熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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東京、ドーハ、札幌

【日経速報】東京五輪のマラソン、札幌開催を検討 IOC というタイトルのメールが届いたのが10月16日水曜日の20時13分。翌10月17日木曜日の北海道新聞の1面トップは「五輪マラソン札幌検討」という、やや窮屈なスペースに詰め込んだ感はあるものの、黒字に白抜き文字に大見出しが踊り、その翌日、10月18日金曜日の1面には、「札幌で五輪マラソン合意」の文字が、窮屈だった前日とは打って変わって、こんどは余裕を持って、横幅いっぱいで登場。



18日の北海道新聞は、まるで五輪マラソン札幌開催ほぼ決定特集号の様相。



18日の2面3面。「適地」水面下で模索、ドーハの酷暑 引き金、IOC 急転直下の「通告」、「冷涼」「実績」札幌を評価、オール北海道で協力 市と道 初の実務者会議、ドーム発着案 課題山積、等々の見出しが、これでもかと掲げられています。



18日の社会面。



当地にて最大部数を誇る地元紙の紙面からは、はしゃいでいると言ってもいいぐらいの期待感が伝わってきます。こういうことを書くと、札幌市民全員が歓迎しているわけではない!という反論が出てくるのでしょうが、それは当然のことです。全員が全員、同じ方向に賛成する社会は、健全ではありません。ぼくが毎年楽しみにしている北海道マラソンを快く思っていない人がいることだって、承知しています。

ケチをつけようと思うなら、いくらでもつけられます。実現のための要素を一つ一つあげて、できるかできないかを点数化していったら、できない、やらないほうがいいという結論になるでしょう。でも、そんなこと言ってたら、何もできない。やるかやらないか、できるかできないか、という、2つの判断軸を持ち出しちゃったら、その間でぐるぐるまわっちゃって、どこにも落ち着かない(というのが世の中の大半のことだったりするわけですが)。もう、やると決めたんだから、やりましょう。東京での開催を楽しみにしていた人には申し訳ないけど、札幌で暮らすぼくにとっては、とても楽しみな話です。

一応、書き添えておくと、涼しい場所なら札幌よりもっと適した場所があるのではないか、とのご意見については、国際陸上競技連盟公認のフルマラソンコースを持っているかどうかがポイントになるので、その点で、札幌以外の選択はないです。稚内や網走でもフルマラソンの大会は開催されていますが、いずれも、公認コースではありません(稚内はスタート地点とゴール地点が離れているワンウェイコースであるため、また、網走は能取岬灯台周辺の絶景コースが未舗装路であるため、公認は取れません)。また、札幌だって暑いじゃないか、とのご意見についても、気温だけみれば近年はだいぶ上がってますが、湿度はかなり低いので、快適さは段違いです。ましてや五輪マラソンは朝7時半スタートとしても10時頃には終了しますから、市民ランナーが14時過ぎまで走り続ける北海道マラソンとは違います。

札幌ドーム発着だとして(ゴールは名古屋ウィメンズマラソンのような感じになるのでしょう)、国道36号線と北海道マラソンの(豊平区部分を除いて新川通の折り返しを短縮する)コースを接続する形になると、ほとんどフラットだから、当日の気象条件によっては、そこそこの記録が出ることになるのでしょう。北海道マラソンは、夏だから大変なのであって、気温が上がらなければ、走りやすい、ということは、今年の8月25日の(涼しかった)北海道マラソンで、自分自身が体感したことです。
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24年目の発見

スポーツ報知のコラム「ブルームフォンテーンの惨劇」から24年、ラグビーW杯日本大会で見る夢を読んで、ああそうだ、そういえばそんな本があったなと思い出して、本棚から引っ張り出してみた。



『ラグビー黒書 145点を忘れるな!』
日本ラグビー狂会・編著、双葉社、1995年12月1日 第1刷発行

145点って何?と思われた方のために説明しておくと、1995年第3回ラグビーワールドカップ南アフリカ大会で、日本がニュージーランド戦で喫した失点です。この試合は、ニュージーランドにとっては消化試合であり、試合に出たのは大半がいわゆる「控え」の選手でした。まあ、いろいろ、あったわけですよ、ただ弱かった、というだけでなく、いろいろと。吉田義人は気の毒だったと、いまだに、思いますよ。もう、24年も経ってるのにね。

何が書いてあったんだっけ?と思って、本を開いてみた。



は?



夏目漱石の千円札。なぜ、ここに挟まっていたのか?

それはともかく、『ラグビー黒書 145点を忘れるな!』の「まえがき」から:

いま立ち読みして、この本を買うべきかどうか迷っている方にひと言申しあげます。迷わずレジに突進すべきだと。これはあなただけでなく、あなたの子供、孫まで読み継がれるべき本なのです。悲劇や屈辱が繰り返されないためには、その原点に立ち戻って考え、行動しなければならないということは歴史が教えていますが、この書は「歴史に学べ。屈辱から新しい歩みを始めよ」と主張し続けるいわば旧約聖書というべきものになるかもしれないシロモノなのです。

20XX年、第△◯回のワールド・カップにおいて、われらが代表がオールブラックスを破るという快挙を成し遂げる日。そのとき、その勝利がまさにこの書の中に集められた絶望と怒りとわずかな希望から始まったのだということを噛みしめつつ、私達はあなた及びあなたの子供、そしてあなたの孫たちとともに、どこかのクラブ・ハウスのバーで、ささやかな乾杯をあげたいものだと思っています。


『ラグビー黒書』を元の場所に片付けようとしたら、その隣に、こんな本があるのを発見。「145」の次の大会を終えて、帯の文字は、「『145』より、さらに深刻!」。



145から4年後の第4回ワールドカップは、出場国がそれまでの16から20に増えた大会。145より深刻といっても、さすがに145点以上取られたわけではなく、日本の3試合の結果は、日本 9-43 サモア、日本 15-64 ウェールズ、日本 12-33 アルゼンチンでした。

自分自身のことをいえば、この頃から、ラグビー見るのがバカバカしくなってきて、だんだん、見なくなっちゃった。今になって振り返ってみれば、これでもまだ底ではなくて、この後に、ジャパンの欧州遠征でスコットランドに100点取られてさらにウェールズに0-98で負けて、フランス人の監督を呼んで、契約がどうこうでゴタゴタしたあたりで、ホントにもう、どうでもよくなって、ラグビー見なくなったんだ。

「『145』よりさらに深刻」から15年。今から5年前の本。



それでも、この頃だって、まさかスプリングボクスに勝つとは思ってませんでしたよね。あの試合は地上波のテレビ中継すらなかったんだもの。ボク、礼文島にいて、iPhoneに届いたニュース速報メール見て、ぶったまげましたもん。

わずか十数年前には迷走していたことを思えば、10年あれば、地道に正しい方向を目指して頑張っていれば、10年前には考えられなかったようなことも起きる、ってことです。

それにしても、なぜ、千円札が挟まっていたのだろう?

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世紀末はまだまだ来ないけど

ジタバタするなよ、ってことです。

この週末は、12日に新千歳空港から仙台空港に飛んで仙台で友人と会って宿泊、13日は東北・みやぎ復興マラソンを走った後に母を訪ねて八十八里とばかりに新幹線で東京へ移動、14日は東京でもろもろ済ませて羽田空港から新千歳空港へ、という予定を組んでいたのですが、東北・みやぎ復興マラソンは10日午前に中止が決定。

でもね、その時点では、台風は13日にはもう東北沖へ去っているだろうから、12日に仙台へ飛ぶことさえできれば、仙台で友人と会うこともできるだろうし、翌13日は(マラソンが中止になったから)むしろ当初の予定より早い新幹線で東京へ向かうことができてラッキー、ぐらいに、考えていたのですね。

ノーテンキだなあ。

11日になって、仙台へ行っても大荒れで外出もままならぬ状況だったら友人と会食も何もないよなあ、そもそもそんな天気だったらお店開いてないだろうなあ、仙台空港に着いたはいいがその先どこへも動けないなんてこともあり得るんだよなあと(ようやく)気づいて、仙台経由はやめようと決めて、新千歳→仙台のフライトと仙台のホテルをキャンセルし、でも、13日になればもう影響はないだろうと考えて、13日の新千歳発羽田行きの朝の便を予約しました。AIRDOの安い便が残っていたから、新千歳→仙台(宿泊)→東京という行程に比べると旅費はだいぶ安く上がることになって、こりゃむしろラッキーだ!と思ってました。

バカだなあ。

そして12日土曜日、前夜から「戦後最大級」「厳重な警戒を」「早めの避難を」との呼びかけが続く中、台風とは無縁の札幌で、当初は予定していなかった(だって本当は仙台へ移動しているはずだったのだから)鉄道フェスティバルin北海道2019のお手伝いをして、帰宅してキプチョゲの2時間切りを見て、なんだか関東地方が大変になっているらしいので母に電話をして「でも明日は予定通りに行くから」と伝えて、会食に向かうべくタクシーに乗ったら、タクシーの運転手さんが「明日はラグビーも中止だろうね」と言い出したわけですよ。

いやいやいや、今日は中止だけど、明日はやるでしょ?

そう言いながら、なにげなくメールをチェックしたら(携帯メールじゃなくてPCメールのほう)、おいおいおい、「予約便の欠航のお知らせ」というタイトルのメールが来ているじゃないですか!キャンペーン情報はLINEに送ってくるのに、こういうときはLINEには情報が送られてこないのかよ!と腹を立てたところで、どうなるものでもない。

会食のお店の前でタクシーを降りて、母に電話して、さっき行くって言ったばっかりなんだけどね、と説明して、新幹線だったら行けるかもしれないからもうちょっと調べてみると伝えたら「新幹線はやめなさい、飛行機なら飛ばないか飛ぶか、飛べば戻るか目的地まで行くかだけど、新幹線は途中で止まることもある、新幹線は危ないからやめなさい」と言われて、なるほど、新幹線だと途中で送電線がどうこうで止まってしまうと目も当てられないのだと気づかされ、ここでようやく、旅行中止を決断したのでした。

そして会食の席で、でもなぁ…と(まだ)ブツブツ。そんなボクに「だから言ったでしょう、この連休は動いちゃダメだって」と追い討ちをかけるヒトがいるわけですが、でも、たしかに、その通り。こういうときは動かないというのは鉄則で、これまでボクはそうやって行動してきたはずなのに、頭の中の何かが壊れていて、どうしても東京へ行くんだ!とこだわってしまったらしい。

いや、こだわってもいいんだよ。ただ、こだわるなら、徹底的にこだわるべきだったのだ。マラソンが中止になる前の時点で、マラソンが中止でも東京へ行けるようにしておこう、とか、仙台便が欠航でも新幹線で仙台へ行けるようにしておこう、とか考えて(これも冷静になって考えれば仙台空港に飛行機が着陸できない状況で新幹線が走っているわけないんだけど)、3連休直前の金曜日で軒並み満席だった11日夜の新千歳空港発羽田行きの空席待ちを入れていたら、さすがSFC、ということなのか、旅行を中止にした人が少なくなかったからなのか、席が確保できたのだ。どうしても東京へ行くつもりだったら、これに乗れば、台風で動けなくなる直前、11日金曜日の深夜に、東京にたどり着くことはできたのだ。

だけどさ、その、空席待ちで取った新千歳発羽田行きって、運賃が、4万円を超えてるんですよ。プレミアムクラスじゃなくて普通席ですよ。片道だよ。この間、ボクは、新千歳空港から台湾桃園国際空港まで、3万円ちょっとで往復してきたのですよ。4万円では乗れないって…と、そのときは思って、結局これには乗らなかったんだけど、どうしても東京へ行くなら、4万円だろうがなんだろうが、これに乗ったはずなのですよね。

なんだかなあ(って、自分に言うのはヘンなんだけど)。

ジタバタするなよ。連休残り2日間は、活字の多い小鉄さんとのムックと、ファンリャオからタイトンまでの前面展望ビデオで、ゆるゆると過ごします。

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昨日、8丁目で

Nさんとは、いろんなところで会う。

1991年10月、美馬牛リバティユースホステル。

美馬牛リバティユースのスタンプ

部屋に荷物を置いて、トイレに入ろうとトイレのドアを開けたら、そこからNさんが出てきた。まさかここで会うとは!と、そのときは驚いたのだが、その後の出会いに比べれば、これは、まだ、どうってことなかった。

それから10年余を経て、利尻島で、ばったり出くわした。

礼文じゃないよ、利尻だよ。ボクがいつも行ってるのは、礼文島。そのボクが利尻島に行くだけでも珍しいことなのに、その利尻島で、鉄道の線路は廃線跡すらない利尻島で、もともとは鉄道趣味つながりのNさんと会うって、どういうことだよ。

どういうことって、お互い、マニアじゃないってことだ。
マニアは、鉄道のない土地には行かないからね。

そんなことはないか。ないね。

まあいいや。

それからさらに10年余を経て、ボクが手術を受けてわりと長い期間の入院をしたとき、荷物をまとめて病室を出て退院の手続きをしに行ったら、そこにNさんがいた。もはや、鉄道でも旅でもない。ここで彼と会う要素は、何ひとつない。

それ以外にも、たとえば、一般公開日のJR北海道の苗穂工場内で会った、なんてことは、何度もあるのだが、それはそんなに不思議なことじゃない。そういう人たちですから、お互いに(やっぱりマニアじゃないですか!)。

そうやって考えていくと、昨日の出会いは、偶然というより必然だったのか。

音威子府村の屋台と夕暮れの空

また行ったんですよ。オータムフェスト8丁目会場、音威子府村。夕方、たまたま、近くを通ったもので、立ち寄ってみて、カウンターに並んで音威子府そばを頼んだら、すぐ前で蕎麦の器を受け取っている人がNさんだった。ボクの顔を見るなり「ブログを見て、来ようと思って」。おお、Nさんは(日常的には接点はないんだが)ボクの知らないところでボクのブログを毎日見てくれていたのか。

思えば、この人がいなければ東京の会社を辞めてふらっと北海道に来ることはなかったであろう、という人(たくさんいる)のうちの一人が、Nさんなのだ。若かりし頃、一緒に北海道を旅していて(これもまたわかりにくい話なんだが一緒にと言いながら途中は違う宿に泊まっていて網走で一緒に温泉に入ってたのに次の待ち合わせ場所はススキノ、みたいな、鉄道旅行術の最初のほうに出てくるみたいな旅ですね)、今はローソンになった駅前通りのなにわ書房に入ったNさんは、住宅情報を買って出てきて、それから数カ月後、本当に会社(たしか池袋だ)を辞めて、職も決まっていないまま、札幌に引っ越したのだ。

それからずいぶん経って、ボクが会社を辞めて北海道に移り住もうとしたとき、そのときも職も何も当てはなかったんだけど、狸小路の居酒屋で、Nさんは「札幌ならどうにかなりますよ」と言ったのだ…という話を始めると、止まらなくなるなあ。やはり20代の頃、ススキノでNさんとご一緒したときに同じ席にいたFさんも、ボクが最後の決断を迷っていた頃に、「横浜の会社を退職して札幌に引っ越しました」というハガキを送ってきて…ああいうことがなければ、いま、北海道に来てからお付き合いさせていただいている人たちと知り合うこともなかったんだろうなあ。

8丁目の音威子府そばは、明日まで。
夜遅くなると売り切れることもあるので、日が沈む前に行きましょう。

音威子府そばとYさん

去年、ひさしぶりに通った美馬牛駅。

美馬牛駅とユースの建物

Nさんとばったり会った頃は、リバティは、まだ、こんなに巨大化してなかったと思う(そうです、あの頃は、「**ユース」などとは呼ばず、たとえば美馬牛リバティユースホステルであれば、旅人は、単に「リバティ」と呼んでいたのだ―北海道を旅する人たちにとって、リバティは、ソニーでもなければ東武の特急電車でもなかったのだ)。もう二十数年泊まってない(というか美馬牛の駅にも降りてない)ですけど、リバティには、通算だと10泊ぐらいしてます…という話は、やっぱり長くなるので、その続きは、また、個別に(?)居酒屋でやりましょう。

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体の声を聴け

つぎの週末からマラソン月間が始まるというのに、膝が痛くて走れない。

網走マラソンと東北みやぎ復興マラソンのナンバーカード

このままだと網走は出られないぞ…と心配していたのですが、よく考えてみたら、網走は制限時間が6時間30分だから、走れなかったとしても歩けばいいじゃないかと気づいて、少し、気が楽になりました。走ろうとすると右膝が抜けるような感じがして止まってしまうのですが、歩く分にはまったく問題ありません。

ウェイトオーバーなんだろうか?

北海道マラソンと日本最北端わっかない平和マラソンで2週連続のフルマラソンを走ってから、遅い夏休みで台湾に行き、台湾での最後の晩はちゃんとしたものを食べましょうってことで、冷房のきいた立派なお店に入って、台湾料理のコースを頼んだら、最後のプリンがこんなふうに出てきた。

ホールケーキのような状態のプリン

その後にデザートとして、タピオカも出てきた。

お椀のタピオカ

お腹いっぱいになって札幌に帰ってきたら、打ち合わせに呼ばれた。

大きなナンとカレー

仕事の話をしながら(打ち合わせですから)、タンドリーチキンを食べて、カレーとナンも食べたら、満腹を通り越えて、もう何も入らない状態になって、翌日に予定されていた健康診断はパスして、その翌日に健康診断に行ったのでありますが、体重は前年に比べて0.3kgしか増えておらず、腹囲は0.4cmのプラス。直前の暴飲暴食のみならず、今年は太っただろうなとの自覚があっただけに、意外な結果でした。

それで、気が大きくなってしまった、のか?

コンサドーレ必勝弁当(RED)。

ごはんがたくさん入っているお弁当
※仙台から勝利はいただけませんでした。

ジンギスカンwithジャガイモ。

煙立つジンギスカン鍋

ジャガイモは太るよね。
でも、北海道のジャガイモは、おいしいから、ねえ。

ジンギスカンの後の、山わさびごはん。絶品!

茶碗に盛られたごはん

知る人ぞ知る某市の名店のかしわ鍋。5人前からしか注文できないらしい。

5人前の鍋

これでもかと次から次へと出てくる串。

もつ串

それでも、これぐらいなら、太る要素は、それほど、ないのだ(山わさびごはんは別として)。問題は、このところ、我が家にはいただきもののお菓子がいろいろあったことで、その間食が、ダメなのよ。

立ち上がることすら苦労したほどに膝が痛くなってやっとの思いでお医者さんまで足を引きずるように歩いていって「老化現象です」との診断を受けたのは、7年ちょっと前。食事制限して体重を落として、いまでは2週連続でフルマラソンを走れるほどになったものの、近年はまた不摂生に戻りつつあって、だから体重も増えてるだろうな〜、今回は健康診断で注意を受けるだろうな〜と思っていたのに、誤差程度にしか増えてなくて、注意も受けなかった、けどね、最も体重を減らしたときに比べれば、やっぱり、増えてるんです。そこに食べ過ぎと間食を繰り返したら、ダメなのよ。

膝痛の原因が体重超過なのかどうかはわかんないけど、重すぎると自分で感じているのは確かなのだし、マラソン走れなくなるとつまんないから、オータムフェストは楽しみなんだけど、当面は、厳しめに、食事に気をつけます。



東北・みやぎ復興マラソンの次は、金沢マラソン。埼スタで決勝戦見てからでもギリギリ間に合いそうだから、決勝戦のチケット抽選は申し込もうと思ってます。もし決勝に進めなかったら、早めの新幹線で金沢に向かえばいいだけのこと。金沢マラソンは、北海道マラソンと同様に前日受付必須だから、埼スタでのんびりしているわけにもいかんのだ。
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