熊式。

大熊一精(おおくま・いっせい)の日々あれこれです。
<< January 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

続・落花生リポート

先日のブログが思いのほか好評だったので、第二弾です。



我が家の近所(札幌市中央区)のスーパーの「節分豆」コーナーには、先日ご紹介した「半立種」以外にも、たくさんの落花生が並んでいます。その中で、商品のパッケージに品種が明記してあるのは、先日のブログに写真を載せたものだけです。

もっとも、商品のパッケージには品種が明記されていなくとも、スーパーが付けた商品POPに品種が書かれているものもあります。上の写真の左側の「千葉県産落花生」は、パッケージにはどこにも品種名が書いていないのですが、その前に掲げられているPOPには「千葉県産落花生(ナカテユタカ種)」と品種が記載されていました。

だからといって、すべての商品に品種が記載されているのかというと、そんなことはありません。ごく一部の商品にのみ「半立種」「ナカテユタカ種」の表記があるだけです。

別の棚には、パッケージに「八街産」と書かれたものも並んでいて、これ、北海道の人、読めないだろうな〜と思いましたけど、読めないと、逆に、神秘性があって、すごいもののように感じるのかもしれません(と書きながら思いましたが、八街は、関東に住んでいる人だって読めないよな〜)。

日常 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

北海道民だけど品種で選ぶ

近所のスーパー行ったら、入口のところに、落花生がたくさん売ってるんですよ。その隣には赤鬼のお面があって、つまり、クリスマスが終わってお正月が終わって、次は節分、ってことなんですね。北海道の豆まきは、殻付き落花生ですからね。

ついつい、買ってしまったでありますよ。



いくつか並んでいた商品の中で、これだけが、品種名が書いてあったのです。落花生の品種なんて考えたこともなかったけれど、ヤフーニュースにご当地あるある!「千葉県民は落花生を豆の品種で選ぶ」を書いた鳥塚さんから、復興クリスマストレインのときに「中手豊」と「半立」を「食べ比べてみてください」といただいたら、もう、はっきりわかるんですね、違いが。

味だから好みは人によって違うでしょうけれど、ぼくは「半立」のほうがコクがあって美味しかった、ので、その旨を伝えたら、「九里よりうまい十三里半」なんて話になったのは、ぼくは川越育ちであり、鳥塚さんも同じ東上線沿線で育った方からでありまして、あの「九里よりうまい十三里半」の話は、まわりにいた人たちには、何の話してるかわかんなかったかもしれない。

そんなことがあったから「半立」の文字を見つけるや、つい、買ってしまったのでありました。ちなみに商品名は「千葉県産半立殻付落花生」、販売者の所在地は「千葉県山武郡横芝光町」でありました。

日常 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

今季最初の雪道ラン

昨日は村上春樹さんの誕生日で、なんと、もう、70歳なんですね。あの赤と緑の本が西門の近くの大学生協の書籍売り場に山積みになっていた光景は、今もそのまま目の前に浮かんできます。そのぐらいのインパクトがありました、が、当時のぼくは、ひねくれてましたから(今は違うのか?)、絶対に読まないぞ!と、手に取ることを拒否してました。

その頃、正月の冬のスポーツといえば、箱根駅伝ではなく、ラグビーでした。ぼくの同級生は清宮で、1つ下が堀越や今泉や吉田、なので、吉田がアカクロの選手を引きずってコーナーフラッグぎりぎりに飛び込んだときは、ぼくは、もう、社会人になってましたが、そういう時代を知っているから(そしてその後しばらくは明治のほうが強かったから)、明治が20年以上も優勝してなかったというのは、ちょっとした驚きでした。現役の学生は、明治が強かった頃を知らない、ってことだもんな。

そんな昨日の決勝戦は、危うく、見逃すところでした。

気持ちも新たに元日の東京郊外でランニングをスタートさせたものの、札幌に帰ってきてからはさっぱりだったもので、そろそろ本格的に再開させないといよいよもってまずいことになるぞと、冬ラン支度をしっかり整えて(じつはこの間の平日の夜に薄着で出たらえらく寒くて途中から風邪引くんじゃないかと心配になって走っていてもぜんぜん楽しくなかったので)、ちょっとその辺まで…と思っていたのが、いざ走り始めたら楽しくて楽しくて、結構な距離を走ったら、帰宅するや、バタンキュー(昭和の死語)。気がついたら眠っていたようで、目が覚めたら、もう、試合が始まっていたのでした。

明治大学のみなさん、チーム関係者のみならず卒業生の皆様も含め、おめでとうございます。22年は、長かったですね。

そして、今朝、ものすごく、下半身が痛いです(笑)。しばらくお休みした後に走ると股関節が痛くなるのがいつものパターンなのですが、今朝は、腿裏がじんわりと痛い、ということは、正しいフォームで走れていたってことかなあとは思うのですが、これでは、今朝はこんなに天気がよいのに(昨日は途中で吹雪かれた)、休まざるを得ないかなあ…ま、この冬は、冬の間の適切なトレーニング方法を見つけるための試行錯誤でいいと思っているので(大事なのは来年の今ごろのコンディションづくりですから)、様子見ながら、また、ぼちぼち、やっていきますわ。

昨日のランニングの途中で(北海道マラソンでいうと39kmぐらい?)

日常 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

If Winter comes, can Spring be far behind?

昨日は、よく降りました。
 


3日の夜に札幌に帰ってきたときは、拍子抜けするほど積雪がなかったのに。

(下の写真は1月5日午後撮影)


数字でみると、1月4日の朝9時の札幌の積雪は26センチだったのが、昨日の正午は56センチ。一昨日の朝の時点では平年比76パーセントだったのが、あっという間に平年値を超えてしまいました。それでも、累積降雪量はまだまだ平年値を大きく下回っているから、そのうちどこかでドーンと豪雪が来るのでしょう。

これは毎年書いてるような気もしますが、冬至を過ぎても、日の出の時刻は、なかなか、早くはなりません。冬至の日の札幌の日の出は7時03分ですが、今日の日の出は7時05分と、むしろ、遅くなっています。

でも、もうちょっと、なんだ。



2019年カレンダー「オホーツク鉄道ガイド」に記載されている網走の日の出の時刻をみると、1月1日から15日まででは3分しか早くならないのが、1月15日から30日まででは12分も早くなることがわかります。ついでにいえば、2月は1ヶ月で一気に40分も早くなって、3月になると50分も早くなる。今はまだ日の出は7時過ぎで、このブログを書いている6時台前半(ちょうどNHKラジオ第一で厚真町の話をしている)では外は真っ暗なんだけど、2ヶ月後には、もう、日の出が5時台になっている。

ときどき書いているように、札幌の秋から冬にかけての日の短さは、移住組にとっては心身に影響するほどよろしくないことで(ちょうどいまNHKラジオ第一でやっている厚真町の話のテーマは移住者です)、とりわけ、ぼくは早朝活動派なので、夜がなかなか明けないことはツラいのですが、それも、もう、あとちょっとの我慢です。
日常 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

こんな夜中に乗り継ぎかよ

数日前、べつに意味はないんだけど急に思い立って、早朝というにはまだ早すぎる未明に友人にメッセージを送ったら、「北海1号みたいな時刻に何事かと思いました」との返信が届いて、ああそうか、オレいま心配される立場なんだよねえ、ヤツだって大変なときなのにこういうことをしてはいかんなあと反省しました(ちょっと何言ってるかわかんないですけどお許しを)。



青函連絡船の深夜便には、一度だけ、乗りました。でも、そのときは、函館からは特急には乗らずに、6時20分発の旭川行き普通列車(121レ)に乗りました。倶知安まわりで、札幌に着くのが15時51分、終点の旭川には19時46分に到着。いま見ると夢のような列車ですが、当時、それほどの価値を感じていた人は、いたとしても、かなりの変わり者でしょう。

その121列車の、長万部〜倶知安〜小樽〜札幌〜旭川の時刻が載っているページを開くと、その前後には、[急行]らいでん3号、[特急]おおとり、[急行]天売、[急行]大雪3号/はぼろ/紋別、といった文字があって、見ていると、その先のページまで見たくなってきて、もう、キリがない。[急行]天売は、幌延発13時28分で、羽幌線(現在は廃線)を経由して深川から函館本線に入り、18時ちょうどに旭川着。[急行]大雪3号/はぼろ/紋別は、札幌を17時10分に出発して、深川でまず「はぼろ」を分割(「はぼろ」は羽幌線経由で幌延22時40分着)、旭川で網走行きの「大雪3号」(網走23時36分着)と遠軽行きの「紋別」(遠軽着23時50分着)に分割される、と書くと、現在の路線図しか頭に描けないと「?」になるのですが、この当時は名寄〜興部〜中湧別〜遠軽という路線があったから、「紋別」のほうは、そちらを経由して遠軽に至ったのでありますね。

上の写真の4時50分発[特急]北海1号の左には、行先が札幌と室蘭という、これまた今の時代に見ると不思議な列車がありますが、これは洞爺を6時51分に出発して、東室蘭で室蘭行きと札幌行きに分割される普通列車です。札幌行きのほうは、室蘭から来た普通列車と一緒になって[急行]ちとせ1号となり、さらに「ちとせ1号」は苫小牧で様似発の[急行]えりも1号に併結されて、その作業のための苫小牧停車(11分停車)の間に後続の[特急]ライラック3号に抜かれる、と、書いているだけでワクワクしてきます。

ワクワクするけど、これ、すごく非効率な時代だったんだなあとも思います。だから、もう、こういう時代に戻ることは絶対にないし、自分たちの生活のことを考えれば、こういう時代には戻らないほうがよいのだろうとも思います。だけど、楽しい時代に見えるのも、また、確かです。だったら、その楽しかった部分のエッセンスだけを抜き出して、現代ふうにアレンジしてやれば、何か楽しいことができるんじゃないかなあと思えます。

青函航路の深夜便に接続する上野発の[特急]はつかり11号が青森に着くのは0時13分。いま、このブログを書いている頃には、青森駅から青函連絡船の桟橋へと、多くの乗客が走っていたのでしょうね。

旅と鉄道 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

夢から覚めて

昨日、30年前に見た夢の話を書きました。昨日書いたように、30年前の夢は、まさにそのとき、現実になっていたものです。夢が現実に反映されるのだとすれば、鳥塚さんがたくさん書いてくれた今年の夢も、これから、現実になっていくのでしょう。

初夢 妄想特急(2019.01.02)
初夢 妄想特急 その2(2019.01.03)
初夢 妄想特急 その3(2019.01.04)
初夢 妄想特急 最終章(2019.01.05)
初夢 妄想特急 「夢の続き」(2019.01.06)

新しい年になって1週間が過ぎ、もう、夢を見ている場合ではないのですが、さりとて目の前のことばかりやっていると何の進歩もないままに1年が過ぎ去ってしまうので、新しいスケジュール帳(兼・日記帳)を前に、今年の目標や予定を整理しています。そういうことは年明け早々にやるべきだと思うものの、年明け早々はいろいろとやることがあるわけで、そして、いろいろとやることがあるというのはいろんな人との関係が維持されているということであるわけで、そうやって考えれば、やるべきことが先送りされているように見えても、それはかならずしも悪いことではありません。

ほうふ【抱負】
心の中にいだきもっている計画や決意。「新大臣の−を聞く」「将来の−を語る」
(スーパー大辞林3.0=iPhoneアプリ版=から)


心の中を公開する必要はないし、心の中というのは公開しないほうがよい場合も少なくないですから、全部を公開はしませんが、ずっとブログやってきて、ブログを見た方から助けていただいたこともたくさんあるので、今年の抱負を(可能な範囲で)書いてみましょう。

■マラソン
制限時間内の完走ならば(4時間以下のガチ大会でない限りは)去年と同レベルの準備で十分可能、なのですが、昨シーズンの終盤(北海道的シーズンなので日本全国標準的には今シーズンの始まり)で飛躍的に記録が伸びたことを思うと、さらにタイムを縮めたいとも思います。そのためには、これまでのような適当な練習ではなく、本格的なランナーみたいな練習量にしないといけないわけで、そうするには普段の生活から変えなきゃいけない。そこまでするのか?と思う一方で、去年までハーフしかやってなかったヒト(ハーフの記録はぼくよりもずっと速い)からいただいた年賀状に「今年はフルに挑戦します」と書いてあって、最初のフル(北海道マラソンか?)で負けるのは悔しいから、やっぱり、去年の真駒内マラソンでもらったランニングダイアリーを使って、PB更新目指して、がんばります。

■旅に出よう
数年前から公私ともに遠出の機会がすっかり減っていたのが、去年は、マラソン大会に出ることで、旅行の頻度が高まりました(川内優輝選手が「毎週レースに出る本当の理由は旅行が好きだから」と語っているように、各地で走ることは旅に出ることにつながるのです)。去年の年初は、じつは、いろんな理由で、しばらくの間は頻繁に出かけるのは難しいだろうなと考えていたのに、終わってみれば、思いのほか、あちこちに、しょっちゅう、出かけてました。今年は、逆に、いろんな理由で、遠出の機会は多くなりそうなのですが、心のふるさとである最北の離島への旅は、ちょっと、難しくなるかもしれません(フラワーマラソンは出ますよ)。

■コンサドーレを応援しています
マラソンやるようになってコンサドーレと接する時間はどんどん減っているのですが(ランニングの時間をどうやって捻出したのかと考えるにネット情報の閲覧やテレビ観戦を含めたコンサドーレ関連の時間を減らして時間を作ったとしか思えない<意識的にそうしたのではないけれど結果としてそうなっている)、それでもやっぱり、シーズンチケットは買わないわけにはいきません。去年なんてホームゲームでも行かない試合がたくさんあって、シーズンチケットは計算するまでもなく割高なのですが、これをやめたらますます行かなくなってしまうに違いない。コンサドーレやJリーグの事情には(さらに)疎い人になってしまうかと思いますが、気持ちはサポーターですので、見捨てないでください。

■身軽になる
体重もそうですが(現在はかなり重くて自分的上限ギリギリです)、長い間、放置されている荷物を減らします。もともと自宅にあったモノに加えて、以前に事務所を借りていたときの備品や資料、東京の家(マンションの部屋)を売ったときに東京から来た大量の荷物が、すべて、自宅にある状態なのだから、そりゃ、家中がモノで溢れかえるわけです。サッカーではスペースを作らなければパスがつながらないのと同じで、生活においても新たなスペースを作らなければ新たな何かは手に入らないのです。

そんなふうに考えていくと、さらに時間を捻出するためにも、ネットとの付き合い方は、少し、変えなきゃいけないかなあと思ってます。この時代にあってネットを遮断するなんてのは、自分の現在位置を後退させることになりかねないのですが、これまでとは違った立ち位置に自分の身を置く必要があるのだろうなと考える新しい年の始まり、なのであります。

日常 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

昭和最後の日から30年

今からちょうど30年前、1989年=昭和64年1月7日の朝6時半過ぎのことは、とてもよく覚えています。これは今でも母がときどき言うことなのですが、ぼくは、起きるなり「天皇陛下が亡くなった夢を見た」と、母に言ったのです。

Wikipediaによると、当日は午前5時24分から「容態深刻報道」がNHKで流れていたそうですが、その朝、我が家ではまだテレビもラジオも付いておらず、寝床でそうした放送を耳にすることはなかったはずなのですが、ぼくの頭の中に、どこか遠くで流れていた音声が聞こえていたのかもしれません。脳の働きはいまだ未解明なことが多いのだから、そういうこともあり得るのではないかと思います。

「天皇陛下崩御」のニュースを知ったのは、埼京線の電車の中でした。その頃、ぼくは川越に住んでいて、身分はまだ大学生で、その日は朝から大宮でバイトだったので、午前8時前後は、埼京線に乗っていました。車内で珍しくラジオを聞いていたのは、自宅を出る前に「危篤」のニュースに接していたからなのでしょう(その辺はまったく記憶にない)。

いまだよく出てくる小渕官房長官の「平成」は、生で見たような気もするけれど、朝からバイトに行っていて、その日の14時36分(発表時刻)にテレビを見ていたというのは、どうにもよくわからない。でも、見たような気がする。

その翌日、平成元年の初日となる1月8日は、種村直樹先生の事務所の新年会でした。1月の第2日曜日の午後、竹ノ塚の先生の事務所(仕事場の上の階にあった書庫的な部屋)で新年会が開催されるのが毎年恒例になっており、ぼくは当時は事務所のバイト君だったから(大宮のバイトとは別です)、新年会の準備要員として、朝から竹ノ塚に行ってました。

あの頃の「空気」は、今となっては40代以上の人でないとわからないと思うのですが、とにかく、なんでもかんでも、自粛、でした。その前年の、昭和天皇の病状が深刻な状態になられてからずっと、世の中は、自粛でした。あれほどの自粛ムードは、自分の人生の中では、後にも先にもありません。

そんな中での昭和天皇崩御の翌日、新年会用のお酒が無事に事務所に届いたとき、種村先生が「無事に届いてよかったな」と冗談を口にしていたことを思い出します。今となっては意味不明の冗談ですが、当時は、あの状況下で新年会を開くのは不謹慎だとの誹りを受けるんじゃないかと心配するぐらいに、世の中は「自粛」だったのでした。


 

日常 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

Sorry , Result of search is 0

函館マラソンまで180日。

出遅れました(^^;



東横インの予約システムはじつに公平にできていて(2002年日韓ワールドカップのバイロム社のシステムみたいなものだ)、会員になっていると6ヶ月前の午前0時から誰でも平等に(早いものがちで)先行予約ができます。しかも(各種予約サイトに出てくる多くのホテルのように)マラソン大会の前日だけものすごい値上げをするようなことはなく、いつも料金は同じです。逆にいうと、マラソン大会の前日だけは、ふだん5,000円ぐらいで泊まれるホテルが10,000円以上になっていることはざらで、中には普通のビジネスホテルがシングル2万円で出てたりする。

だから貴重な東横イン。6ヶ月前の午前0時にサイトに入れば大抵の場合は安価で部屋が確保できる。今年の函館マラソンは7月7日に開催されることが発表されているから、宿泊は7月6日。したがって、先行予約開始は1月6日の午前0時。

忘れないように、スケジュール帳にも書いておいたのに。

見事に忘れて、思い出したのが今日のお昼ごろ(先行予約開始から12時間後)で、当然のように、もう、すべての部屋が満室になっていたのでした。

しかし、東横インは、予約サイトをまめにチェックしていると、かなりの確率で、直前までには、部屋が出てきます。東横インでは、需要に応じて料金を変動させるようなこともない。去年の釧路湿原マラソンでも、フードバレーとかちマラソンでも、それで救われました(釧路なんてどこのホテルもめちゃくちゃな料金設定だったからかなり助かった)。

その点、残念なのは、稚内には東横インがないことで、去年の日本最北端わっかない平和マラソンのときは、最後の最後にようやく予約サイトで見つけたホテルに、ちょっと高いよな〜と思いながらも泊まらざるを得なかった、ので、今年は、もう、某ホテルを予約しました。このグレードでこの料金なら、まあ、妥協してもいいかな、というレベル。最悪なのは、ギリギリになってから「この部屋でこの料金はないだろう」というホテルを取らざるを得なくなることで、少しぐらい高くでも、相応の部屋なら、まあ、いいです。

7月6日の函館は、そうはいっても、保険として、昨年末に、某ホテルを予約済ではあります。これも数年前の水準からすると高い料金なのですが、最近は道内のホテルもどこも高くなってますから、マラソン大会価格というほどでもなく、まあ、仕方ないかなあ、というレベル。東横インよりは部屋も広いし、こっちでもいいかなあとも思ってます。函館マラソン終了後の飛行機も、かなり以前に予約済です(1年前から飛行機が取れるというのはホントありがたいことで、去年は直前キャンセルだったゆえに高い料金で乗らざるを得なかった稚内〜新千歳ももう予約してあります)。

今年は少し出場を絞ろうかなあと思っていても、いざこうやって動きが始まると、やっぱりあちこち走りたくなる。でも、あちこち走るには、エントリー料のみならず、こういうふうに、結構な旅費もかかるわけで、たくさん働いてたくさん稼いでたくさん走るサイクルを作らにゃいけません。そのときの「たくさん働いて」が労働投入量の増加になってしまったのでは限界がある、ということも前提にしたうえでの仕組みづくりが、今年の目標、ってことになってくるのかなあ。

日常 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

まだ昨年の話をしているのかと

早いもので、あれから、もう、2週間ですよ。



12月22日から24日にかけては、一般的には3連休との感覚だったのでしょうが、ぼくにとっては、フォーラムから復興クリスマストレインの運行という流れの中で、いつの間にか時間が過ぎていた3日間、でした。





年末年始は、いつもより長めの休みにしたから、その間にいろんなことを片付けようと、あれもこれもと詰め込んだら、やっぱり(あ、「やっぱり」なんだ)できなかった。でも、できないわりには、まあ、やったほうかな。

初詣は、元日の午前中に、東京都内某所の、いつもの場所で。



2日の夜から、年末にもらった「宿題」に取り組み、こんな日のこんな時間帯にメールを送ったら相手が嫌がるかなあと思いつつも、まあいいや送ってしまえと、宿題の答え(=企画のネタ)を送りつけて、3日は箱根駅伝の復路の中継を眺めながら、その続き。

帰りの飛行機は、ANAなのに、コンサドーレの番組を放送していてびっくり。



札幌に帰ってきたら、翌日は地元初詣と雪道ランというのが最近のルーティンだったのに、今年はどちらもせずに、デスクワークと、おせちもいいけどカレーもね、というわけで、カレーを食べながらの打ち合わせ、というのが、昨日、1月4日の金曜日。夜遅くに、タクシーに乗ったら、運転手さんから「お仕事は7日からですか」と言われて、7日からといえば7日からなんだろうけど、今日は打ち合わせしてたしなあ、元日こそ何もしなかったけど2日には企画書作りしてたしなあ、とか考えながら、それにしてもどうしてこの人は今日のオレがお仕事じゃないと判断したのか、一応はジャケット着てるし髭も剃ってるでしょ、と思ったけど、分厚いコート着てるんだから、ジャケット着てるのなんか見えないもんね。

札幌に帰ってきたら、雪がなくて、これまたびっくり。
でも、いずれは、ちゃんと積もるんだよな〜



というわけで、去年という過去の話は、もう、おしまい。
今日からは、本格的に、新しい年の活動を、始動させます。
日常 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -