熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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慶応ラグビー 魂の復活/渋谷淳

慶応ラグビー魂の復活
慶応ラグビー魂の復活
渋谷 淳

カバーも表紙も背表紙も裏表紙もみんな黒なんだけど、栞ひもは黄色。なかなかやるな。

慶応(私の知っている関係者は「慶応大学」ではなく「慶應義塾大学」だ、と、よく言ってましたが、ここでは本のタイトル表記に従います)って、幼稚舎から大学まである、いわば、クラブチームなんだなあと思いました。Jリーグの各クラブが、地域密着とかいって、ジュニアユースからユースチーム、トップチームまでどうのこうの、とかやってるわけですが、慶応はそれを100年以上前からやってるわけですよ(ア式蹴球ではなくラ式蹴球の話ではありますが)。この長い年月によって培われたものの前では、そんじょそこらのJクラブは、かなわんよね。

以前に、えのきどいちろうさんが「筑波大学蹴球部は日本最古のクラブチームだ」と書いていたことがあったのを思い出して(その出典を探したんだけど見つからなかった<30分も探してしまった)、そういうふうに考えると、いや、そういうふうがどういうふうなのかよくわかんないんですけど、慶應義塾體育會蹴球部でもいいし、この間の日経に載っていた三菱養和会でもいいんですけど、欧州的なクラブに近いのは、むしろそっちなんじゃないかなと。母体企業なしで始まったJクラブなんてのは、しょせん、新興勢力なんだよな、と。

いや、新興勢力が悪いってことじゃないんですけど、エスタブリッシュメントから見たらベンチャーみたいなものだ、ってことを、もう少し、当事者(サポーター含む)が、認識しておいたほうがいいのかもしれない。地方の時代とか(<いまどきこんなこと言う人はいないか)、地域密着とか、美しい言葉に酔わされてはいけない、ぐらいの、厳しくいえば、覚悟、が必要なんだけど、みんな、そこが欠けてるんじゃないか(自分を含めて)。

…な〜んてことを考えてしまいました。
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野人伝/岡野雅行

野人伝
野人伝
岡野 雅行

じつにおもしろい。小難しいおもしろさではなく、漫画チックなおもしろさ。というか、ほとんどマンガの世界。地の文も「です・ます」調だから、書いたものというよりは、話している内容を文字にしたものを読んでいる、という感じで、そこも含めて、とにかくマンガです。

語り尽くされた感のあるジョホールバルの話も、まだこんなエピソードあったんだ、みたいな、そういう豆知識的な部分でもおもしろいけれど、おいおいホントかよ!(爆笑)的なおもしろさ。

表紙からして、これだからな。サッカー少年には絶対に勧められないですけど(^^;)、大人のサッカーファンのみなさんには強く推奨いたします。

なるほど、この人は愛されるだろうなあ。
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「人口減少経済」の新しい公式(文庫版)

ついこの間、2004年5月刊の単行本を読み直したばかりなのですが、先月、文庫化されてました。

「人口減少経済」の新しい公式(日経ビジネス人文庫)
「人口減少経済」の新しい公式(日経ビジネス人文庫)
松谷 明彦

未読の方は、ぜひ、読んでみてください。文庫本だから安いです(本体743円+税)。文庫本だけど、内容は骨太です。とても大事なことが、たくさん、書いてあります。

以下、「文庫版へのまえがき」からの引用:
 社会であれ、経済であれ、そのリーダーに位置しているのは、基本的に、旧来のシステムにおける成功者である。成功という実績が彼らをその地位に押し上げたわけだし、指導力の源泉もまたそこにある。だから彼らはシステムが変わることを好まない。それに人間の能力には限りがあり、旧来のシステムの成功者が新しいシステムのもとでも成功者たり得た例はまず見当たらない。つまり社会・経済システムの変更は、結局のところ彼らの引退を意味するのだから、なおさらである。
(中略)
 この稿を書き進めているとき、衆議院議員選挙があった。与野党逆転か否かといった表面的な事象にのみ関心が集まったが、実は与党であれ、野党であれ、社会の方向性を決定するという意味において国会議員はその全員が日本社会のリーダーなのである。しかしそこでは、人口の減少と高齢化という明治維新や敗戦にも匹敵する環境変化に対して、日本と日本人がどう向き合い、どう社会や経済のシステムを変革するのかといったことは全く議論されなかった。あくまで旧来システムの維持を前提に、当面の弥縫策が応酬されたにすぎない。
 そして全面的な公的支援、つまりすべてを税に転嫁することによる旧来の年金制度の延命策や、支援すべき分野も対象とすべき人々も限定しない現金給付による子育て支援や農業支援などの政策提案が圧倒的に支持された。努力した人も努力しなかった人も、等しく社会に面倒をみてもらえるのである。頑張った人はそれだけ多く報われるというチャレンジング・スピリッツや自助努力の世界とは全く逆の方向を人々は選択した。
 しかし進行中の急激な人口減少高齢化は、われわれ日本人が正面から向き合わねばならない環境変化のはずである。そして社会・経済システムの根本的な変革をもって対応しなければならない巨大な環境変化のはずである。なぜなら、まず、われわれはその環境変化を押し止めることができない。
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【読書】あるオランダ人の「昭和ジャパン」論

あるオランダ人の「昭和ジャパン」論 不確かな平成から見た確かな昭和
あるオランダ人の「昭和ジャパン」論 不確かな平成から見た確かな昭和
溝口 広美

amazonのリンクはどういうわけか訳者の名前が著者のように表示されていますが、1932年生まれのオランダ人にして日本暮らしが長い(現在も東京都在住である)ハンス・ブリンクマン氏による日本文化論と、日本人への提言です。ブリンクマン氏は、訳者あとがきにいわく、こんな人です。
だが、彼を「親日家」だと早とちりしないでいただきたい。彼は「親日」でも「反日」でもないし、「知日家」でもない(いまだに日本は理解できない、と彼はいう)。むしろ彼は、日本人以上に非常に真面目に心から、日本のことを考えている「考日家」なのだ。

それは、この本を通読すれば、よくわかります。けっして、いわゆる「上から目線」ではないし、何かを押しつける姿勢が感じられることもありません。

p.290から:
日本は打撃や挑戦を切り抜ける方法をいつでも見つけ出してきた。バブル経済崩壊後の不況からも抜け出しつつある。しかし、均質な働き手が伝統的道徳観や内輪の暗黙の掟のもとでまとまっていた「古き良き時代の昭和」はもう戻ってはこない。社会は多様性に富み、予想がつかないため、統治も容易ではない。

現在の日本をこうとらえている著者は、問題解決の前提条件に、「政治構造の変化」をあげています。ただし、それは、政治家が変われ、政治の仕組みを変えろ、ということだけではなく、一般の国民の変化も求めているように読めます。

p.292から:
世襲やジェンダーだけが政治改革の足枷になっているわけではない。統治の基本的なとらえ方そのものが問題だ。つまりそれは、政財界の大物が物事を決めるという文化から脱却し、有権者へ対する開かれた議論へ移行することにより、日本は民主主義に対する本質的な信頼と理解を得ることができるだろう。

この点で、ここへきて、政権交代後の分配偏重政策に対する疑問の声が上がりつつあることは、まだ、日本にも救いがあることをあらわしているように思えます。ひょっとすると現総理大臣は(自分が大金持ちだから)困っている人には金を配ればいいだろうぐらいに考えているのかもしれませんが、誰かが何かをしてくれるのを待っているだけでは、衰退の一途をたどるしかありません。日本のよき伝統は意識しつつも、もはやそこには戻れない=島国だからと外国の存在を無視することができた長い年月は終わったのだと強く意識しなければならない=以上、自分の頭で考え、自分で行動するしかない、そういう覚悟を決めねばならないのだと、この本を読んで、あらためて、よくわかりました。
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【読書】日本ラグビー世界への始動/日本ラグビー狂会

日本ラグビー世界への始動
日本ラグビー世界への始動
日本ラグビー狂会

おなじみ(?)狂会本です。マニアックな分析もの(これはこれでおもしろい)よりも、日本語でいうところのエッセイ調の作品が多いからか、最近のラグビー事情(選手の名前とか、どこが強いとか)には疎くなっている私でもさらっと読めました。

おなじみでない方のために説明すると、「日本ラグビー狂会」(<誤字ではありません)編著の単行本はほぼ毎年この時期に出版されています。中身は、いわば、狂会メンバーの論文集。今年のこの本の目次は以下の通り。
日本ラグビー世界への始動−目次
プロローグ
 −2019のオープニングゲーム(佐々木典男)
第1章 二〇一九年W杯ベスト8を目指して
 −求められる強化体系の変革(直江光信)
第2章 勝利への設計図
 −早慶に見る大学ラグビーの現在(渋谷淳)
第3章 ジョン・カーワンの先へ
 −ぼくらがジャパンを応援するために(梅本洋一)
第4章 日本ラグビーの精髄を求めて
 −元日本代表主将・横井章氏に聞く(生島淳)
第5章 トップリーグ、そしてワールドカップ(橋本謙太郎)
第6章 テン・イヤーズ・アフター
 −びびるな、ワールド・カップなんて怖くない(中尾亘孝)
第7章 なぜフランス人はかくもラグビーが好きなのか?
 −ふたつの神話をめぐって(木村安寿)
第8章 ゲバ
 −セピア色の風景ではなく(時見宗和)

これに加えて、資料編として、ワールドカップの過去の大会の全結果と、今後予定されている大会(2011年=ニュージーランド、2015年=イングランド、2019年=日本)に関するデータが掲載されています。

ラグビー狂会本は、過去には、中竹竜二・現早大監督の論文が掲載されていたこともあります(「限界と関係−急速な変化を続ける近代ラグビーの検証」−『ラグビー・クライシス』2000年12月刊=著者紹介には「3年間の留学生活も終盤を迎え、ぼちぼちと帰国準備をはじめた」とある=、「フットボールを社会学する」−『ラグビー構造改革』2002年1月刊=こちらの著者紹介は「3年半の海外遊学を経て、2001年3月帰国。当然ながら最年長の新入社員として、同年4月に都内シンクタンク(某M総合研究所、Nじゃない!)に入社=)。後者では、いまや中竹監督のチーム作りのキーワードとしてすっかり有名になった「フォローワーシップ」が登場しています(おそらくこれが「フォローワーシップ」が世に出た最初でしょう)。

ラグビー関連では、最近(2009年11月12日第一刷発行)、こんな本も出ました。

荒ぶるをつかめ! 早稲田ラグビー主将たちの苦闘
荒ぶるをつかめ! 早稲田ラグビー主将たちの苦闘
林 健太郎

近年の早稲田大学のラグビーは、あり得ないほどの黄金期ですし、そもそも早稲田は関係者が多い(卒業生が多いのみならず、その家族、さらには在籍者が近くにいなくても早稲田のスポーツのファンになっている人は少なくない)から、Numberが早稲田力なる特集を組んでも商業ベースに乗るのでしょう(かくいう自分だって買ってますしね)。

狂会本と、続けて林健太郎氏の著書を読みながら、ラグビーファンにおける早稲田関係者(=もちろんファンを含む)というのは、サッカー界におけるブラジル人みたいなものなのかなと、ふと、思いました。すなわち、早稲田の人は、勝てば許されるとは考えず、勝つにしても勝ち方があるだろう、とか、態度が悪いのはだめだ、とか考えるわけですが、これって、一般の(早稲田ラグビーのファン以外の)人々の目には、ジーコやラモスの主張が普通の日本人たる私には理解できないことがよくあるのと同じような感じに映っているのではなかろうか?と。

たとえば、以前、ラグビーファンでもなんでもない人に、某チームには髪の毛を染めている選手が多い、トライ後のガッツポーズが派手すぎる、等々を話したら(どういう流れでそんな話になったのかが今にして思うと謎ですが)、それの何がいけないの?それが何かルールに抵触するの?それがどうして勝ち負けに関係してくるの?などなどを言われて、どうにも説明できなかったことがありました。これなんかは、ラモスが(あるいは、ときにセルジオ越後が)「ブラジルでは、云々」と言っているのと同じだったのかなあ、なんて思ってしまいました。

逆にいうと、日本代表のフランカーとスタンドオフとセンターが助っ人的外国人=マイケル・リーチは札幌山の手高→東海大だから除外=であることに私がものすごく抵抗を感じるのは、そういうバックボーンがあるからなのかもしれません。
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