熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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北海道へ行こう

観光客が消えました。



新聞記事にもなってますが



歩いていれば、実感として、わかります。一昨日は札幌市内中心部を、昨日は小樽市内を(たまたま仕事の関係で)歩いていたのですが、あれほど大勢いた外国人観光客のみならず、日本人観光客すら、目にすることは稀です。

いつも(混んでて)入れなかったお店に、初めて、入れました。



割子そば三段の一段目(一番上)



割子そば三段の二段目(真ん中)



割子そば三段の三段目(一番下)



いつも混んでいるお店が空いてて入りやすくなったのはいいんだけど、まちなかに人が歩いてないのは、寂しいです。建物はいつもと変わらないのに、見える景色はいつもと違う。

今夜はもともとは道内某所に宿泊予定で、ホテルの確保にはとても苦労しました。地震後のバタバタで結局今夜は出かけられなくなった(ゆえに宿泊予約はキャンセルした)のですが、なんとなく気になって、昨日、ネットで調べてみたら、ぼくが予約したときとは状況が大きく変わっていて、多数のホテルが安価で出てました。みんな、キャンセルになっちゃったんでしょうね。

テレビは被害の大きかった場所ばかり映すものだから、札幌も大変なんですねと北海道外の方から言われることがよくあるのですが、ごく一部のエリアを除けば、節電で多少暗くなっている程度で、あとはふだんと変わりません。

みなさん、北海道に、遊びに来てください。
秋の北海道はとても素敵ですよ。

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今後1週間程度は

厚真火発の復旧が長引きそうだとか、震源地から何百キロも離れたローカル線の運転再開が10日以上も先になるとか、ようやく元の生活が戻ってきそうなところで気持ちが萎えるような発表が相次いだ昨日でしたが、それでも、少しずつ(いや、だいぶ、かな?)、地震前と同じような生活を取り戻しつつはあります。

地震発生から3日目(=我が家の停電復旧の翌日)の土曜日、ランニングシューズを履いて、大倉山まで走りに出かけたら、道路にどんぐりがたくさん落ちてました。



札幌では、地震の前夜に台風が来ていて、夜中の2時過ぎ(あとから考えれば地震の25時間前)には、風の轟音で目が覚めて、その後は怖くてうるさくて眠れませんでした。ここにどんぐりや木の枝や葉っぱがたくさん落ちているのは、あの暴風の落とし物でしょう。この後、大倉山のジャンプ台の下まで行ったものの、ジャンプ台の上へと続いている遊歩道には倒木がたくさんあるそうで、ジャンプ台周辺は立入禁止になってました。

その台風は、関西地方を中心に各地に大きな被害をもたらし、関西では、今もなお避難所暮らしの方々がいらっしゃいます。さらにその前の西日本一帯の大雨や、九州の大雨などでも、まだ、生活を元に戻せない方は、たくさんいらっしゃいます。

北海道内にしても、多くの地域では元通りの生活が戻りつつあるものの、自宅が損壊した方もいれば、そこまでは行かなくとも断水などで自分の家に帰れない方もいます。停電や節電で生産活動や商売に大きな負の影響を受けている人もいます。身近な人を亡くした方も、残念ながら、大勢、います。

べつにバカ騒ぎをしてはいけないとは言わないけれど、頭の片隅には、そういう人もいるんだということは、つねに、置いておかなきゃいけないと思っています。自分自身がああいう目に遭うと、ともすると、自分にとってよいことが起きたときに、つい、ふだん以上のテンションではしゃいでしまいがちなんだけれども、そこでちょっとだけブレーキをかける。それが、世の中をよりよくしていく、お互いに住みやすい社会を作っていくことになるのではないかと思います。

そんなことは、震災があろうがなかろうが、日常的に身につけておかなきゃいけないこと、なのでしょうけどね。誰かのせいにしたり、誰かを責めたりするのではなく、そうかといって自分に責めを負わせるのでもなく、淡々と、粛々と、他人の存在に思いを馳せながら行動する、発言する。



地震発生直後、気象庁からは「今後1週間程度は最大震度6強程度の地震に注意が必要」との発表がありました。もう、あの地震からずいぶん経ったような気がするのに、まだ、今日でようやく、6日目です。おそろしく長く感じた停電は、じつは(たったの)2日間。あれで、時間の感覚が狂ったのでしょう。

気象庁の発表を信じるならば、そろそろ、大きな地震は収まってくれる頃。日曜日(大地震から3日目)の夜11時前に大きな揺れ(M5.0)が来たとき、多くの人が「あ!これが『今後1週間程度は注意が必要』なヤツか!」と思ったのではないでしょうか。あの後も、何度か(昨夜も)地震はあったものの、M5.0以上は、あの日曜日の夜が(今のところ)最後です。

節電とか言われると、電気をたくさん使う札幌ドームでサッカーなんかやっていいのか?と思ったりもしますが、そんなこと言われないように、サッカーやっててよかった!と言われるように、コンサドーレも、全力で、応援します(と言いながら、鳥栖戦も浦和戦も見に行けず、申し訳ないですが、ぼくはぼくの持ち場で頑張ります)。

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突然被災者

何か災害が起こるたびに使われる「被災地」「被災者」という言葉が嫌いです。「被災地」「被災者」という言葉には、自分たちは普通に生活してますけどみなさんかわいそうですね、というニュアンスを感じてしまうのです。

だけど、いざ、自分がそういう立場になってみたら、これは、やっぱり、被災者だ。

被災といっても、自宅が崩れたわけではないし、避難所に行かねばならないわけでもない。でも、二晩にわたって、突然、電気も水も使えなくなって、いつ元に戻るのかがわからない、というのは、災害に遭ったのと同じです。

電気が復旧して、テレビを見て初めて「わ!こんなことになってたのか!」と実感する、というのは、想像していたとおりですが、びっくりしたのは、NHK以外は、なんだかの芸能人の交通事故の話とか、体操協会がどうこうとかってのをやっていたことでした。おいおい、それどころじゃないだろ、というか、よくそんな話をする気分になれるなと思うけど、これが、北海道と「内地」の距離なのでしょう。

こっちは、自分自身がさっきまで電気も水もない(そしてそれがいつ元に戻るかわからない)生活を強いられていて、今もまだそういう人が身近なところにたくさんいて、町に行けばあちこちで本来は路上販売などやっていない飲食店が、おにぎりなどを売っていたりする。食材の調達もままならない中、限られたメニューで営業しているお店もある。もちろん、まだお店を開けていないところも多いし、開店しているコンビニだって日配品は皆無、だけどたくさんのお客さんがレジに並んでいる。

そうした中でテレビをつけると、ものすごい違和感、なのですね。

同じことはフェイスブックでもそうで、ぼくの「友達」は北海道の人が多いし、北海道の人は自分の状況を伝えたりここへ行けばこんなものがありますといった情報をシェアしたりしているから、タイムラインの大半はそうした内容なんだけれども、そこに、ときどき、(申し訳ないけど今のぼくから見ると)ノーテンキな(としか思えない)話題が出てくる。それがだいぶ前のものなら仕方ないけれど、わりと近いときに投稿されたものだったりすると、ああ、この人は、ぼくらとは別の世界で生きている人なんだなと思ってしまう。

そんなのは「被災者」のワガママ、なんですけどね。

かたやで、「被災地」「被災者」とセットで出てくる「絆」だのなんだのいうのは、これまた、気持ち悪くて仕方ないんだけど、いざ自分がそういう場所に置かれてみると、みんながそれぞれにできることをやっているということに(これまた使いたくない言葉なんだが)感動させられてしまうのですね。自分の住む家は電気も水道も復旧したとはいえまだ大変な人もたくさんいる、ということもあるし、自分が弱っていて、気持ちのどこかに、わかりやすい「泣ける話」を望んでいるからでもあるのでしょう(ということは、自分では認めたくないんだけど、そうなのだと思う)。

かくいう自分は、知人のお店(居酒屋)で焼き鳥とおにぎりを出しているというので、わざわざ出向いて、買ってきました。当たり前だけど、コンビニで売ってるご飯ものとか、サトウのごはんとかとは、ぜんぜん違う。焼き鳥も、すごく美味しい。泣かなかったけど、食べながら、こういうときは泣いてもいいのかもしれないと思いました。

この種の手書き掲示は、あちこちで見かけます。



みんなが、ぎりぎりのところで、できることを頑張ってます。



この「充電無料」は、日の出ビルの地下の文教堂書店さん(かつての「ルーブルなにわ」)。ぼくは充電は不要だったんですけど、この心意気にこたえようと、新書と文庫本を計3冊、買いました。

昨日(地震翌日)の北海道新聞。



こんなこと書くと、また「札幌の人とそれ以外の人は違う」とか嫌味を言われるかもしれないけど、この紙面の大見出しが、ぼくの実感です。テレビ見てると、厚真(北海道では「あづま」と濁って読む人が多い)の土砂崩れ現場や新千歳空港が取り上げられることが多いようですが、「道内全戸停電」こそが、リアルタイムでの、多くの人の関心でした(念のため書き添えておきますが土砂崩れで生き埋めになっている人はどうでもいいと言っているつもりはありません)。

胆振で地震があって、どうして釧路や網走が停電してるんだ?北海道540万人がみんな停電だって?北海道って東北6県の合計よりも広いんだよ、それが全部停電してるってどういうことだよ?と、みんな、うろたえたわけです(ある意味、妙な興奮状態だったともいえるかも)。この感覚が、道外の人には、たぶん、伝わってない。でも、それは、そういうものなのだろうとも思ってます。

地震発生当初、最大震度で名前が出ていたのは安平町。



我が家は、電気も水も使えなかったとき、冷蔵庫に入っていた安平町のチーズに救われました。正直、こんなふうに食べてしまうのはもったいないような品なのですが、冷蔵庫が冷蔵庫でなくなってしまった以上、そのままでは悪くなるから、思いきって、食べました。

安平町には、昨年来、本当にお世話になっています。それなのに、また、この非常事態で、このチーズでお世話になってしまい、借りっぱなしの気分です。これからは、その恩返しをしていかねばならぬと考えています。

まだまだ大変なみなさんもたくさんいます。
大変なんだけど、大変だとばかり言っていても、前には進みません。
みんなで力を合わせて、がんばっていきましょう。
 
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北海道大停電(まだ続いてます)

※9月7日12時30分追記:我が家の電気・水道は復旧しました。

地震発生は昨日の午前3時8分ごろ。縦揺れなのか横揺れなのかわかんない。寝てて起きて「あ、これ、うちが潰れて死ぬんじゃないか」と、一瞬、思いました。

あちこちでガシャンガシャンと音がしていたので、家の中を確認したら、ガラスや瀬戸物が割れたところはなさそうだけど、本棚の中身がごそっと落ちてる。

でも、今になってみると、(亡くなっている方もいるので表現が難しいのですが)そんなのは、たいしたことじゃなかった。

すぐにテレビをつけて、状況がわかってきて、パソコン持ってきてネットにつないでいたら、まずテレビが消えて、ほんの少しのタイムラグがあって家の中の電気が消えました。正直、停電というのはまったく想像してなかった。ただ、あの東日本大震災のとき以来、寝るときはかならず枕元に懐中電灯(最近は充電式のランタン)と乾電池式ラジオを置くことにしていたので、まずはランタンで最低限の灯りを得て、iPhoneで情報収集。

午前3時台の段階で、フェイスブックのお友達情報から、函館や釧路まで停電していることがわかって、ぼくのまわり(インフラマニア多数)では、もう、その時点で、苫東厚真発電所がアウトなのだろうと言われてました。それがわかってたのに、翌朝になって、まだ、当日夜の会合の開催可否の決定はお昼まで様子をみてからにしよう、なんて言ってたのだから、最初は、その程度の認識だったのです。

もちろんその日の夜の会合なんて中止ですし、お昼頃には、もう、携帯電話がほとんどつながらなくなっていて、ショートメールのやり取りすらままならない状況で、中止決定の判断のための打ち合わせも、その伝達も、難しくなってました。

明るくなるまでは、不安だったなあ。

でも、地震発生後の最初の朝の時点では、まだ、それほど深刻に考えてなくて、どっちかというと、二晩続けて寝かせてもらえないのかよ…だったんですよね。みんな忘れかけてるかもしれないし、道外の人はまったくわからないでしょうけど、その前夜も、午前2時頃から、台風の風の轟音で、眠れなかったのです(関空が水没した台風のことです〜その影響で一昨日=地震の前日=は倒木が撤去できず電車は止まってました)。

明るくなって、そのときはまだ携帯電話の電波は正常だったからアプリでNHKニュースを見ていたら、ぐらぐら揺れはじめて、それからほどなくして緊急地震速報。ニュースは厚真町の現場ばかりで、停電の話がぜんぜん出てこない。どうも、自分の感覚とずれている。これはマスコミ批判ではなく、マスメディアというのはそういうものなのでしょうね。

北海道内全域が停電していて、その原因が厚真火発だというのがニュースになったのは、だいぶ後でしたけど、でも、自分のまわりでは、停電から30分後には、もう、そんなことじゃないのか?という話になってましたから。

朝の時点で考えたのは、それなりに体力がある(一応はフルマラソンを2週連続で完走した)ぼくが力尽きるようになったときは、もう、みんなダメになったときだろう、だから買いだめはやめよう、水や食料は必要な人が使えばいい。ぼくはできるだけ体力を使わないようにじっとしていればいい、ということ。山で遭難したみたいなものですね。動かなければいいんです。

食料は、冷蔵庫の中に、納豆とかチーズ(安平町産)があって、こんなもんどうせダメになるんだから食べてしまえばいい。水は備蓄(毎日汲み替えている)が2リットルある。昨日買った豆乳も2リットルある。1日か2日ならどうにかなる。そもそも、体力あるんだから、1日や2日、何も食べなくたって死なないって。

それで昨日一日過ごしたんですけど、午後の早い時間帯で、近所で電気が通ったという情報を聞いた後、いくら待っても電気が復旧せず、暗くなってきたときは、さすがにへこみました。あー、また、この状態で夜を過ごさなきゃいけないのか…

その間もかすかな救いだったのは、多くの方々からメッセージもらったことでした。ふだん付き合いの薄い人からも、たくさん、メッセージが来て、ご近所さんからは「水を持っていきましょうか」と言われたり。いちいち泣きそうにはならないけど、たくさんの人とつながっている、ということで、だいぶ、救われました(書いてて気持ち悪いけど、そうなんだから仕方がない)。

夜は寝るしないよね。暗いんだから。

外を見れば、前夜は曇っていた空がきれいに晴れて、札幌の星空という珍しいものを見ることができました。これもまた貴重な機会だと思ってましたが、今後しばらく、星空を見ると、嫌な気持ちになるのかなあなんて思ってみたり。

ラジオでは「今夜中には奈井江発電所も復旧させて」と言っていたから、朝になればどうにかなるんだろうと思ってたのに、朝、起きたのは、外が明るくなったからで、電気はやっぱりついてない。ただ、通信状態はだいぶ改善されて、普通にやりとりができるようになってて、フェイスブックを開いたら、あちこちから「電気復旧」の知らせが入っている、けれど、まだ、3分の1ぐらいだとラジオで言っている。

広い北海道の、3分の1、ですよ。

札幌市内だけてみても、何々町の何丁目が復旧、ではなく、何々町の何丁目の中でみても復旧してるところとそうでないところがあったりする。どういうことなんですかね?

こんなところにいるよりは、すべて復旧した会社に行ったほうが楽だろうと思い、充電できるものすべてと、空のペットボトルを持って、歩いて会社へ向かったら、なるほど、我が家から数百メートルのエリアは、自販機が普通に動いている(水を買いました)。途中のコンビニは、開いていたり開いていなかったりで、中には開店を待って並んでいるところもありました。

普通に営業しているセブンイレブンで、すぐ食べられるものを購入。



これだけあれば、まあ、明日ぐらいまでは、しのげる。
さすがに明日までには電気は復旧するだろう(と思いたい)。

そんなわけで、会社に出てきて、充電して、トイレ使って(自宅は流れないですから)、水を補給して、という現状です。フルマラソンを2週続けて完走するぐらいの体力はあるんで(<しつこいよ!)、健康状態は問題ありません。

電気や水道が復旧したみなさんから「何かあれば遠慮なく」との連絡も、たくさん、いただいてます。本当に、ありがとうございます。体力は問題ないから、気持ちの問題だけです。折れずにやれるのは、みなさんのおかげです。

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無事報告(大地震)


うちの中のモノはぐちゃぐちゃに崩れてますけど、とりあえず身体は無事です。


ただ、いきなりの停電には参った(上の画像でわかるように地震からしばらくは電気ついてたのですが)。真夜中だし。何かのときのために寝床に置いておいたモンベルの充電式ランタンが役に立つことになるとは。



24時間前は台風の暴風の轟音で起こされて眠れず、今度は大地震。3時過ぎの停電はキツいぜ(まだ停電中)。ときどき余震来るし。


(忘れないうちに補足)

緊急地震速報は揺れてから来た。怖かった。ガシャン!とか音するし。こりゃどこかで震度5とか震度6だろうなと思った。有珠山か何かが噴火したのかと思った。などなどは地震直後の話で、その後の停電がきつい。真っ暗。フェイスブック見てると、たいして揺れてないところまで北海道のかなり広い範囲で停電してるみたいなのが不安で。

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