熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
<< December 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

今年も出ました!『あまりに細かすぎる箱根駅伝ガイド!2020』

ふらっと立ち寄ったジュンク堂の地下2階で発見!



表紙の文字をそのまま書き写すと「さらなる細かさを求める日本全国の箱根駅伝マニアに捧ぐ EKIDEN NEWS の あまりに細かすぎる箱根駅伝ガイド!2020」。表紙をめくると、例によって小さな文字がびっしり書かれたページがあって、見出しにいわく「さらに細かくなった3年目」。本文にいわく《ありがたいことに今年も出すことになりました。細かいリニューアルポイントはたくさんあるのですが、大きな改定としては、大手町だけでなく、各中継所の地図を加え、さらに監督から選手へ最後の檄が飛ぶポイントにもマッピング。もちろん用語集も2020年度版に改定します》とのこと。

かつては世界最強タッグが始まってオリンピアが流れるようになると年の瀬を感じたものですが(その「かつて」って30年以上前だろ!)、そのうち、この本を見かけると「ああ、今年も終わりだなあ」と思うようになる日が来るのか来ないのか。
 

読書 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

『50歳ゼロからの世界挑戦 MINDSET』



「あとがき」から:
《私と同世代であれば20代、30代のような無謀な挑戦は今後できないかもしれません。己の経験を駆使した40代のような挑戦も難しいでしょう。でも、50歳なりの戦い方、挑み方というのが見つかるはずです。常に心のセッティングをして、いくつになってもあなたらしい挑戦を続けてください。「楽しむ勇気」を持って、人生最期の瞬間まで楽しんでください。》

というわけで、20代、30代、あるいは40代になったばかり、のような方には、わかりづらい内容かもしれません。文章は平易ですし、トレイルランニングの日本国内における第一人者である著者の鏑木毅さんは、トレイルランニングとはいかなるものかを、実体験に即して記していますから、その意味ではとてもわかりやすい本なのですが、肉体の衰えを感じることがない年齢では、ここに書かれていることを理解するのは難しいかもしれない。

この本の全体を貫いているのは、著者のやさしさ、諦めない気持ちです。ただ闇雲に前に進むのではなく、ときに弱音を吐き、周囲に当たり散らすといったみっともない部分も、正直に、書かれている。だけど、著者は、どこまでも、やさしいのです。だから、そうしたイヤな部分を読んでもイヤな気分になることなく、最後まで一気に読み進めることができる。

巻頭のカラー写真=世界最高峰のトレイルランニングレースであるUTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)の様子=も美しく、こういう本を手にすると、やっぱり、電子書籍じゃなくて紙の本だな、と思います。
 
読書 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

『ふしぎな鉄道路線 「戦争」と「地形」で解きほぐす』



少し上の世代の鉄道ファンの方とお話したときに、「鉄道は地域の発展に貢献してきている一方で、戦争とも切り離せないものだった」と言われたのがずっと頭に引っかかっていました。

ぼくが子どもの頃から20代半ばまで暮らした家の裏は空き地でしたが、そこには太平洋戦争中のわずかな期間だけ線路が敷かれていたらしく(これは廃線跡探訪みたいな本を見てもほとんど出てこない話でそこに実際に列車が走っていたというのはぼくは自分の父の話以外には見聞きしたことがない)、父が言うには、戦争中だったから何を運んでいたかはわからなかったとのことなのですが、とにかく、そこに線路が一時的に敷かれたのは、戦争があったからです。

ぼくは自分の年齢の割に両親が年を取っていたので戦争中の話もわりと身近に感じていたのですが、学校教育的にいうと総じて戦争のことを語るのはタブーだったような空気もあり(もちろん戦争はよくないことだというのは徹底的に教育されてきましたから領土を戦争で返してもらえばいいなんて発想は理解不能ですが)、そこに鉄道が絡んでいるというのは、頭ではわかっていても、いまひとつ、実感できないまま、50歳を過ぎてしまいました。

そこで出会ったこの本は、とても、よい本でした。

鉄道路線、戦争、地形とくると、敵軍の攻撃を避けるために線路を海岸から遠ざけて敷いた、という話がすぐに頭に浮かぶのですが、なぜそこまで鉄道が攻撃されることにこだわったのか?というと、鉄道は、兵員輸送に最大の威力を発揮する道具であったからです。この本、タイトルが「ふしぎな」と妙に柔らかいのですが、その辺の記述は、骨太です(こういう内容が新書で読めるのはありがたい)。そこを「戦争と鉄道」だの「軍隊と鉄道」だのと、軍隊側から語ると、政治色が出かねないのですが(書いているほうがそれを意識していなくともそうなりかねないのですが)、この本は、あくまでも鉄道側から描いているので、そうしたむず痒さはありません。

そもそも、戦争というと、ぼくなんかは戦争=太平洋戦争だったりするわけですが(これは確実に自分が受けてきた教育の影響だ)、日本にはその前に日清戦争や日露戦争があって、この本の中で描かれている戦争は、主として、日清戦争や日露戦争です。この本では、その頃の国際情勢、日本国内の雰囲気を背景にした鉄道の位置づけといったことが、一次資料をふんだんに使って説明されています。

目次
第一章 西南戦争と両京幹線
第二章 海岸線問題と奥羽の鉄道
第三章 軍港と短距離路線
第四章 陸軍用地と都心延伸
第五章 日清戦争と山陽鉄道
第六章 日露戦争と仮線路
第七章 鉄道聯隊と演習線
第八章 総力戦と鉄道構想

第七章は、鉄道ファンの方ならすぐに想像がつく通り、新京成線の話です。ああ、それは有名な話だよねと思いながら読み進めていくと《俗説では、鉄道聯隊の演習目的でわざとカーブを多くしたとされている。だが、》と、有名な話を「俗説」としています(「だが」に続く部分は、本を買って読んでください)。

とても勉強になりました。おすすめします。

(ただし、Kindle版は、あまりおすすめできないです〜図表の文字が小さくて=大きくする方法あるのかな?=Kindle側のフォントを拡大しても、地図のところだけは拡大できず、厳しかったです〜なので、紙の本を買うことをおすすめします)

 

読書 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

『走る奴なんて馬鹿だと思ってた』

電子版を買って、函館マラソンへ向かう特急列車の車内で読みました。



「はじめに」から:
《本文で詳しく語っていますが、私は10代から30年以上、運動と名づくものはいっさい拒否、169センチ・52キロというガリガリ虚弱体質で、完全文化系夜型生活を送ってきました。40歳のとき禁煙したら、今度はたった1カ月で16キロ激太り。(中略)そんな私が、なぜ45歳のときに、意を決して走り始めたのか。最初は50メートルで足がもつれた軟弱ボディは、なぜ走ることに「はまった」のか。そしていつ、10キロ以上を平気で走れるようになったのか。そして挑んだフルマラソン。その結果は?というのが、おおよその本書の内容です。》

どうですか。読みたくなってくるでしょ?

ところが、この本、ランニングの入門書としては、まったくといっていいほど、役に立たないんです(笑)。著者がやっていることは、メチャクチャなのです。なにしろ、走ろうと決意をした日から、一日も休まず、走り続けているのです。それも、最初こそ歩くのと変わらないようなペースであるものの、すぐに、かなりのスピードを出して走るようになっているのです。

そんなに急にやったら怪我するだろうと心配しながら読み進めると、実際に、怪我するんですね、これが。でも、やめないんだ。これは、普通の人は、やっちゃダメです。でも、なるほど、ここまでやるともともと運動してなくてもすぐにこのレベルまで達するんだというのがわかる、というのは、おもしろい。

それにしても、著者は、なぜ、そこまで「はまった」のか?

《走る人のタイプもそれぞれだろうが、きっと私は向いていた、のだと思う。一人でいることが苦にならない。目標を立てて、黙々とそれを遂行できる。コンプリート癖、マニア癖がある。(中略)まあ簡単に言うと、団体行動が嫌いなマニアは、意外にランニングに向いていた、ということになる。(中略)フィジカルな問題よりも、マニア体質に直結しているような気がする。体が欲して走るよりも、ラン用アプリの結果を見るのが楽しみで走るという、健康的な本末転倒ぶり。》

コンプリート癖、マニア癖。

もちろん、ぼくは、よくわかります(笑)。

そういうことなんです。ぼくが今年の冬から早春にかけてやたら走ってたのも、去年の作.AC真駒内マラソンでもらったランニングノートに走行距離を書いていく(そして月間累計で何キロとかわかる)のが楽しみだったからです。

この本の中に、著者がだんだん走れるようになってきて、走るコースを作るべくパソコンに向かって地図を眺めているうちコースづくりのほうが楽しくなってきて時間を忘れる、といった話が出てくるのですが、これ、まさに、自分が経験してきたこと。

ぼくのまわりでは、北海道マラソン(あちこち大会に出るようになってから全国的にみるとじつはすごく厳しい大会だと知ったのですがぼくはもともとこれしか知らなかったからフルマラソンというのはこういうものだと思っていた)を一度完走したら「もうこんなに苦しいことはやりたくない」と翌年からは出なくなる人も少なくないのですが、ぼくは、一度完走したら、もっともっとやりたくなっちゃって、あちこち遠征してたくさん大会に出るようになっちゃったわけですが(さすがに今年はやりすぎのような気がしているので来年は少し数を絞るかもしれない)、言われてみれば、これも、一種のコンプリート癖、マニア癖。

正統派のマラソン入門書としてはアウトでしょうけど(そもそもこの本は入門書ではないのだが)、同じようなコンプリート癖、マニア癖のあるぼくにとっては、役に立つこともいろいろ書いてあります。なにより、単純に、おもしろいです。
 

読書 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

「最初から自分たちのプライドをチラつかせられたら、誰も応援しようとは思わない」

2019年4月30日第一刷発行。



きわめて個人的なことなのであまり口外してませんが、この半年ばかりの間にいろんなことがありすぎて、ようやく、ただ楽しむだけのための短い旅に出ることができるようになったときに、しかし、そういう状況は本当にしばらくぶりだったから、旅の作法をすっかり忘れていて、移動中に読むものを持ってこなかったことに札幌駅で気づき、札幌駅の駅ビルの本屋さんに入って、限られた時間でとりあえず何か買おう…という中で買ったのが、この文庫本でした。

結局、その旅の中では最初の「文庫版のためのまえがき」すら読まなかったんだけど、帰ってきてからちょっとだけ読んだら、おもしろくておもしろくて、しかし日常のあれこれの中では一気に読むわけにもいかず、寝床でちまちまと読んでたんですけど(寝床でiPhoneいじってるよりはいいでしょ)、ついに、昨日、コンサドーレの試合から帰った後、ほかにもやることあるんだけどなあと思いつつ、最後まで一気読みしてしまいました。

プロレスの本じゃないんです。

どっちかというと、ビジネスの本、生き方の本、それも薄っぺらな教訓めいた言葉を並べただけの本とは段違いの迫力を持ったノンフィクション、だと思うんです。ぼくは、こういう本、大好きです。

いちばん印象に残ったのは、これです。

《マスコミの前でははっきりと口にしないものの、新団体を作った選手たちの本音は「大仁田レベルで成功するなら、元より格上の俺が失敗するはずがない」であり、「サスケみたいな若僧の無名レスラーが認められるなら、俺だって大丈夫だろ」だった。(中略)しかし、大仁田がファンから支持されたのは、ちっぽけなネームバリューは利用しつつも、過去の栄光をバッサリと捨て去り、本来ならかっこ悪くてとてもできないと思うほどの恥を前面に曝け出すことで共感を得たから。最初から自分たちのプライドをチラつかせられたら、誰も応援しようとは思わない。》

すべての原点は、こういうことなのですよ。「本来ならかっこ悪くてとてもできないと思うほどの」ことを、恥ずかしげもなくできるのかどうか。目指すところ、手に入れたいものがはっきりしていれば、できるはずなんだ。自分にとって何がいちばん大事なのか。本当にそれを手に入れたいのであれば、他人にどう思われようが、そんなの関係ないですから。

《「うるせぇな!なんで君を介して話をしなくちゃいけないの?だったら、俺の回答を伝えておいてよ。そんなに邪魔だったら、お望み通り、消えてやるよ。週プロ辞めてやるよ!」それまで週プロを辞めるつもりなんて、まったくなかった。(中略)実際のところ、本当に辞めたかったわけではない。(中略)人間とは不思議なもので、一度、口に出してしまった思いは、どんどん肥大化してくる。ただでさえ割が合わない過酷な仕事。それを雑誌に対する愛、そして自分が働かないと週プロが出ないという責任感だけでこなしてきた。気力だけで働いてきた。しかし、その気持ちが音を立てて折れてしまったら、これまで喜びだった忙しさは、単なる苦痛でしかなくなってしまう。たったそれだけの理由で?そう、それだけの理由だった。》

そうなのだ。本気でないことでも、言葉にしてしまうと、それが現実になっていってしまうのだ。だからキミは本心でもないこと、さほど強く思ってもいないことを口にしたりこういうところに書いたりしてはいかんのだ!と、最近、反省するようになりました。言葉って恐ろしい力を持ってるんですよね(だからオレは今はツイッターはやらないのだ<あれはホントに怖いよ)。

《周囲のサポートもあって健康を取り戻した僕は「死」というものを強烈に意識するようになった。週プロ時代は「明日、死んでもいい」と思っていたが、いまはそんなことは考えてもいない。もちろん、長生きはしたい。ただ、人はいつ死んでしまうかわからない。だったら、やりたいと思っていた仕事を全部やろう。》

そうだね。人はいつ死んでしまうかわからない。そんなことは、若いときは考えたこともなかったけど、最近は、やっぱり、考えますよ、そういうことを。だからやりたいことを云々、というのは、これも若いときだったら、刹那的な快楽に走ったりしそうなんだけど、もう、50年以上も生きてますからね。わかりますよ。そういうことじゃないんだよな。

 
読書 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -