熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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あと2日!大通西8丁目で牛とろ丼!

感謝を伝える張り紙

《さっぽろオータムフェスト2016第3期(9月22日〜26日)「新・ご当地グルメグランプリ北海道3連覇」十勝清水牛玉ステーキ丼「全国ご当地どんぶり選手権3位入賞」十勝牛とろ丼 他 3店舗での出展を予定しておりましたが、台風10号大雨被害により、出展を断念いたしました。この度、多くの関係者の皆様のおかげで、第4期(9月29日〜10月1日)に、十勝牛とろ丼が出展することができました。「お出かけで元気に。」お休みは、ぜひ清水町へ遊びに来てください!》

清水町のブース
牛とろ丼
牛とろ丼のどんぶり

全国的にはほとんど報じられてないんだろうけど(札幌にいてもあんまりわかんないぐらいなんですけど)、南富良野町、新得町、清水町、鹿追町あたりは、先日の台風でものすごい被害が出ていて、ゆえにオータムフェストの出展も中止セざるを得なかったんだろうけど、牛とろ丼の製造元である十勝スロウフードさんが「清水町は元気に復興中です!ということをPRするために急遽参加が決定しました」ってことなんで、行ってきました。

温かいごはんの上の牛とろフレークは、口に入れるとふわっとして、すぐに溶けて、やっぱりウマイ。

場所はさっぽろオータムフェストの8丁目会場。今日が初日で、残りは、明日(30日金曜日)、明後日(10月1日土曜日)の2日間のみ。10時〜20時、売り切れ次第終了。さあ、みんなで、食べて応援だ!

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Xデーは いつなのか

月刊コンサドーレ10月号

シーズンチケット持ってるのに行けない試合が続いちゃって、明日(9月26日)も、また、難しそうです。1ヶ月前の平日ナイトゲームも(たまたまなんだけど)仕事が重なっちゃって行けなくて、べつに平日だから行けないってことではないんで、ホントに、たまたま、なんですけど。

自分が行かないから誰かを誘う機会もあんまりなくて、ホームゲームも残り少なくなってきているというのに、招待券がまだけっこう残ってるんで、ご希望の方に差し上げます。10月中しか使えない招待券もあるんですけど、10月末までだと、明日の試合が終わると、あと2試合しかないもんで。

もっとも、北海道的には、いま盛り上がっているのは野球でありまして、プロ野球でいうマジックいくつ的な考え方でいうと、北海道コンサドーレ札幌は(もう上位チームとの対戦がないから計算しやすくて)残り10試合で7勝すれば、J1昇格が確定です。ものすごく単純計算すると、7試合目というのは、11月3日のホームゲーム(カマタマーレ讃岐戦)になって、これはもともとは札幌厚別公園競技場での開催が予定されていたのですが、そんなこともあって、会場が札幌ドームに変更になりました。どうしてこの試合が厚別の予定だったかというと、札幌ドームは日本シリーズの予備日(第9戦)として押さえられていたらしい。

前回、J1昇格が確定したのは、2011年の最終節、札幌ドームでした。その前は2007年で、これまた最終節の札幌ドーム(このときはその前の札幌ドームでの試合で勝てば決められたのに勝てなかった)。さらにその前は2000年になって、このときはアウェーの平塚でした。どれも現場で立ち会っている身としては、今回も、できれば、その場には、いたい。

11月3日のホームゲームの一つ前は、熊本でのアウェーゲームで、熊本というのはいかにも遠すぎるんですけど、いまならまだそこそこ安い航空券もあるし、なんだったらマイルを取り崩してもいい、と思ってたら、道新ホールでパブリックビューイングがあるそうで、そういう形での歓喜の味わい方というのも、また、悪くないかなと思ってみたり(でも、これ、定員があって、応募者多数の場合は抽選なんだな…そういう状況になったら確実に抽選だろうねえ…)。

00年のときは、アウェーの平塚で昇格(2位以内)を確定させて、その次のホーム厚別で優勝を決めるという、楽しい展開でありました。ぼくは当時は東京都民で、平塚はごく普通に自宅から出向いて、その次の厚別は(まだシーズンチケットは持ってなかったから)たしかメインスタンドのSA席で見たんじゃなかったかなあ。なんだかえらく朝早くから並んだ記憶があるから、指定席ではなかったのでしょう(誰と一緒に見たのかはちゃんと覚えてますのでご心配なく<誰も心配なんかしてないか)。試合終了後に、岡田武史監督(当時)が胴上げされて、グラウンドコートの上に優勝記念Tシャツ着てぶくぶくに着膨れした状態で(10月の終わりだからそれなりに寒かったのだろうなあ)、あなたたちは戦っていた、と挨拶したのでした。

リーグ戦の試合は見てなくても、今月、厚別で開催された天皇杯は2試合とも見たし、アウェーの試合もスカパーで見ているから、試合をひさしく見ていないって感覚はない、けどさ、天皇杯は、チケット買って入ってるわけです。それでいて、チケットを買わなくてもいい(というか既に買っている)シーズンチケット対象の試合には行けない。それでも来季もシーズンチケット買うんだろうなあ(J1だから値上げになるんだろうか?…それでもとにかく買うのでしょうねえ)。

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昨日入手

昨日のJR北海道苗穂工場一般公開の物販ブースで入手した品々。

まずはJR北海道のストラップ。

フラノラベンダーエクスプレスのストラップ

携帯ストラップを携帯電話に付けることはもはやないのではありますが、携帯電話じゃないところに使ってもいいわけで、と言いつつ、これといった用途を想定して買ったわけでもないんですけど、他のブースに立っていた方は男性が多かったのに対し、JR北海道のブースは客室乗務員らしきおねえさんが販売していたのと、北海道新幹線の車両がくっついているのはいいなと思って、買ってしまいました。

それと、このストラップの存在も、頭に浮かびました。

JR九州観光列車のストラップ
※これは昨日の苗穂工場で入手したものではありません。
(もともと我が家にあったもの)

JR九州の観光列車(D&S列車)ストラップ。これはこれで気に入ってますが、北海道に暮らす者としては、JR北海道を応援すべきだろうと思ったのでありました。

《かような次第で、以前から、JR九州の「観光列車」を他の鉄道会社と同様に「観光列車」と呼ぶことに躊躇していた。他社の「観光列車」とモノが違うとまではいわないが、格が違う。もっと謙虚にいうなら、品位が違う。月とスッポンというと傲慢に聞こえるから、太陽と泥亀くらいにしておこう。(やっぱり言いすぎか…)JR九州の「観光列車」が持っているデザイン性と物語性を象徴するような呼び方はないだろうか。「デザイン&ストーリー列車」。略称「D&S列車」。これにしよう。総称にしてはちょっと締まりのない気もするが、JR九州の「観光列車」たちをまとめて呼ぶのにぴったりではないか。》
(唐池恒二『鉄客商売 JR九州大躍進の極意』)

話を昨日の苗穂工場に戻しましょう。

JR貨物のブースで、コンテナの箱と、DF200がプリントされた定規。

定規とコンテナ型の箱

コンテナの箱は、別デザインの同じもの(中身は同じ)を持っていて(これまたずいぶん前の苗穂工場のイベントで手に入れたんじゃないかと思う)、しかし、かさばるしコレクションというほどの価値もないからと、わりと最近、処分したばかりだったのですが、処分してしまった後で「あ、そういえば、あれどこにあったっけ?」と思ったことが何度かあって…いや、しかし、この人、いったい、何をしているのやらと、頭の中にいるもうひとりの自分が呆れているんですけど(^^;

定規(とクリアファイル)というのは、往年のペナントや絵葉書やキーホルダーみたいなもので、正直実用品としては役に立たない(役には立つけどそんなにたくさんはいらない)のですが、集めはじめるとおもしろい…と書いてから思ったけど、ぼくは定規を集めているんだろうか?(集めているというほどたくさんはないものの、鉄道会社の定規、いくつも持ってます)。

交通新聞社のブースで、おまけにもらったステッカー。

※後ろにある鉄道ファンは苗穂工場での入手品ではありません。
特急オホーツクのヘッドマークとオホーツクが表紙になった鉄道ファン1981年11月号

どうせ買うのだからと、来年のカレンダーを買って、おまけにもらえるのが「特急ヘッドマークステッカー」「交通新聞社ロゴ入りボールペン」「カシオペア(だったかな?)の栞」「ウェットティッシュ」などなどで、ステッカーを選んだ次第。ステッカーは箱の中にあるものから好きなものをどうぞ、ってことだったんで、最初はいちばん上に出ていた「ライラック」を手にしたのですが、「中にもいろいろありますよ」と言われて、漁った結果、「オホーツク」にしたのでした。

ひっくり返すと、裏には「非売品」の文字が。

非売品の文字

ブースの方いわく「みなさん北海道の列車を持っていくから、北海道の列車はもう残ってないんですよ〜」とのことでした(個人的な思い入れでいえば新幹線開業前の東北特急のほうが深いんだけど、それらはなかった)。
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本日盛況

裏切り者呼ばわりに続いて嘘つき呼ばわりされてもアレなんで。

午前10時05分に到着。

音威子府そばのブース

音威子府そば!

黒いそば

オータムフェストは10時スタートのはずですが、10時をまわったばかりだというのに、もう、そこそこの賑わいになってました。音威子府そばも、ぼくの前に注文している人がすでに数人。

お店はたくさんあるけれど、そんなにたくさん食べられないし、あちこちに寄ればけっこうな出費にもなるんだけど、大通公園のそこらじゅうに食べもの屋さんが並んでいるのは、たしかに、楽しいです。ぶらぶら歩いているだけでも、幸せな気分になれます(ただ、ぼくは並ぶのが苦手なので、混み合ってくるとダメだと思う(^^;))。

音威子府そばと音威子府羊羹を買って(そのためにわざわざ大きめのリュック背負ってきたのさ)、苗穂へ移動(こうして振り返ってみると、こういう移動がこの距離でできてしまう札幌という街のサイズはじつにありがたいと、あらためて感じます)。

苗穂工場正門

JR北海道の苗穂工場の一般公開は、たしかいろいろあった年にいったん中止になって、その翌年か翌々年からは全国的な鉄道の日の行事とは無関係に、こっそりひっそり開催されるようになっていて、今年もこんな(一連の鉄道の日行事よりは少し前倒しの)日で、以前は苗穂駅(と苗穂駅を通過する電車の中)から見えるように「苗穂工場一般公開*月*日」と看板が出ていたのにそれもなくなって、でも、とにかく、地味に(けっして広く周知されているとは思わないんですが)やってます。

C62は、ほんのわずかな距離ですが、走ってました。

蒸気機関車走行中

C62の後ろにキハ40があって(希望者は乗れます)、その後ろに入替用機関車がくっついて、まずは(C62からみると)推進運転で走って、同じところを引き返してくる。キハ40は待たずに乗れますが、C62は(そもそも乗客が乗るものではないから乗れる場所が限られているわけで)かなり待たないと乗れないのではありますが、でも、C62にも乗れます。

往年の活躍シーンを見ていらっしゃる方々からすれば、こんな情けない姿は見せたくないのかもしれないけれど、これでもいいんじゃないかなあと、この間、若桜鉄道の構内運転を見てきたばかりとあって、そんなことも考えてしまいました。C12とC62を一緒にするな!と怒られそうですけど、年1回といわず、これで、なんか、おカネとる方法、ないですかね?

お金もともかく(お金は大事だけどさ)、鉄道に親しむ機会ってのをもっともっと増やしていかないと、地方の場合は首都圏と違って電車に乗らないまま大人になる人すらいるわけで、鉄道業の将来に関わる問題になってくると思うのですよ。いまJR北海道はとても大変で、それどころじゃないってのはよくわかるんで、だから、外部から、JR北海道の負担にならないような形で、いろんなことをしていかなきゃいけないんじゃないか、なんてことを考えながら、このブログを書いてます。

ぐるぐる歩いてたら、通路が封鎖されている箇所に(たまたま)遭遇。

担当職員のみなさん、ひとりひとりのお名前が紹介されて

整列する職員の方々

出てきた。

黄色い小さな機械

上の写真ではゴムタイヤで自動車的に走ってますが、下の写真では(よく見るとわかると思いますが)レールの上を車輪で走ってます。DMV的な感じ(タイヤと車輪が平行)ではなく、タイヤと車輪は垂直になってます。

黄色い小さな機械と車両が連結
黄色い小さな機械が車両を引っ張っている

トラバーサーは国鉄浜松工場、昭和44年5月製作。


「国鉄浜松工場」の文字

苗穂工場の一般公開を訪れたのは初めてではないけれど(もう何度目かわかんないぐらい来てますけど)、今回、いまさらですけど、鉄道というのは巨大な装置産業であって、これで儲けるのは無理だよなあ〜と(ホントいまさらですけど)つくづく、感じました。儲けようと思えば鉄道事業以外をやるしかないわけで、人口密度の高い地域ならともかく、北海道のようなところでそこへ入っていけば地域を壊すことにもなりかねない。地域経済と共存共栄して、できればともに発展していくためには何がベストなのか…そんなややこしいことも考えてしまったりなんかするのは、トシのせいなんですかねえ。

検査中と思われるSLの車体

物販ブースで散財(笑)して、次の目的地へ向かう途中、大谷電車に遭遇。



その後、札幌駅に戻ったら、折り返してきたらしい同じ電車に遭遇。



いい季節だなあ〜
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本日完売

なんと!



オータムフェストは大通公園で音威子府そばが食べられる貴重な機会、と言いながら、お昼は大雨にめげてすぐ近くのビルの地下でカレーを食べてしまい、その写真をFacebookに上げたら「そんなに近くにいて音威子府そばに行かないとは…裏切り者!」(<かなり意訳)と罵られたので(<かなり誇張)、夕方(最近は暗くなるのが早いので感覚的にはもう夜に近い頃)、8丁目へ行ってみたら、「音威子府そば 完売致しました また明日!」の張り紙が…

裏切り者はこういう報いを受けるのだなあ(^^;

営業的には完全にクローズされてたんですが、身を屈めて中をのぞいたら、沼牛駅で前大臣をご案内した(らしい)Tさんが出てきてくれて、いわく、雨でお客さん来ないから早仕舞いした、ということのようで、でも明日明後日は天気よさそうだからたくさん出します、ってことだったんで、調子に乗って「じゃ、明日の朝、来ます」なんて、言っちゃった。

明日は苗穂工場の公開日でもあるわけで、音威子府そば食ってから、音威子府そばとか羊羹とか買い込んで、それを背負って苗穂工場…ってことに、なるのか、ならないのか。

8丁目で音威子府そばが食べられるのは26日までです。
 
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「利用したい食堂車と車内販売」

ロングセラー(だった)種村直樹著『鉄道旅行術』(のち『新版 鉄道旅行術』)は、ぼくたちの鉄道旅行に大きな影響を与えてきた本です。中身は時間の経過とともに少しずつ変わっていきましたが、見開き2ページで1項目、横書き、イラスト入りという基本パターンは、長年、変わることなく、版が重ねられていきました。

そんな中、長年にわたって変わることのなかったのが「利用したい食堂車と車内販売」という項目と、その最初のパラグラフ。すなわち《僕は”食堂車と車販を愛する会”の熱烈な会員である。この会の事務所は、どこをさがしても見つからないが、だれでもすぐ会員になれる。食堂車やビュフェの営業をしている列車に乗れば、すぐに出かけ、車内販売が来れば、なにかひとつ買い求めればよい。》という箇所です。

食堂車は、長距離列車の減少に伴ってどんどん消えていってしまいましたが、昨今、車内で食事を提供するレストラン列車が各地で増えているのをみれば、またどこかで復活してもいいんじゃないかとも思えます(そこで「でも経営的に云々」と理屈を並べるのはやめましょう<最近わたしはつねにこういう姿勢です)。でも、今のところは、日常的には存在していないのだから、利用したくても利用のしようがない。

かたやで車内販売。

JR北海道特急列車内の座席に置いてある車内販売メニュー

JR北海道の特急列車の車内販売は、合理化によって、いまや、函館〜札幌間の「スーパー北斗」「北斗」と、札幌〜釧路間の「スーパーおおぞら」に残るだけになってしまいました(現状は「スーパーおおぞら」が大雨被害のため運休中なので函館〜札幌間にしか存在していない)。

ぼくがときどき乗る札幌〜稚内間の特急「スーパー宗谷」は、走行時間が約5時間だというのに、車内販売もなければ車内に自動販売機の設置もなく、かつての列車のように長時間停車もないから、出発前に何か準備しておかないと、5時間もの間、飲まず食わずになってしまいます(念のため書き添えておきますが「サロベツ」の車内には飲み物の自動販売機があります)。この間、稚内へ行ったとき、音威子府を過ぎたあたりで、ぼくの近くにいた人が車掌さんに「この先どこかで停車時間はないのか?お茶も買えないのか?」と文句を言ってましたが、文句を言ってもどうにもならないのはわかるけど、その気持ちもわかります(発車前に「この列車には車内販売はありません、自動販売機の設置もありません、途中の停車時間もありません、お買い物は駅の売店で済ませておくように」とアナウンスが流れてはいますけど、ねえ)。

それを復活させろと言ったところで、現状ではどうなるものでもないので、まずは、車内販売は必要なんですよということを、行動を持って示さなきゃいけない、なんて表現だとずいぶん勇ましい感じになっちゃうけど、”食堂車と車販を愛する会”の会員としては、とにかく、何か買わなきゃいけないんだろう、ってことで、この間、「スーパー北斗」に乗ったときは、コーヒーとバウムクーヘン(北菓楼)のセットを買いました。

バウムクーヘンとコーヒー

コーヒーだけだと300円。セットだと390円。

車内販売メニューの内容

コーヒーが300円だと?コンビニなら100円だぞ!…と言われると、なかなか、反論しづらいんですけど、そこは、競合ではないんだろうな。車内販売のコーヒーがコンビニを意識する必要はない。モノを売っているのではなく、サービスを売っているのだと考えればいいんです(だとしたら、まだまだ工夫の余地はあるんだろうけど、それはさておき)。

札幌から特急列車に乗ると、だいたい、上野幌から北広島のあたり(西の里信号場のあたり)で車内販売のお知らせ放送が流れることが多いんですけど、いつの頃からか、車内販売ではなく「ワゴンサービス」って言うようになってて、若い人だと車内販売と言わずにワゴンサービスって呼ぶ人もいるぐらいなんですけど、『幸福な食堂車: 九州新幹線のデザイナー水戸岡鋭治の物語』(一志治夫著)には、こんなことが書いてあります。

《丸山は、すぐに車内販売をJR九州の直営とし、販売員を社員とすることを決断する。同時に「車内販売」を「ワゴンサービス」と名称変更した。「つばめ」には、「つばめレディ」を四名もしくは五名配置した。》
『幸福な食堂車: 九州新幹線のデザイナー水戸岡鋭治の物語』第8章「なぜ食堂車が大切なのか」)

そうか。そうなのか。そうだとすれば、少なくとも九州では、かなり前から、車内販売はワゴンサービスだったのですね。でも「食堂車とワゴンサービスを愛する会」ってのは、なんか、しっくりこないなあ(^^;)。JR北海道も、無理して(べつに無理はしてないか)ワゴンサービスなんて言わなくても、車内販売、で、いいじゃないですか。現に、座席前ポケットに入っているメニュー表には「車内販売」って書いてあるんだし。

いや、まあ、そんなのはどっちでもいいんですけど、車内販売って、鉄道旅行の大事な要素だと思うんで、やっぱり、残してほしいんだよなあ。そのためには、ぼくらが利用するのがいちばんです。いろいろ難しいこともあるんだろうけど、その辺のコンビニでも売ってるような商品ばかりではなく、ちょっと変わったものも置いてくれたりすると、もっと嬉しい。北海道の列車内なのだから、道外の会社が製造した品よりも、道内メーカーのものがあったほうが、嬉しいじゃないですか。たとえば白い恋人がバラ売りされててもいいじゃないですか。品質管理や賞味期限の問題はあるんだろうけど、六花亭や柳月のお菓子をバラ売りしてるとか、妄想(笑)は、いくらでも膨らみます。

大事にしましょう、車内販売。

 

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『五能線物語 「奇跡のローカル線」を生んだ最強の現場力』



2016年7月刊。上の写真で並べてみた『気まぐれ列車と途中下車』(種村直樹、実業之日本社)は1991年1月刊。なぜこの本を並べてみたかというと、表紙に、五能線観光路線化の始まりとなったノスタルジックビュートレインが描かれているからで、つまり、種村氏がこの本を書いた1990年時点ですでに五能線の観光路線化は始まっていたわけで、今でこそハイブリッドの新車が走っている五能線だって、そこに至るには20年以上の歴史があるってことです。

(『五能線物語』p.45〜)《五能線は開業以来、沿線地域の輸送を担い、地元の人たちの「足」として活躍してきた。まさに生活路線として、地元の人たちに利用され、愛されてきた。(中略)過疎化の進展など人口が減少するなかで、「地域住民の足」、すなわち生活路線として維持・存続させていくことはとても厳しい状況にあった。ならば、この雄大な自然を武器に、外からお客さまに来ていただく道を模索することはできないか。(中略)五能線を残すためには、身を削って合理化、効率化するしかないと考えていた。でも、生活路線だけではなく、観光路線という新たな道があるのではないかと思い始めた。》

バブル景気の時代にこんなことを考えていたのはすごいことですが、あの時代に(というのはあの時代をリアルタイムで知っているから言えることなのですが)そんなことを考えざるを得なかったというのは、切ないような気もします。

早くからそういうことに気づいていた地域もあったのに、北海道は…とか言いたくなるけど、やめましょう。今からでも、けっして遅くはない。まだ、鉄路は、かろうじて、残っているのですから。

(p.72)《志村はこう振り返る。「新幹線などの都市間輸送と山手線などの都市圏輸送こそが鉄道の生きる道だと誰もが信じていた。しかし、多くのローカル鉄道を抱える秋田支社は、その他の鉄道が生き残る道を考えなくてはいけなかった。ニューヨーク在勤中、アメリカやカナダの大陸横断鉄道によく乗った。ジャスパーなどの観光地に着くと、乗客は三々五々街に繰り出し、食事をとったり、街を観光して、発車時刻になるとまた列車に戻ってくる。とうの昔に輸送機関としての使命を終えたアメリカの鉄道のあり方は大きなヒントになった」》

大事なことは、鉄道が生き残るには輸送実績が必要である、ということです。地域住民が減った、あるいは、地域住民が乗らないのであれば、外から乗る人を連れてくるしかない。そこの割り切りができるかどうか。地域にとって公共交通機関としての鉄道は必須である、お年寄りの病院通いや高校生の通学になくてはならない存在である、だから公共インフラとして残すべきだ、という話をしていても、もう、どうにもなりません。

でもJR北海道にはお金がないから、五能線はJR東日本だから、などと言うのは、やめましょう。JR東日本は、たしかに、資金力はありますけど、上場企業です。上場企業であるということは、投資をしようとすれば、つねに、透明性の高い収支計画を求められる。五能線用のハイブリッド車を新造することができたのは、投資額に見合う効果が得られることを見せられたからで、それは、ハイブリッドの新車に至るまでの、ノスタルジックビュートレイン以来の努力があったからです。

先週、JR北海道から、今年2月で運行を終えた「流氷ノロッコ号」の後継列車として新たに「流氷物語号」が運行されることが発表されました(プレスリリース=PDF)。なんだよ、ただのラッピング列車じゃないかとケチをつけるのは簡単です。でも、JR北海道の経営状態では、いまは、ここまでしかできない。それでも、地元には、この列車を育てていこうという機運もあります(たとえばオホーツクだより 2016.9.17)。

ハイブリッドの「リゾートしらかみ」は、最初からあったわけじゃない。まずは、できることから、やるしかない。いやいや、ノスタルジックビュートレインはハイブリッドに進化したのに、流氷ノロッコ号は退化じゃないか…なんて嘆いている暇があるなら、状況を変えることを考えて、行動しましょう。北海道の鉄道には、もう、そんなに長い時間は、残されていません。

 

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はたしてテツなのか

「鉄ちゃん」という言葉が広く知られるようになって以来、めんどくさいのは「オークマさんは何鉄なんですか?」と聞かれることなのである。全線完乗を目指しているわけでもなければ特別な列車を狙ってカメラを構えるわけでもなく、自宅に鉄道模型のレイアウトがあるわけでもないけれど、列車に乗るのは好きだし、出かければ写真も撮るし、Nゲージの車両もHOゲージの車両も一応は持っている、という人は、べつに、何テツでもないのである。

そもそも、そんな妙な分類は、かつては、なかったのだ。どうしてかといえば、鉄道ファンの世界というのは鉄道ファンだけが共有するものだったから、鉄道ファンどうしであれば、「なんとか鉄」なんてカテゴライズを最初からしなくても、話しているうちに、なんとなく、ああ、この人はこういう嗜好なんだな、というのが、わかったのである(そういう世界だったから、かつての鉄道趣味は、堂々とカミングアウトすることが憚られるものだったのである)。

この間、書泉グランデに行ったら、これが平積みになっていた。

「原寸大公式パンフレットに見る国鉄名車輌」

本体価格2,095円、なんだけど、バーゲンブックということで、税込500円。500円あれば何ができるだろうか?と、ほんの一瞬、考えたのだが、500円ならまあいいかと、買ってしまった。正直、使い道はないのだが、ぱらぱらと眺めていると、おもしろい。

EH10形電気機関車

EH10ですよ。上の写真だとわかりづらいですけど、左ページのいちばん上には「この機関車は、我国のあらゆる機関車の中で最大最強のものです」と書いてあります。このパンフレットができたのが1954年、EH10形が全車廃車になったのは1982年。ぼくは、ギリギリ、間に合った世代。とはいえ、埼玉県民だったから、ほとんど縁はなくて、ぼくの頃だと、EF58の何号機がHゴムになったとか、そういうことにざわざわしてました。61号機は「つばめ」(九州じゃないよ)を牽引するなどでロイヤルエンジンらしさが失われつつあった頃。デッキ付きの電気機関車といえばED16で…

みたいな話を、たまたま、なんですけど、この本を買ったのと同じ頃に、あるところで、してました。その場でご一緒していたのは、そのとき初めて会った方。「今日の夜なんですけどね、**さん呼んでるんですけど、オークマさん、会ったことなかったっけ?ないんだっけ?でも、たぶん、会ったら、100年前からの知り合いみたいな感じになると思いますよ、共通言語があるから」って言われてお会いした方なんですけど、気がついたらEH10がどうとか、DD54がなんとかとか、DF50が、セノハチが、とか、そんな話で盛り上がってしまいました。

同席していた若い=といっても30代なんだけど=鉄道愛好家はなかなか理解できなかったようで「五稜郭にたくさんとまってるEH800みたいなやつ」「DF200の原型みたいなの」などなど説明しつつ、本人は検索でEH10を見つけて「これですか」と差し出してくるも、「いやそれじゃ連接っぽさがわかんない」とか言ったりして。

そんな話をしながら、たとえば三江線の話になって(寂しいけれどこれもまた旬の話題)、ある人が、宇都井駅に降りたことがある、なんて言い出すわけだ。こうなると、もう、撮り鉄でも乗り鉄でもなくて、だけど、お互いの間では、ああ、この人はこういう人なんだというのが理解できてる。

一般(?)の人から「なにてつなんですか」と尋ねられると、明快には回答できなくて、鉄道は好きだけど別にナニテツっていうほどのことはないんだけどなあ…と思っちゃうんですけど、こういう人たちとこういう話で盛り上がっちゃうと、やっぱり、ぼくは、なんとか鉄、なのでしょうねえ(<なにをいまさら言ってるんだって思われるかもしれないけど、ホント、「ナニ鉄ですか?」には、すごく、違和感を覚えることが多いもんで)。

EH10やら何やらの話で盛り上がった夜の、ひとつのモノサシは、鉄道旅行術の表紙。ぼくは「あまぎ」だったんだけど、そのときご一緒した人は「松本電鉄」だと言って、そう言われるとぼくは「電車の顔がどーんと出ていて、下から斜めに撮ったやつですね」と反応できちゃう。ぼくが改訂に携わった版は、DE10 1014が先頭に立つ「アイランドエクスプレス四国」(Google日本語入力だと「アイランドエクスプレス四国」は途中まで入力しただけで変換候補に出てくる)。

でも、べつに、そんなのは、どうでもいいんです。鉄道が好きなら、鉄道が気になるなら、まず、鉄道に乗りましょう。切符を買って、さらにはグッズを買って、鉄道会社の収益に貢献すること。たまには(ああいう場面では)ああいう濃すぎる盛り上がりもいいんだけど、基本的には参入障壁を高く見せないこと、もっとベーシックな鉄道の楽しみ方を伝えていくことが、『鉄道旅行術』に育てられた者の務めであると、あらためて、思う次第であります。
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山吹色の憎い奴

今週後半は道南いさりび鉄道「ながまれ号」のNゲージ製品化が(自分の周囲では)大きな話題となりましたが、「ながまれ号」よりもさらに新しいのが、7月13日から運用開始された新塗装車です。

函館駅に行ったら、たまたま、停車中(発車待ち中)でした。



道南いさりび鉄道の保有車両は9両あって(すべてJR北海道から譲渡されたキハ40)、うち2両が「ながまれ号」。残る7両は、JR北海道在籍時と同じ塗色で走っていたのですが、うち1両が、7月から、この塗装に変更されました。「ながまれ号」が充当される列車がどれなのかは、道南いさりび鉄道のホームページで公表されていますが、山吹色の新塗装車の運用は公開されていないので、たまたま遭遇できたのは幸運でした。

ところで、いま書きながら思ったんですけど、新塗装車って言い方じゃなくて、なんか、この車両に、愛称があるといいですね。今のところは1両だけの特別バージョンなのだから、山吹号でもなんでもいいから、なんか名前を付けて、車体の外側と車内に、小さくていいから、その名前を書いておくと、親しみが増すし、なにより、こういうふうに紹介するときに紹介しやすくなって、結果的に露出も増えるんじゃないかと思うんですが、どんなもんでしょう?

ヘッドマーク付けられればベストですけど、お金と手間がかかるだろうから、そこまでしなくてもいいけど、名前がほしいなあ。さらにそいつをネーミングライツにして広告費もらっちゃうとか(その程度ならラッピング車両を仕立てるよりは費用もかからないでしょ?)。

車体側面には、函館山の形と、「South Hokkaido Railway」の文字。



鉄道愛好家的にはこういうショットも押さえておかないと(^^;



古いものと新しいもの(本当はどっちも古いんだけど)。



北海道新幹線にご乗車の際には、ぜひ、片道だけでも、道南いさりび鉄道をご利用ください。ぼくはべつに利害関係者でもなんでもないんだけど、北海道に暮らす者として、未来の北海道の鉄道を考える者として、最大株主が北海道である道南いさりび鉄道は応援しなければならない存在であると、強く思うのであります。

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