熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
<< December 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

使えないのか、使わないのか

先週末の北海道コンサドーレ札幌の今季最終戦で、スポンサーのトーホウリゾートさんからタオルをいただきました。



以前であればこういうものはきれいに取っておいたのですが、最近は、そんなことしてコレクションしているとキリがないことに(長く生きてきた末にようやく)気づき、実用品は使う、実用的でない品はさっさと処分することにしてます。今回のタオルも、元の形を残したままコレクションしておこうなんて思わなくなるように、さっさと開封して、外側の包装紙は処分しました。



これ、べつに、タオルマフラーとか、応援グッズの類ではなく、普通のタオルです。赤いのがインパクトありますが、普通に、お風呂で使うタオルです。猪木を演じるには少し短い、普通のタオルです。

しかし、だ。



タオルの入っている場所の底のほうには、こういうふうに、使っていないタオルが、結構、あるわけですよ。礼文島の民宿海憧の部屋に置いてある浴衣は着たことないんだけど(もうユースホステルから民宿になって20年以上も経っているのにボクの頭の中ではいまだユースのままだから備え付けの浴衣を着るとかバスタオルを使うとかってのがすごくヘンな感じがして使えないのだ)、タオルは、たまに、使います。しかし、これは、どう見ても、使ってない。

全日本玉入れ選手権のタオル。



全日本玉入れ選手権に出たのって、いつの話だよ?10年か、いや、もっと前か。ただ、これは、一度ぐらいは洗濯したと思われる形跡があります。新品にしては、少し、ごわごわ感があります。

天塩川温泉のタオル。未使用っぽい。



天塩川温泉に泊まったのは、もう、20年ぐらい前です。

さらに遡ること10年、これは30年前のものと思われるタオル。



ビニール袋に封をしているセロテープが茶色く変色してます。



もっとも、この「さよなら名寄線」のタオルは、実用品ではなく、どちらかといえば、記念品、でしょう。コンサドーレの赤いタオルも、民宿海憧のタオルも、全日本玉入れ選手権のピンクのタオルも、住民保養センター天塩川温泉のタオルも、すべて、参加するなり泊まるなりしてタダでもらったものですが、これだけは、買ったものです。どうしてこんなの買ったんでしょうかね?と、いまのボクは思いますけど(今だったらこれ売ってても買わないと思う)、当時は、ほしかったんでしょうね。

旅と鉄道 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

2020年1月18日開催「JR宗谷本線の未来を語る座談会」

来月(2020年1月)18日の土曜日、音威子府村で、「JR宗谷本線の未来を語る座談会」が開催されます(詳しくは音威子府村ホームページをご覧ください)。

当日のプログラムは、今のところ、3本立てで予定されています。まず、9時30分から、今年夏に運行された「風っこそうや」の歓迎おもてなしを実施した方々による振り返り会議「風っこそうやミーティング」。続いて、10時30分から「汽車旅を味わう、食のミニ祭典in音威子府」。ここでお腹を満たしたら、13時からは「JR宗谷本線の未来を語る座談会」 。進行は、ぼくが務めます。

みなさまのご来場をお待ちしております。

 

旅と鉄道 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

2019年7月6日 函館へ

しばらくぶりの、少し早めに(でもないか、もう)2019年を振り返るブログ積み残しネタシリーズ。

今年は(今年も)函館と札幌と稚内と網走でフルマラソンを走り、そのうち、稚内と網走は飛行機で往復しましたが、函館は、列車で行きました。

函館へ向かう列車の中で、やまべ鮭寿し。



函館駅のホームから見える、ともえ大橋。



函館マラソンでは、30kmを過ぎてから、この橋を往復します。片道だけでも大変なのに、往復です。復路に至っては、42.195kmの残り5kmまで来てから、ですから。しかも、何度も書いてますけど、往路はこれを渡る前、復路はこれを渡りきった後に、もうひとつ、線路を越える橋を上り下りしなきゃいけないんですから、このコースは、やはり、おかしい(笑)。

でも、この橋の上から見える函館港の眺めは、素晴らしいです。

函館はナンバーカード(ゼッケン)は事前に郵送されてきていて、参加賞も引き換えは当日でもOKだから、前日に会場に行く必要はないのですが、時間があったので、千代台まで行って、もらってきました。



函館駅から千代台へは、たまたま、箱館ハイカラ號。



千代台からの帰りの電車は、女性の運転士さん。




矢野直美さんの『ダイヤに輝く鉄おとめ』によると、函館市電の女性運転士採用は2005年から始まっているとのこと。ずいぶん前からやってるんですね。もう、完全に、定着してるんだな。

この日の最後の写真のタイムスタンプは、22時15分。



翌日にフルマラソンを走る人が、こんな時間までやきとり屋さんにいたら、ダメでしょ(笑)。函館マラソンは地元色あふれる給食が特徴の一つなのに、翌日、走っているとき、お腹がいっぱいで、最後のほうはもう食べものいらないってぐらいに、ちょっと、気持ち悪かった(<おいおい!)。もっとひどかったのは9月のオホーツク網走マラソンで、大会前日、地元在住の若い友人たちに勧められるまま、食べすぎたもので(食べすぎ=美味しかったということです)、網走は、エイドの給食、ほとんど取ってないです。

今年はフルマラソン8回走りましたが、いまだに、前日の夜と当日の朝は何を食べればよいのか、どういうふうに過ごすのがベストなのか、わかりません。前日にあれだけ動いて夜遅くにようやく現地に入った金沢マラソンがPB更新なのですから、ぼくのようなレベル、かつ、給食の出る大会であれば、その辺は神経質にならずに、自然体で過ごせばよいのではないかと思い始めています(ただし北海道マラソンは別だ<ぼくみたいな遅いランナーだと給食残ってないですから)。

来年の函館マラソンは7月5日開催。申込開始は2月中旬だそうです。

矢野 直美
ジェイティビィパブリッシング
¥ 1,738
(2010-02-27)

旅と鉄道 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

来年のカレンダー

年末恒例、広島電鉄のカレンダーが送られてきました。



こんな袋も付いてました。



今年は、あと、残り1枚。



毎年、ありがとうございます。

そういえば、しばらく、広島、行ってないですね。今年は、すっかり、マラソン中心生活になってるからなあ。
旅と鉄道 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

室蘭本線の夢

11月30日の室蘭本線(苫小牧〜岩見沢)の観光列車について、鳥塚さんがブログで「まるで夢見心地だった」と書いていますが(鉄道で夢を見る。2019年12月2日)、鳥塚さんの現職は、えちごトキめき鉄道の社長です。新潟県のみなさまの中には、北海道のことも室蘭本線のこともいいけれど、トキ鉄は大丈夫なのか?と心配な方もいらっしゃるかもしれません。

でも、新潟県のみなさま、ご安心ください。あの晩、苫小牧の居酒屋さんで、鳥塚さんは、トキ鉄がいかにおもしろいか、トキ鉄をこれからどうしていくかという話を、熱く語っていました。トキ鉄は、これから、どんどんおもしろくなります。鉄道ファン的におもしろくなるというよりも、地域にとって必要な、地域に暮らす人々を幸せにする鉄道になっていくはずです。

それはそれとして、たしかに、あの日、鳥塚さんは、いつになく、嬉しそうでした。乾杯の音頭をお願いしたら「今日は、私の45年越しの夢を叶えていただいて、ありがとうございました!」と、お礼を述べられたのでした。



でも、新潟県のみなさま、安心してください。鳥塚さんは、翌朝には戻らねばならないからと、札幌でもう一献を目論むわれわれを横目に、千歳で下車して、千歳のホテルへと向かったのでした。



そんな鳥塚さんを熱くさせる室蘭本線、そして蒸気機関車の記憶、というのが、正直なところ、ついこの間まで、ぼくには、ピンとこないままでした、が。



日本交通公社の月刊誌「旅」の1975(昭和50)年8月臨時増刊、「この夏 北海道で最後のSLにあおう」。あるところで発見し、いまやってる仕事の役に立つかもしれないと思って、元の持ち主の方に「これもらっていいですか?」とお断りして、持って帰ってきたのですが、ページをめくるうちに、資料としての価値などどうでもよくなるほどに、当時の熱が伝わってきます。

誌面に、不思議な迫力があるのです。

当時の北海道は、今よりも、ずっとずっと、遠い場所でした。この本の中に「SL撮影のためのモデルコース・ガイド」というページがあるのですが、その書き出しは「金銭的には余裕があるのだが時間がない、という方なら、やはり飛行機を利用するのが一番です」。今なら、北海道へ行こう!というときに、わざわざ「飛行機を利用するのが一番」などとは、書きませんよね。

北海道へはそうそう行けるわけではない、そんな北海道へ行く以上は、やれることはすべてやろう!とばかりに、この本の中には、これでもかというほどの文字情報が詰め込まれています。巻末には、SLが走る区間の沿線の路線バスの時刻表も載ってます。作り手の熱い想いが伝わってくるとともに、この本を手にした読者が時刻表とにらめっこしていた光景すら想像できます。

そして、この一冊に息吹を与えているのが、巻頭のカラー写真です。見出しの「最新特写カラー」なる表現が時代を感じさせますが、これがとにかく素晴らしい。



最初のページの撮影場所は、岩見沢構内。これに続いて、岩見沢操車場、志文−栗沢、栗丘−栗山、三川−追分、追分−安平、遠浅−沼ノ端といった、つまりは、現在は普通列車が細々と走るだけの地味な、室蘭本線の岩見沢−苫小牧間の写真が、なんと、30ページ以上も続いているのです。

だから、鳥塚さんや、あの世代の方々は、岩見沢へ行くたびに「ここから志文まではこっちに線路があって」と言い出したり、栗山、由仁、古山、三川、追分…などと、駅名を諳んじることができたりするのですね。本当に、聖地、憧れの地だったのだなあということが、この(とても状態のいい)古い雑誌を見ていると、とてもよく、わかります。

じつは、ぼくは、今回、こういう形で関わることになるまで、室蘭本線の沼ノ端〜志文間は、はたして乗ったことがあるのかどうか、わかっていませんでした。かつて走っていた万字線(1985=昭和60=年廃止)には乗ったことがあるから、岩見沢〜志文は間違いなく乗っているのですが、そこから先は、乗ったかどうか…というぐらいに、ぼくが初めて北海道を訪れた1982(昭和57)年当時でも、もう、室蘭本線のこの区間は、これといった魅力のない、わざわざ乗りに行こうとは思わない区間になっていました。

苫小牧(沼ノ端)〜岩見沢間は、両端が別の路線に繋がっていて、しかも、どちらも特急列車が行き来する駅なのだから、乗りやすかったはずなんですけどね。湧網線や羽幌線、3セクになる前の池北線ですら乗っているというのに、ここは、乗ったかどうか自信がなかった。

そりゃ、ここで観光列車といっても、何がなんだか、わかんないですよね。地味だもの。普通列車しか走ってないし、観光地というわけでもないし。

でも、ここは、45年越しの夢が叶う場所なんです。

そんなのは個人的な話だろうって?いやいや、「旅」1975年8月臨時増刊をみれば、そういう個人的な思い出を抱いた人が、全国に、山ほどいることがわかります。ここは、大勢の人々の夢が行き来する場所、いわば、シルクロードであり、熊野古道みたいなものです。そう思うと、室蘭本線が、輝いて見えてきませんか?

夢を見ましょう。いつでも夢を。

旅と鉄道 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -