熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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あれから40年!(+4年)

古い段ボールの中に隠れて想い出がいっぱい。

観光地のメダル オモテ面

裏には日付が刻印されてます。交通博物館のは昭和48年こどもの日、日光(表が華厳の滝で裏が陽明門)は昭和50年の夏休み、横浜マリンタワーは昭和51年の春休み。

観光地のメダル ウラ面

箱根の関所のメダルに入っている「S・50・4・6」の前日は、新宿10時ちょうど発の小田急ロマンスカー「第11はこね」に乗りました。

小田急ロマンスカーの特急券と記念写真

箱根といえば登山電車。

電車の窓から顔を出す

あれから40年と4年!

列車の窓越しの表情

窓が開く列車は、少なくなりました。

窓を開けて顔を出す

やっぱり、窓の開く列車はいいなあ。

(「北の国から」第17回=初回放送1982年2月5日=から)
窓から身を乗り出して手を振る
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出てきた出てきた貯金通帳

山親爺の缶の中から、30年以上前の郵便貯金通帳を発見。

郵便局名のスタンプが押された貯金通帳

実業之日本社『種村直樹の汽車旅事典』1987年には「旅行貯金」という項目があり《郵便貯金通帳を用意して、旅先の郵便局で少しずつ貯金、通帳にゴム印を押してもらい記念にする楽しみ。》と説明されています。

その『種村直樹の汽車旅事典』が刊行された頃にレイルウェイ・ライター種村直樹事務所でアルバイトをしていたぼくは、当時、当然のように、旅行貯金をやってました。それが、上の通帳です。

その後、就職してから、ああ、なるほど、この趣味もまた「フリーの特権」(当時の種村先生の口癖の一つ)なんだなと気づいた=郵便局で貯金してハンコを押してもらえるのは平日の昼間に限られる=のと、都市銀行直系の会社にいるやつが郵貯の残高増に貢献するのはいかがなものかという妙な職業意識が働いたこともあり、ぼくの旅行貯金熱は自然消滅したのですが、この当時は、こんなふうに、旅先で郵便局を見つけると、100円を貯金して、局名の入ったゴム印を押してもらってました。

郵便局の名前がずらずらっと並ぶ中で、下のほうにある「船泊郵便局」は礼文島の船泊地区にある郵便局で、今でも年に数回は前を通る郵便局ですが、このときは「こんなところもう二度と来ないんだろうな」と思っていたのでしょう。

さらに下のほうにある沼ノ端、留辺蘂、丸瀬布、夕張本町は、種村先生と一緒に訪問した郵便局です(この旅のことは種村直樹『気まぐれ列車に御招待』(実業之日本社,1989年刊)に書いてあります)。郵便局にご一緒したことは、いまこれを見ても明確には思い出せなくて、留辺蘂に至っては下車したことすら思い出せないんですが、逆に、丸瀬布の駅前の薄暗い食堂だか居酒屋だかみたいなお店のことは、写真すら残っていないのに風景を脳内に再現できるぐらいに記憶が鮮明だったりするのが不思議です。

写真と乗車証明書

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礼文からの手紙

礼文島民宿海憧からステッカーが届きました。

切手と礼文香深の消印

ぎりぎり貼れるだけのスペースはある。

パソコンにステッカー

ステッカーの上の部分に描かれているのは、民宿海憧の前に見える風景。

ステッカーに描かれたトド島と夕日

実際の風景。

トド島の脇に沈む夕日

地図を見ていただくとわかるのですが、礼文島の北側、スコトン岬の先には「海驢島(海馬島、トド島)」という無人島があって、さらにその南西には岩礁(グーグルマップの表記では「タタキ島」、Yahoo!地図では表示されない)があります。上の写真で夕日が沈んでいるのは、その間です。上の写真をよく見ると、右側の島(トド島)の上に何か立っているのがわかりますが、これは灯台です。

礼文島は全域が礼文町で、その礼文町からは《今は、断腸の思いで島外の皆様には「どうか、礼文島には来ないでください!」と言わざるを得ません。この先の状況を見通すことはできませんが、5月31日(日)までは、引き続き来島の自粛をお願いいたします》というメッセージが発信されておりますので、当面は行くことはできませんが、旅行解禁となった折には、ぜひ、礼文島民宿海憧をのご利用をお願いします。なお、当面は、一部屋に多人数で宿泊することが難しいと思われるため(感染拡大防止のため)、大人数で行くのは避けていただいたほうがよろしいかと思います。

ちなみに、隣の利尻島は、行政区分でいうと、利尻町と利尻富士町の2町に分かれていて、正式な表記の順番(国=総務省の定める市区町村コード番号順)でいうと、礼文町・利尻町・利尻富士町の順番になります(その割に国立公園の名称が「利尻礼文サロベツ国立公園」なのはなぜなのか?は長年の疑問だったりするのですが〜昔から「利尻礼文」または「利礼」だったのはわかるのですが、利尻礼文サロベツ国立公園の制定は市区町村コードの制定より後なんですよね)。

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銚子からの手紙

雨の日曜日、銚子電鉄から荷物が到着。

荷物の箱

お手紙付き。

手紙とグッズ

この度は弊社商品をご購入いただき厚く御礼申し上げます。
昨秋の台風襲来以降、厳しい経営状況が続いておりましたが、追い打ちをかけるようにコロナ禍に見舞われ、かつてない程の苦境に直面しております。
こうした折、オンラインショップを通じての温かいご支援を賜り、心より感謝申し上げます。
厳しい環境下ではありますが鉄道の灯を守るべく力を尽くしてまいります。
今後共、何卒よろしくお願い申し上げます。

銚子電気鉄道株式会社
代表取締役 竹本勝紀


中学高校時代に「利根川歩行」という名の、中学1年から高校3年までの6年間かけて利根川の上流から下流に向けて歩いていく学校行事がありました。ゴールは利根川の河口、銚子。それがぼくにとっての初めての銚子でした。そのときは学校行事だったからバスで学校に戻ったはずで、銚子電鉄に乗ったのは、平成になってからです。

また、行かなきゃいけないところが増えました。
いつか再訪できるよう、もっともっと、頑張って働きます。

銚子電鉄のぬれ煎餅オンラインショップ
 

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礼文島 民宿海憧がネットショップを開設

長年にわたりお世話になっている礼文島の民宿海憧が、ネット通販を始めました。

通販サイトのページ→KAIDO shop

本来であれば礼文島はそろそろ観光シーズンに入る時期。でも、行政(国や道や町)が「離島には行かないでほしい、来ないでほしい」と言っている中ではお客さんを呼べない(呼んでも来ない)から、当面は休業するしかない。休業してもやることがないから、その時間を使ってネットショップを開いた、ということらしい。

初めて民宿海憧を訪れたのは33年前(当時は礼文島船泊ユースホステル)
船泊ユースホステルの建物

'87ユースホステルハンドブックの礼文島船泊YHの紹介ページ
船泊ユースホステルの説明文

長い付き合いだにゃー
猫と船泊湾

ただでさえ観光シーズンが短い礼文島にあって、その観光シーズンに島外との間の人の往来を止められていることはやるせないとしか言いようがないのですが、廃業を選択しても仕方ない中にあっても、ネット通販を始めるなど少しでも前に進もうとしている礼文島 民宿海憧を応援していただけますよう、長年の常連客の一人として、みなさまにお願い申し上げます。

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