熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
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『矜持 すべてはラグビーのために』

しばらく積ん読になってた本です。



ふと思い立って、読みはじめたら(意外にも)おもしろかった。吉田義人という人は、ビジネスマンとしても、優秀な人なんですね。

《二〇〇〇年三月。伊勢丹に辞表を出した。…(略)…勝負をかけないやつに女神は微笑まない。保険をかけるようなやつには、火事場のばか力は出ない。》(p.214)

このくだり、軽く、感動してしまいました。

ぼくは清宮克幸(いま話題の清宮選手の父)の大学の同級生で(といっても別に面識はないですけど)、ひとつ下が堀越や今泉で、つまり、吉田も、ひとつ下です。Wの立場からすれば憎っくき敵なんですけど、吉田は、そんなもん関係ないぐらいの、あの時代のスーパースターでした。大学選手権決勝での、赤黒の選手を引きずりながらのローリングトライもすごかったし、その後の世界選抜でのガスコットのパントをインゴールでダイビングキャッチしたファンタスティックトライもすごかった。

そんな話は、ぼくが語るまでもないですわね。もっと、語るにふさわしい人はたくさんいるでしょう。最近すっかりラグビー見なくなっちゃったけど、こうやって書いていると、ラグビーたくさん見ていた頃のことが思い出されて、いろんなことを語りたくなってきてしまいます。

すっかり見なくなっちゃったのは、札幌に引っ越してきて観戦の機会が激減してしまったこともあるんだけど、1990年代の半ば以降の日本代表(というよりも「ジャパン」という表現のほうがぼくはしっくりくるんですけど)の迷走で興味が失われちゃったことも影響していると思います。

この本の中にも、こんな一節があります。

《一九九五年の日本代表やワールドカップについては、これまで多くを語ってこなかった。余計な誤解を招きたくなかったし、私の中では終わったことだから、ということにしてきた。しかし、自分のラグビー史を振り返るとき、避けて通るわけにはいかない。》(p.186)

あれから、もう20年以上も経ったんですねえ。
 

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フリーきっぷの魔力

ぼくは、型にはめられるのが苦手です(笑)。小学生の頃、通知表には、いつも「落ち着きがない」と書かれ続けたのですが、それから40年経っても、変わっていなかったのだ−ということに、最近、気が付きました(<遅いよ!)。

たとえば、旅行に出かけるとして、多くの人は、スケジュールをかっちり決めてから出かけて、そのスケジュール通りに行動することで、安心するのだろうと思うのですが、ぼくは、決まったスケジュールに従って動くのが、ダメなのです。まったくの白紙で出かけることはないにせよ、かなり考えた末にできあがったスケジュールであっても、その通りに行動しているとつまらなくなってきて、急に、思いつきで行動を変えてしまったりするのです。

それは、「気まぐれ列車シリーズ」を書き続けたレイルウェイ・ライター種村直樹先生の弟子の一人だから、ではなく、「落ち着きがない」と書かれ続けた小学校時代を思い起こしてみれば、自分自身が持って生まれたものに由来しているのでしょう。

本の表紙 気まぐれ列車で出発進行

そういう行動をする人にとって、フリーきっぷというのは、魔法の切符です。思えば、ぼくが北海道にはまったのは、北海道ワイド周遊券があったから、でした。北海道じゅう、どこへでも行けて、夜行列車に乗れば宿代も浮かせて、朝になったらまた気が向いたところへ行ける。

そんなことは周遊券がなくてもできます。お金さえ払えば、夜行列車にも乗れるし好きなところへ好きなように行けるんですけど、北海道ワイド周遊券を持っていれば、追加のお金を払わずとも、好きなように行動できるから、次の行動を選択するときに躊躇がないのです。こっち行ったら千円だけどあっち一万円、となったら、そこで「どっちに行きたいか」というのとは別の要素が入ってきますからね。

そして、そういう自由な動き方ができたのは、エリア内で完結する複数の夜行列車が走っていた、北海道だったのです。東北ワイド周遊券で旅していた頃は、青森駅0時02分発の上野行き急行「八甲田」を何度も使いましたが、逆方向だと始発からは乗れないから座れない可能性もあり、そういう点からも、札幌中心で考えれば稚内にも網走にも釧路にも函館にも夜行列車があった北海道は、自由気ままな汽車旅ができる、唯一の場所でした。

昨年末、いすみ鉄道に乗ったとき、思い出したのは、その頃の喜びでした。一日フリー乗車券を持っていれば、何も気にせずに、あっちにもこっちにも行ける。列車が動き出して、無人の山中を走っているときに、あ、そうか、この一日フリー乗車券があるから、こんなに気分がウキウキするんだと、気づきました。



それなら青春18きっぷだっていいだろうと思われるかもしれませんが、青春18の5枚綴というのは、楽しみの阻害要因なのです。5枚(5日分)あるから、5日分を使わねばならない。この「ねばならない」が、楽しみを、義務にしてしまうのです。義務というのは日常生活の中にたくさんあるから、義務になった途端に、楽しみが減じられてしまうのです。

一般に、フリーきっぷというと、通常よりも安い値段で乗れる、というメリットが強調されるかと思うのですが、それだけじゃないってことです。フリーきっぷは、どこへでも行ける、自由に行動できるという楽しみを与えてくれるのです。

いすみ鉄道の一日フリー乗車券は、12月30日から1月3日までの間に購入すると1月3日まで使える、つまり、ぼくが買った12月31日発行の1日乗車券は1月3日までの4日間使えたのですが(12月31日発行なのに「謹賀新年」のスタンプが押されているのはそういうことなのでしょう)、1日使うだけでも、十分に、楽しませてもらいました。

そんなことにも気づかせてもらえた、いすみ鉄道での一日でした。

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Gスピリッツ46「1981年8月9日以降の国際プロレス」

どうだ!この表紙!カッコイイだろっ!



昭和だとしても冴えないデザインの服を着たラッシャー木村の姿は、若い頃の自分だったらあまりのダサさに笑ってしまうかもしれないけれど、いま見ると、このラッシャー木村は、とにかくカッコイイ。モノクロ写真なのに(モノクロ写真だからこそ?)、思わず見入ってしまう迫力。

Gスピリッツという本(ムック)は、内容はマニアックだし、いまどき珍しいぐらいに小さい文字がたくさん載っていてこんなの読む人この時代にいるんだろうかというぐらいに文字だらけなんですけど、マニアック×文字だらけというのは自分的にはピタッとはまるわけで、単純に、おもしろいんで、たまに(さすがに毎号ってことはないんですけど)買ってます。わざわざ買うほどのこともないかなあと思いながら、気になると、結局、買ってます。前回はスーパー・タイガーの特集のとき(44号)で、前回も、今回も、最初に本屋さんで見て、おっ!と思いながらも「でも買わなくてもいいか…」とその場を立ち去りながら、翌日に買いに行って、買ってきたらすぐに貪り読む、というパターンです。

そんなにプロレス好きなんですか、と言われると、ちょっと、違うんですよね。もちろん嫌いではないけれど、この本(ムック)を買ってまでして読むのは、純粋に、読み物として、おもしろいからなんじゃないかと思います。いろんな人の人生があるのがおもしろい、のかもしれない。

それでも、表紙のインパクトだけなら、買うまでには至らなかったと思うのですが、表紙をめくると目次があって、その次の特集の最初のページが、もう、たまらなくカッコイイんだ。この号が国際プロレスの特集であることを考えれば、そのページ=見開き2ページに1枚の写真がある=の主役は、額から大流血しているラッシャー木村なんだろうけれど、そのラッシャー木村の後頭部に延髄斬りを食らわせる猪木の肉体がとんてもなく美しいのです。そしてそれを受ける大流血のラッシャー木村が、また、全身からプロレスを発しているのだなあ。

本文のインタビューも(いつもながらではあるけれど今回は特に)おもしろく読めました。人生いろいろ。これは、若いときにはわからなかったおもしろさ。この年齢になって、いろんな経験をしてきたからこそ楽しめるコンテンツもある。人生、まだまだ、これからです。
 

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北海道マラソンまで220日

のんきか!みやすのんきか!

本の表紙

本を買ってもどうせ読む時間ないし…また積ん読になっちゃうんだよな…とか言いながら、これは、時間なくても、帰宅が夜中になっても、その日のうちに(ぱらぱら程度だけど)眺めるわけですよ。少なくとも「はじめに」と最初の章だけは、ぱらぱら程度ではなく、ちゃんと読んでるわけです。このヒトは、今、この分野によほど強い関心があるらしい。

わりと身近なところに、ほぼ同年代でもうちょっとでフルマラソン3時間ちょいみたいな人が結構いたりすると、ぼくなんかは別にタイムは狙わなくてもいいから楽しく完走できればいいやって思ったりもするんですけど、かたやで、それって「逃げ」じゃないのか?と思ったりもするわけです。やっぱり、大会に出る以上は、少しでも速く走りたい。せめてハーフで2時間切れるようになりたい。

そんな中で見つけてしまった、この本(2018年1月11日初版)。別にこれといった目的がなくても本屋さんに行ってぶらぶらして、目についた本があったら買う、というのは、思い起こせば(少なくとも)30年前からの習慣ではあるけれど、数年前までは、こんな本が置いてあるコーナーに足を運ぶことはなかった。不思議です。

先週末は、ひさしぶりに(雪が積もってからは初めて)大倉山まで上がってみました。たまには負荷をかけないと、というのもあったけれど、一義的にはいつもの北大構内が大学入試センター試験で入れなかったからで、ひさしぶりにあの坂道を全力で上がるとさすがにきついです。きついんだけど、荒井山の郵便局の前まで下りてきてから、もう一度上がろうかと思っちゃったんだから、どうかしてます(結果的にはそんなことしなくてよかった〜帰宅したら疲労困憊でしたから)。

日本全国的には現在がマラソンシーズンのピークですが、当地はオフなので、そんな具合に、地味に、気持ちが切れない程度に、やってます(やってますっていうほどはやってないなあ…意識から消さないようにしている、ぐらいだな)。今年の初戦は、コンサドーレの試合が重ならなければ(札幌ドームはプロ野球の日だから重ならないんじゃないかと思うのですが)、豊平川マラソンにしようかと思ってます。今年はコースが少し変わって、あの真駒内公園を出た直後の住宅街の細い道を通らなくなるようです。コース自体は単調ですけど、真駒内屋外競技場がスタート・ゴールであるのは魅力的です(とか言ってる自分がやっぱり不思議だ)。

朝は明るくなるのが遅いし、このところ中途半端に気温が高くて積雪・凍結面が滑るから夜に走るのもちょっと怖くて、なかなか思うように外を走れないというストレスがある中(それがストレスになってしまう自分はホントに不思議だ<数年前の自分に見せたら自分じゃないと言うに違いない)、走れない分、本を読んで、勉強してます。
 

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30年後の発見

毎度おなじみ「ザ クリスタルレールウェイ 北海道」(1988年発行)



の、これは、2冊目です。東京都内の某古書店の棚に「500円」の値札が付けられて並べられているのが、行くたびに気になっていたもので、先日、友人たちとの新年会で東京へ出かけた際に、回収してきました。同じ本が2冊あれば、(以前のように)自宅とは別に仕事場を持ったときには、自宅と仕事場の両方に、これを置いておくことができます。だから、2冊あっても、いいんです。



スリップが挟まったままでした。これは、売れ残った在庫だったのかもしれません。カバーには若干の傷みがあるものの、中のページは、我が家にあるものよりきれいなんじゃないかと思うぐらいに、しっかりしてます。

そのカバーの下に、もうひとつの表紙があることを知ったのは、つい最近です。



教えてもらわなかったら、死ぬまで知らないままだったかも。なにしろ、手にしてからもうすぐ30年になるというのに、これまで、まったく知らなかったのですから。

つくづく、いい時代に鉄道旅行をさせてもらったなあと思います。これをそのまま再現するのは無理ですけど、あの頃の喜びを、また違った形で、多くの人に味わってもらえるようにすることが、これまでお世話になってきた多くの方々への恩返しであり、それが自分がいまだ死なずに生きていることの意味なのだと思っています。

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雄別鉄道の風景印

昨日(2018年1月15日)から、釧路愛国郵便局と布伏内郵便局で、雄別炭砿鉄道の機関車をデザインした風景印の押印が始まりました。

釧路愛国郵便局のデザイン

布伏内郵便局のデザイン

これに合わせて、釧路愛国郵便局では釧路市立博物館のサテライト展示「雄別炭砿鉄道の思い出」が開催されています(2月16日まで)。また、布伏内郵便局では、雄別鉄道アーカイブと題したさまざまな展示や、布伏内郵便局の限定グッズのプレゼントなどもあるそうです。

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1980年4月1日の釧路駅

鉄道ジャーナル1980年5月号の表紙

この鉄道ジャーナル(1980年5月号)の表紙は、以前にもこのブログで紹介したことがありますが、何度見ても、大胆で、インパクトがあります。キハ183系のスラントノーズが表紙になった号は他にもあって、これまた以前に(8年前に)このブログで紹介したことのある1982年1月号の表紙が、やはり、スラントノーズ車です。

1982年1月号の表紙のヘッドマークは「北海」ですが、1980年5月号が「おおぞら」なのは、80年というのはキハ183系が世の中に登場した直後であり、その時点では「おおぞら」でしか運用されていなかったからです。この号は「新しい旅客車の設備サービス」の特集号で、当時の国鉄の最新鋭車両である183系・117系・201系がメインコンテンツとなっている中、巻頭ルポ(列車追跡)は183系でした。北海道専用に用意されたキハ183系という車両は、全国的にも注目の高いものであったのです。

その183系の登場直後の様子が、レイルウェイ・ライター種村直樹氏の初期の著作『気まぐれ列車で出発進行』(1981年実業之日本社、85年講談社文庫)に描かれています。

《…平戸口出発以来六日目の四月一日朝は吹雪である。…九時過ぎの釧路駅は、この旅始まって以来の熱気と騒がしさに充ちていた。間もなく函館ゆき特急<おおぞら4号>の発車する1番線ホームは、釧路中の人が集まったのではないかと思うほどに埋めつくされ、新型183系ディーゼル特急の前に一〇ヵ所あまり、幾重もの輪ができて、それぞれ送る言葉、送られる言葉が丁重に交わされ、深々としたお辞儀が繰り返されている。聞けば、四月一日付で発令になった官公庁の転勤者見送りなのだ。送られる人はいかにも晴ればれした顔、送る人たちもお義理ではなく、別れを惜しむひとときを楽しんでいる風情である。
「すごいですね。釧路は東の果ての町だし、札幌、東京はもちろん、旭川、函館へ行っても、いや本州ならどこでも文字どおり栄転なのでしょうね。東京駅あたりで見かける形式的な見送りとは雰囲気が全く違う…」
 富田クンが感にたえたようにつぶやいた。》
(「日本列島縦断鈍行乗り継ぎ気まぐれ列車」)

この種村さんの旅から9年後の1989(平成元)年の4月に、ぼくは、網走や美幌や北見で、似たような光景を見ました。その後、ぼくは、就職した後に、東京駅の新幹線ホームで関西へ転勤する人を見送ったりした経験がありますが、あのときの石北本線の特急列車の車内から見た見送りの光景は、人数も、熱気も、ぜんぜん、違っていました。いまだにあれほどホームを埋め尽くした見送りというのは、経験がありません(たぶんこの後ももう経験することはないでしょう)。

そんな多くの人たちの思い出を乗せて走った183系も、まもなく終焉を迎えます。スラントノーズをどこかに保存しようと話を進める中で、あんなところこんなところが候補に上がっては消えていき、もはやこれまでかと万策尽きかけたところで、最終的に安平町追分という石勝線沿線の「おおぞら」の停車駅である町に決まったのは、そうした歴史的経緯を考えれば、ベストだったと思います。

スラントノーズの183系を保存するためのクラウドファンディング「北海道・鉄道史の誇り。往年の「特急おおぞら」を国鉄色で未来へ」は一口5,000円からです。5,000円といわず最大100万円コースまでご用意しております。
 

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本日最終日

また今年も最終日まで引っ張ってしまいました。



クラブコンサドーレ事務局から2018シーズンクラブコンサドーレお申込み書という書類が届いたのは2ヶ月ぐらい前だったはずで、継続しないことにはならないんだろうなと思いながらも、今回は、わりと本気で、迷ってました。クラブコンサドーレというのはいわゆるファンクラブですが、ぼくの場合はそこにシーズンチケットが付いてきて、コンサドーレのシーズンチケットは札幌に引っ越してきてから16年間、ずっと買っているから、やめるというのは想像しづらいんだけど、去年はあまりにも試合を見なかったもんで、計算してないけどほぼ間違いなく観戦するごとにチケットを買ったほうがシーズンチケットよりもかなり安く上がったはずなのです。

今年は平日開催も増えそうだし、マラソン大会にも(去年とはまた別の大会に)出たいし、などなど考えると、やっぱり欠席する試合がそこそこありそうで、そうなると、割高なんだよなあ。サポーターズ持株会から届く招待券も使えば(せっかくの招待券だからいつも自分では使わずに友人を連れていくときに使ってますが)、さらに持ち出しは減るはず。

とはいうものの、シーズンチケットを買うのをやめて、いちいちチケット買ってたら、さらに行かなくなっちゃうような気もする(そういう行動は最近16年間やったことがないから想像することすら難しい)。とかなんとか言う前に、そもそも、ファンクラブ会員資格付きシーズンチケットって、高いとか安いとかってことじゃないんだよなあ。半ば冗談で「お布施」って言うことがあるけど、寄付みたいなものなんだよなあ。じゃあどうして「寄付」を続けるのかというと、なくなっちゃったら困るからなのですよねえ。今のコンサドーレは、あの苦しかった03年オフとか10年オフとかと違って、すぐに消滅しちゃうようなことはないだろうけど(そうやって考えるとあの頃出ていった石川直樹が戻ってきたなんてのはすごいことなのよね)、だからといって「もうオレの役割は終わったから」と言いきれちゃうほどドライにはなれないんだよなあ。

というわけで、今年も、どのくらい行けるかはわかんないですけど、出たいマラソン大会があったらそっちを優先させちゃう可能性が大ですけど、いつもどおり、ファンクラブの継続手続きをしてシーズンチケットを買うのでありました。

(テレビ北海道「コンサにアシスト」2018年1月12日放送)

正GKいるのに菅野が取れちゃうクラブになったんですねえ…
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フレーム切手「オホーツク流氷ライン 釧網本線」

北海道内各地の郵便局で発売中。
1シート1,300円で、1,000セット限定である由。

フレーム切手「オホーツク流氷ライン 釧網本線」

10枚綴の切手部分には、写真集「オホーツク流氷ライン」で使われているのと同じものがある一方、昨シーズンから走り始めた流氷物語号の写真もあるのが素晴らしい(失われたものを懐かしむだけでなく今あるものを大事に育てようという姿勢!)。上半分の切手じゃない部分に使われている写真(背景は流氷で埋め尽くされたオホーツク海)で走っているのが普通の(日常的列車である)キハ40であることもいいし、そこに添えられたサボ風のバナーの下に「マイレール釧網本線」の文字が入っているのも、とてもいいです。

ところで、この切手シート(正式には「オリジナルフレーム切手」と言うらしい)の販売箇所は、北海道内各地の、といっても、すべての郵便局ではないようで、札幌市内某所の郵便局に行って「釧網本線の切手シートありますか」と尋ねたら「?」な顔をされてしまい、ややしばらく待たされてから(<この場合の「ややしばらく」は北海道的言葉遣いかも)、札幌では都心部の限られた郵便局だけで扱っていることが判明し、大通の4丁目で入手しました(ここでは尋ねるまでもなく、入口に並んでました)。

1,000セット限定だそうなので、ぜひ、お早めに、お買い求めください。
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