熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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定点観測的に

半年ぶりにJR仙石線の代行バスに乗ってきた(半年前=2011年6月17日=のことは以前に「津波被害で運休中のJR仙石線の代行バスに乗ってみた」に書きました)。

半年前との最大の違いは、不通区間が高城町〜矢本間に短縮されて、石巻側(矢本〜石巻間)にも列車が走っていること。本来は電車が走れるはずの区間であるが、気動車で運行されている。

石巻と仙台の間には高速バスが頻繁に運転されているから、こんな中途半端な(列車−代行バス−列車と2回の乗り換えがあるうえにものすごく時間がかかる)JRを使う人はそんなにいないのだろうと想像していたのだが、それはあまりにも旅行者的視点だった。石巻駅周辺に住んでいれば高速バスを使うことも可能だが、高速バスは石巻の中心部から少しはずれたJR駅(仙石線沿線の駅)は通らないから、やっぱり、JRがないと困る人はたくさんいるのだ。



今回は不通区間の途中で代行バスを降りることはせず、不通区間の様子はバスの窓から見ただけだが、半年前とは、ずいぶん違っていることが多かった。報道を見聞きしている限りだと、復興は着実に進んでいます、前に向かってがんばろう、という感じなのだが、行ってみると、かならずしも明るい気分にはなれない。

復興に向けて動きはじめるっていうのはこういうことなのかと理解するしかないし、こんなことで感傷的になるのはしょせん余所者の頭でしかないのかもしれないが、半年前には津波で破壊された家屋がたくさん建っていた場所(野蒜駅周辺など)が、ことごとく更地になっているのを見ると、あの住宅の持ち主はいまどうしているのだろう?と考えてしまう。

代行バスの区間以外でも、ずいぶんと更地が増えていた。見ようによっては「きれいになった」とも言えるのだが、また、復興のためには避けて通れない道ではあるのだが、すんなり受け入れられるものでもない。

野蒜駅の駅舎(内部は津波で破壊されたが建物は残っている)には、半年前にはなかった「ボランティアのみなさんありがとう」という横断幕が掲げられていた。この半年の間に、そうしたことを考えるぐらいの余裕はできたのだ。

その一方、代行バスの野蒜駅バス停には「仙石線の早期復旧を現ルートで!」と書かれた幟が立っていた。仙石線のうち、線路がすべて津波で持っていかれてしまった東名駅や、駅舎が破壊された野蒜駅を含む区間は、海岸線から離れた別ルートに線路を移すことも検討されているとの報道があり(現時点では復旧計画そのものがまったくの未定)、私もそりゃそうだろうなと思っていたのだが、現地に来てみれば、そんな簡単な話ではないのだ。

いずれにしても、津波にやられた民家がほとんど手付かずで立ち並んでいた頃と比べれば、半年の間に別のステージに入っていることはよくわかったが、そのプロセスにおいては、計画を立案して粛々と実行していくというほど生易しいものではないことも、あらためて(ほんの少しだけとはいえ)現地に来てみて、よくわかった。

石巻の市内も歩いてみた。

被災風景を被写体にするのは撮られている側からしたらどうなんだろうか?と思って、今回はいっさい写真を撮らないつもりだったのだが、これはひどいと思ったのと、周辺に人がいなかったので(それならまあいいかと思って…というのは本当は理屈が通ってないのではあるが)、旧北上川にかかる橋(石ノ森萬画館)まで来たところで、シャッターを押した。


(2011年12月16日撮影)

橋の欄干は、いまだに崩れたままだ。

石巻駅からここに至るまでのわずかな間でも、歩道はひび割れたまま、崩れかかった家屋はそのまま、信号が消えたままの箇所もある、といった具合で、更地が増えたり重機が建物を壊している場所が目立ったりといった動きはあるものの、余所者の目からみれば、まだまだ震災直後みたいな風景ばかりである。



受けた感覚は、現地から遠く離れた場所で見聞きしてきた情報を元に想像していたもの(もしかすると想像することすら忘れていたようなこと)とは、かなり違う。それはべつにマスコミ批判とかではなく、取材者とメディアのフィルターを通して接する情報ゆえの限界であり、仕方のないことなのだと思う。だから、できる限り〜というのはきれいごとになってしまうかもしれないが〜、現地のことを忘れないように、今後も、機会を見つけて足を運んでいきたいと思う。

ところで、今回は、JR東北本線の小牛田駅からJR石巻線で石巻に入った。鉄道趣味の言葉を使うと、前谷地〜石巻間を初乗りしたことになる。石巻線の残り区間(石巻〜女川)にはまだ乗ったことがないのだが、現在は不通(バス代行)だから乗りようがない。

今のところ、私は全線完乗を目指すつもりはないから、これはこれでかまわないのだが、そのうち気が変わったときには、故・宮脇俊三氏が最後に会津田島〜会津滝ノ原や足尾〜間藤の一駅間1.3キロだけを乗りに行かねばならなくなったようなことになるのかと、ちょっとだけ、気にはなっている。



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