親近感と安心感
さて、昨夜配信された宇都宮徹壱公式メールマガジン「徹マガ」の最新号「オランダから見た日本サッカーの15年 サッカージャーナリスト 中田徹インタビュー(後篇)」を読んで、ちょっと嬉しくなって、あれ?嬉しくなっていいのかな?と不安になって、いや、いいんだいいんだと納得した、という話を書こうと思う。
海外サッカーのことはかつての鈴木隆行並みに知らない私は、中田徹さんという方はまったく存じ上げず、このインタビューで初めて存在を知った。「徹マガ」がおもしろいのは、そんな私でもインタビュー記事をおもしろく読めるところで、それはなぜかといえば、聞き手である宇都宮徹壱さんの関心が、たとえば今回のインタビューでいえば半分は「オランダサッカーから見た…」の部分なんだけど、残りの半分はインタビューの相手(この場合でいえば中田徹さん)の生き方にあるからなんじゃないかと思う(そこを宇都宮さんが意識されているのかどうかはわからん)。
フリーの書き手が有料で自分の媒体を持つというのは、基本的にはカネの問題だと思うんだけど(取材費持ち出し→商業媒体で回収というモデルが成立しなくなってきてる世の中ですから)、もともとサッカーを書きたくてこの世界に進んだわけではない(と思われる)宇都宮さんの場合には、既存の媒体では書けないことが書けるというおもしろさが発生している。
今回の例でいえば、たいていのサッカーorスポーツの媒体は、どうしたって、オランダサッカー云々のところにスポットを当てざるを得ず、中田徹さんがオランダに移り住んでサッカージャーナリストになるまでの話なんか、文字にはならないわけですよ。それは媒体制作者(編集者)からすれば「読者の関心はそこではない」ってことになるんだろうけど、そして、それはたぶん正しいんだけど、それだけじゃないと思うんです。
読者っていうよりも、商業媒体の制作サイドが、フリーの人の生き方に関心がないんですよ。制作サイドっていうより、お金を出す人、最終決裁を下す人っていうべきなのかな。みなさんそれなりのサイズの会社に勤務していらっしゃるわけだから、自分が会社を辞めようと思っていない限り、フリーになってどうやって生きてきたか、なんてことへの関心は、オランダサッカーから見た日本サッカーの、への関心に比べれば、あったとしても非常に薄い。
そんなこと決めつけないでくれよ、と頬を膨らまされても困る。
今回のインタビューに登場している中田徹さんは、私と同学年であり、似たようなところで大学生活を送って、とりあえず名前が書ければ大丈夫だよみたいな就職活動で就職して(っていうか私もそうなんだけど就職活動なんてほとんどしなくても入れたんですけど)、大会社に勤めていたのに自分から辞めたっていうところも同じで、しかも退職した時期が私とまったく同じ。そのときに「しばらくは貯蓄があるからなんとかなる」と考えていたことも同じ。勝手に「あ、同期退職だ」と思ってしまって、名前も知らない方だったのに、その時点でもうすっかり同志のような感覚になっちゃってる。
徹マガを読んでいたiPadをバッグに入れて、凍りついた足元に気をつけながら歩きつつ、なんでこんなに気分がいいんだろう?と考えてみる。そして、あ、そっか、同じような(と勝手に私が思っている)道を辿ってきた人が、こうして活躍していることが嬉しいんだ、と気づく。
あのまま会社を辞めずにいまも同じ会社(は、もうないんですけど)に勤務していたらどうなっていただろう?と想像してもまったく想像がつかないんだけど(そのぐらい非現実的ってことなんだろうな)、だからあのまま勤務していても、あるいは、どこか別の会社で働いていたとしても、もしかしたら同じようなことを考えていたのかもしれない、とも思うのだが(同じ人間ですからね)、とりあえず大事故を起こさなければ収入(=給料)がゼロになることはないという世界から離れてしまった私は、1年後はまあどうにかなるだろうと思えても、10年後20年後30年後はどうやって生きているのだろう?と考えて、不安になっちゃうことが、わりとよくある。
だからね、今回の中田徹さんのインタビューみたいなのを読むと(「みたいの」って言ってるけどここまでどんぴしゃなのはめったにない)、ああよかった、同じような境遇でも立派にやってる人いるじゃん、おれもやっていけるよ、って思えるのね。
でも、すぐに、そんなことで前向きになっちゃっていいのか?そんなことで安心していいのか?それって何の問題の解決にもなってないぞ、と、頭の中でもう一人の自分が語りかけてくる。
そこで使えるのが、みうらじゅん言うところの「不安タスティック」なんだよ。不安→希望→不安タスティック→前進。いつも不安タスティックだと疲れちゃうじゃないですか。だけど、あれこれ動いていれば、そこに希望をまぶすようなことに出会うってわけですよ。
ところで「徹マガ」をiPadで読んでるっていうのは、最近の「徹マガ」はePubでも配信されてて、これがiPadで読むとすごくいいね!なんですわ。ついこの間までほとんど置物と化していたiPadなんだけど、「徹マガ」のePubと「超」整理手帳 for iPadのおかげで、かなり復権しております。これなら割賦支払が完了(もうすぐだ)したら、iPad2(iPad3?)を買っちゃってもいいかもしれない(すっかりAppleのマーケティングに乗せられちゃってますなあ)。




















