためて眺めてみて、わかりました。宮脇さんは「ホームの先端」という表現を使っていますが、現在の御庄駅においては、岩国寄りのわずかなスペースしか使われていない(上の写真の屋根のある部分には列車は停車しない)から、「先端」や「末端」は事実上存在していないのでした。

ひと駅だけ乗って、川西駅で下車。



そして錦帯橋(周遊指定地)へ徒歩で向かったのでありました。




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